211 魔法青年の動きと関与しない動き
よろしくお願いいたします。
こういうときに臆さないのは、さすが公爵家の令嬢だっただけのことはある。
そう感心していたのだが、皇女殿下がほかの人と話すために立ち去ってから、カーヤはギギギ、とぎこちない動きでコーディを見た。
「ど、どうしましょう。皇女殿下が」
そう言いながらも、表情はきちんと緩やかに微笑んだままだ。
どうやら、内心はかなりパニックになっているらしかった。
「まあ、手紙だけですから」
コーディは、落ち着かせるように微笑んだ。
「もし、失礼があったらどうすれば」
「カーヤなら大丈夫です。それに、魔法に関することなら僕が助言しますよ」
力強くうなずいて見せるも、カーヤの憂いは晴れないようだ。
「わたくし、招待状などの文言なら慣れていますが、普通のお手紙のやり取りはあまり経験がないのです。帝国の流儀もあるでしょうから、どなたかに教えていただかないと……」
確かに、国ごとの違いや流行はあるかもしれない。
少し考えを巡らせたコーディは、今日の主役二人に目をとめた。
「ああ、それなら年齢も近い方にお願いしてみましょうか」
「え?」
コーディは、カーヤをエスコートして主役二人に改めて挨拶をしに来た。
「ギユメットさん、アリーヌ夫人、ご結婚おめでとうございます」
「おめでとうございます」
一応形になった礼をとるコーディの隣で、カーヤが美しいカーテシーをする。
多分カーヤのおかげで、自分のぎこちなさが誤魔化されていると思う。
「ありがとうございます」
晴れやかな笑顔で答えたアリーヌは、挨拶を受け続けて疲れているだろうにそんな気配はみじんも感じさせない。
「ありがとう」
うなずいたギユメットも同じだ。
さすがの二人である。
「ところでタルコット、あのプレゼントはなんだ」
一通りのやり取りを笑顔で終えたところで、ギユメットは真顔になった。
「えっと、どれのことですか?通信魔道具は、シンプルなデザインのアクセサリーにしたのですが、センス的にいまいちでしたか?バーニングウォルフの皮を使った鍋敷きと鍋掴みは、全然熱くならなくてとても良いんですよ」
「それもツッコミどころはあるが、まだ許容範囲だ。そうではなくて、あの透明な石だ」
魔道具や魔獣素材の日用品のことだと思ったのだが、違ったらしい。
「あれは、ただの水晶ですよ」
「おい、抱えるサイズの水晶をただのと言うな」
おおよそ五十センチほどの水晶柱で、磨いてすらいないものだ。
六角柱のまま磨けばインテリアとして美しいし、切り取って磨いて宝飾品にしてもいい。
魔力との相性も悪くないので、魔道具に加工してもいいだろう。
「迷いの樹海にある鉱脈のものです。カーヤと一緒に飛行魔法を練習していたら見つけたんですよ。確かに大きなものを選びましたが、何の加工もしていないので、ただの水晶で間違いありません」
コーディにとっては、ほかのプレゼントのおまけ程度のつもりだったものだ。
採って持って来ただけなので、大した労力を使っていない。
「お前なぁ……。あのサイズは、国に献上するレベルのものだぞ。ほいほいプレゼントするようなものではない」
「そうですか?他国の侯爵夫妻への結婚祝いにはちょうどいいでしょう」
「ああ、そう考えるならぎりぎり、許容範囲……といえなくもないか?」
なんとか及第点というところへ無理やりもっていったコーディは、続けて頼みごとをした。
「ギユメットさん、実はお願いがありまして」
「なんだ?」
コーディは、帝国の婚礼衣装について話しているアリーヌとカーヤをちらりと見た。
「皇女殿下が興味を持たれたので、カーヤが手紙を交わすことになりまして。私的な手紙での交流はあまりなかったのと、帝国の文化を知らずに礼を失することをカーヤが気にしているんです。良ければ、手紙の助言をアリーヌ夫人にしていただけませんか?」
アリーヌなら、歴史ある伯爵家の令嬢として様々なことを身につけてきたはずだ。
