207 魔法青年は学ぶ
よろしくお願いいたします。
午後にはレルカンの会議室を借りてマナー講義を受けた。
たとえば深い青と白、オレンジ寄りの黄色の組み合わせは帝室のカラーなので、その組み合わせだけでドレスやスーツを仕立てるのはNG。
ベースを別の色にして三色をポイントに入れる程度なら、リスペクトの意志を表明することになる。
ただし、魔塔の研究者はあまり気にしなくても不敬とされない。
基本的に、身分の上の者が話しかけたら返事をして話すことができる。どうしても話す必要があるときには、相手の従者などに先に伝える。
ただし、魔塔の研究者は気にしなくていい。
主役に話しかけるのは、身分の高い順番。
ただし、魔塔の研究者は皇女殿下の後ならいつでもいい。
パーティは飲食スペースとダンススペースに分かれていて、飲食スペースで席に着くと使用人がサーブしてくれる。
数品だけ選ぶのも、コース仕立てでしっかり食べるのも自由。
ただし、魔塔の研究者はそのスペースで研究を始めてはいけない。
「いえ、さすがにそんな場所でまで研究をすることはないでしょう」
「タルコット……。実例があるからこそ作られたルールもあるんだ」
ギユメットは、ゆるゆると首を左右に振った。
どうやら、過去にやらかした研究者がいたらしい。
あれこれ聞いてメモに取った結果、「ただし、魔塔の研究者は――」という表記だらけになった。
「ギユメットさん。このルール、ものすごく魔塔の研究者に対して譲歩しているように見えます」
「見えるんじゃなくて、事実譲歩しているんだ。帝国貴族出身の研究者でも、マナーがあいまいになっている奴はいるからな。だが、帝国としてはその程度は許容してでも繋がりを持つべきと判断されている」
自国の文化を相手に合わせてでも欲しい技術、ということなのだろう。
それに、そもそも魔塔にはロスシルディアナ帝国出身の人が多いので、魔塔の文化的には若干帝国寄りになっている気がする。
「カーヤ夫人、その一覧で知っている名前はあったか?」
ギユメットは、招待する貴族の一覧を持ってきてくれていた。
コーディもちらりと見たが、魔塔の研究者以外は全く知らなかった。
「そうですね、お名前だけなら見た覚えがあります。領地の特色まではさすがに」
「知っているならそれで十分だ。そこまで長話をすることもないはずだから、気負う必要もない」
ギユメットがそう言うと、カーヤは素直にうなずいた。
「かしこまりました」
「あとはタルコットの作法か。食事はカーヤ夫人に教わるとして、礼の取り方とエスコートとダンスだな。礼については、出身国の方式でかまわない。エスコートとダンスは、慣れるしかないな」
「ダンスはできる気がしません」
なにせ、踊ったことがないのでわからない。
「まあ、魔塔にいるなら必要ないからな。余裕があるなら覚えたらいいんじゃないか?」
「踊る必要はないんですか?」
コーディのイメージでは、参加者は全員一曲は踊るのが普通だと思っていた。
「そもそも、ダンスは楽しむためのものだ。パーティの目的がダンスという場合はもちろん踊るべきだが、今回は私とアリーヌの結婚披露が目的だからな。別に必要ではない」
「それはありがたいです」
コーディは、どうにかこうにか基本的なマナーを頭に叩きこんだ。
家に帰ると、手紙が届いていた。
コーディ宛である。
「まあ、それは……」
カーヤは、封筒の透かし模様を見ただけで気づいたらしい。
「ああ。ヘルツシュプルング公爵からの連絡だ」
内容は、以前送った「大きな荷物を送れる魔道具」についてのことだった。
随分あちこちに自慢して回ったらしく、鼻高々なのが字を見ただけでわかるような文面で、最後には「ほかにも開発したらすぐ欲しい」と、表現は婉曲しつつも書いてあった。
カーヤのことには一切触れていない。
それを読んだカーヤの表情は、凪いでいた。
「あの方たちらしいです」
その声にも、何の感情も乗っていない。
好意の反対が無関心とはよく言ったものである。
「適当に返事をしておきますね」
「お手数おかけします」
軽く頭を下げたカーヤは、そっと手紙をたたんでテーブルに置いた。
「そういえばコーディ様、もう筋肉痛は治まりましたので、明日は魔力を乗せた動きについて教えてくださいませ」
ふわりと微笑んで、カーヤが楽しそうに言った。
カーヤにとっては、過去のことよりも魔法や武術の方がよほど重要になっている。
良い傾向だ。
「そうですね。無理しないように気をつけながら練習しましょうか」
コーディとしても、カーヤに教えるのはとても楽しい。
「はい!」
その夜、瞑想を終えたコーディはヘルツシュプルング公爵に返事を書いた。
これを送ってしまえば、当面はやり取りする必要もないだろう。
ささっと手紙を転送し、ベッドにもぐりこんだ。
うつら、と意識を薄くしたあたりで、ふと思い出した。
未だ罪を償っているところであるアーリンと、別の場所に収監されている元のコーディの家族たちのことである。
特にアーリンについては、自らの罪に直面して、とても狼狽していたようだった。
もちろん罪は消えないのだが、それが今世限りであること、元のコーディはこの世界から脱して次の生に進んでいることを教えてあげてもいいのでは、ということに思い至った。
元のコーディの家族たちのことは、一度手紙を受け取って以来まったく接触していない。
だが、多分アーリンと似たようなものだろう。
どこまで罪を認識しているかは分からないが、少なくとも自分が罪を犯したことくらいは理解しているはずだ。
元タルコット一家は、元のコーディの魂を大きく傷つけ続けた。
それに関しては、何も証明できないので誰も罪に問うことができなかった。
けれども、少なくとも虐待や搾取があったことを加味したうえで、プラーテンス王国として刑罰を与えることになったのだ。
「もしあのときコーディを助けていれば」「もし金を送らせていなければ」といった後悔くらいはしているだろう。
もう、彼らを許すかどうかを決める権利がある元のコーディは、生まれ変わって新しい人生を歩んでいる。
それなら、彼らに「もう元のコーディは生まれ変わって幸せな人生をはじめている」と教えてあげてもいいと思える。
きっと、今世についてはどうしようもないが、その先では自分の罪が昇華されるとわかるはずだ。
今世の罪は今世だけのこと。
その事実を、彼らだって知っていていい。
眠りかけながら、コーディは魔法を組み上げた。
ゆるゆるとした思考で、さらに思いついた。
もしかしたら、一度確認した程度では安心できないかもしれない。
だから終了の条件は、元のコーディの新しい人生を見て、満足することでいいだろう。
きちんと条件を付け足して、コーディは魔法を発動させてすぐ、夢へと旅立った。
読了ありがとうございました。
続きます。