ついでに、故郷を離れる彼女の助けにもなればと思う。
「なるほど。先ほど皇女殿下と話していたときか。かの方は、魔法技術に造詣をお持ちだからな。だからこそ、魔塔の重要性を理解してつながりを続けておられる。アリーヌ、助言できそうか?」
少し前からこちらの話を聞いていたらしいアリーヌは、リラックスした笑みを浮かべた。
「もちろんです。カーヤさんは衣装に関する知識も豊富で話していて楽しいですし、手紙の助言ついでに色々と伺いたいですわ」
「ありがとうございます、アリーヌ夫人」
コーディが軽く頭を下げると、カーヤもさっと簡易的なカーテシーをとった。
「アリーヌ様、ありがとうございます。わたくし、そういったことにあまり自信がないもので」
「気になさらないで。その代わり、向こうでの生活でわからないことを教えてくださる?」
アリーヌが笑顔で問い返し、カーヤは柔らかく微笑んだ。
「もちろんです」
新郎新婦と仲良さげに話す准騎士爵夫妻は、周りから好意的な視線を受けていた。
◆◇◆◇◆◇
ヘルツシュプルング公爵がその噂を聞いたのは、皇都で開催されたパーティでのことだった。
「さすがヘルツシュプルング公爵家のご令嬢ですな。ロスシルディアナ帝国の第二皇女殿下と親しくなられ、手紙を交わす仲だそうじゃないですか」
そう言ってきたのは、どこかの伯爵だか侯爵だかで、外交に関する仕事をしている宮廷貴族だった。
何も聞いていなかったが、ヘルツシュプルング公爵としてまさか知らないなどと言えるはずもない。
「ありがたいことですな。娘は知識が豊富ですから、皇女殿下とも話が合うようですよ」
まるでその件について当然知っていたかのように答えた。
相手は、公爵からその事実を認めてもらったことに満足したようである。
そして公爵は、その後さりげなくあちこちで「娘が帝国の第二皇女殿下と手紙をやり取りする仲になって」と自慢して回った。
妻である公爵夫人は、ただ静かにうなずいていた。
それを見ていたほかの貴族たちは、ちらりと視線を交わし合った。
「あからさまに庶子だからって扱いが雑だったのに」
「食事もろくに与えていなかったって話だったわねぇ」
「手紙転送の魔道具を譲り受けたとか自慢していたけれど、それだって今は金さえあれば普通に手に入るものだしな」
「どういったやり取りをしているのかはご存じないようですよ」
「充分察せられますわね」
ひそやかに、速やかに。
特に人の悪口というものは面白おかしく広がるもので。
ヘルツシュプルング公爵の知らないところで、じわじわと評判だけが落ちていった。
公爵がその事態に気づいたのは、とある外交パーティでのことだった。
各国から来ている外交官を招いた場で、当然ロスシルディアナ帝国から来ている貴族も参加していた。
「いやいや、第二皇女殿下が興味を持たれる方が、アルピナ皇国出身と聞いて驚いたのですよ。かの方は、魔法に深い興味を抱かれていますからね」
ロスシルディアナ帝国の外交官は、にこやかにしながらヘルツシュプルング公爵に向かって言った。
公爵は思わず頬がひきつりそうになったが、ゆっくりとうなずいて取り繕った。
「カーヤは、学園にこそ行きませんでしたが、自宅で基礎魔法学などを習得し、教師にも優秀だと言われていたのですよ」
それを隣で聞く公爵夫人は、扇の向こうで緩やかに目を細めていた。
「なるほど。夫となられたのは、魔塔の研究者でしたね?彼の方針でしょうな。皇女殿下は、実践的な応用魔法についても語ることができる友人ができた、とお喜びのようですよ」
うむ、とうなずいた外交官は、公爵を見ているようで見ていなかった。
つまり、カーヤは公爵の知らぬ間に高度な魔法を習得し、その話を皇女殿下としているということだ。
今度こそ頬をひきつらせたヘルツシュプルング公爵は、ぎりぎり取り繕ってその場を辞した。
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続きます。




