第四話
夏休みが来ると、ぼくとジュラは毎日一緒に過ごすようになった。
早起きしてカブトムシを捕まえに行ったり、宿題を一緒にやったり、海で遊んだりした。
ジュラの星には海も川もないんだって。だからジュラは、初めて海へ行った日には目をムラサキ色にしていた。
全然雨も降らないから、ジュラの星では地球のことを『水の落ちる青い星』って呼ぶらしい。
他の星の人が、遠い宇宙の知らない場所で地球の話をしているなんて! ぼくは何だか、不思議な気持ちになった。
ジュラは『最初はシャワーも怖かったんだ』と、少し恥ずかしそうに小さな文字で書いていた。
ジュラは海が気に入ったみたいで、毎日海へ行きたがった。きれいな海はうちの島の唯一の自慢だから、気に入ってもらえて嬉しかった。ぼくらは子供だけで遊んでいい海岸で、毎日遊んだ。
ぼくがびっくりしたのは、ジュラがまるっきり水に沈まないことだ。浮き輪よりもプカプカと浮いてしまう。泳ぐというよりも、水面を滑るみたいな感じだ。
ジュラはおんぶしたりすれば、それなりに重い。体重はぼくと同じくらいだ。それなのに水に浮かんでしまうって、いったいどういうことだろう?
ジュラはいくら頑張っても潜水が出来なくて、悔しそうにしていた。悔しい時のジュラの目は緑色になる。
ぼくには、ジュラがアイスホッケーの玉みたいに海面を滑るのが、とても楽しそうに見えた。
「ぼくもソレ、やってみたいよ」
『ぼくは潜水やってみたい』
ぼくが「お互いさまだね」って言うと、ジュラの目がやっと緑からオレンジ色に変わった。
ジュラの小さな口が、ぼくには少し笑っているみたいに見えて、ぼくは「地球人も宇宙人も、そんなに変わらないんだなぁ」と思った。
ぼくが潜水している間、ジュラは爺ちゃんが作った箱メガネで海中を覗きながら海面を水すましみたいに滑る。海の中は声が聞こえないけれど、ジュラは水中にも文字が書けるから『セイ、後ろに青い魚がいるよ!』とか『右の方に貝がある。食べられるかな?』とか、色々教えてくれるんだ。ジュラの視力はアフリカの人よりもすごい。
それから……ジュラはイルカと話が出来ることがわかった。ぼくには聞こえない声で呼ぶと、たくさんのイルカが集まって来る。機嫌がいい時は一緒に遊んでくれることもあって、背ビレにつかまって水面からジャンプしたり、浮き輪のヒモをくわえて引っ張ってくれたりするんだ!
楽しくて楽しくて、毎日夕方まで海で遊んでいたら、ぼくもジュラも真っ黒に日焼けした。
いや……ぼくは茶色くなっただけなんだけど、ジュラは本当にコゲたみたいに黒くなってしまった。
ジュラの星では日焼けするほど、太陽は強く照らないんだって。『元に戻らなかったらどうしよう……』って目をムラサキ色になってチカチカと点滅した。
ぼくはその様子がおかしくて、つい笑ってしまった。そしたらジュラは目を黄色くして『笑うなんてひどい!』と背中を向けた。
ぼくは「ごめんごめん」と言いながら、自分の腕の日焼けした皮をぺろんとむいて見せた。「ほら、ジュラもそのうちむけるよ」って教えてあげたら『地球人、すごい!』って、今度はオレンジ色の目をチカチカと点滅させた。
ある朝起きたら、ジュラも無事にペロンとひと皮むけて、ジュラのお母さんが腰を抜かしそうになったらしい。宇宙人も腰が抜けたりするんだろうか?
むけた皮は抜け殻みたいで、ぼくが着られるくらい完璧だった。宇宙人、すごい。
夏休みがそろそろ終わりに近づいたある日。ジュラのお父さんから連絡が来た。無事にジュラたちの星へ着いたという連絡だ。宇宙船の修理に必要な材料を持って、さっそく地球へ向けて出発したらしい。
『帰りは、高速のレンタル宇宙船を奮発したってパパが言ってた。そしたらきっと二週間くらいで地球に着くよ』
ジュラは嬉しそうだった。本当に嬉しそうだった。ぼくは「良かったね!」って言ったけど、うまく笑えていなかったかも知れない。だって……。
だってジュラは、お父さんが戻って来たら、宇宙船を修理して自分の星へ帰ってしまう。
「爺ちゃん、ジュラのお父さんが戻って来たら、宇宙船、修理するの?」
夏休みの宿題をしに来ていたジュラが帰ったあと、ぼくは爺ちゃんに聞いてみた。
「ああ、俺は修理屋だからな」
遠側で、蚊取り線香に火を点けていた爺ちゃんが振り向かずにこたえた。
「修理、どのくらいかかる?」
ぼくは爺ちゃんの隣に腰かけて、スイカのタネを庭に向かって、プッと飛ばした。
「二、三日ってとこだな」
ぼくは「そっか」と言って、蚊取り線香の煙がゆらゆらと夕焼け空に登ってゆくのを眺めた。
ひぐらしがカナカナカナと、忘れものをしたことを思い出した人みたいに鳴いていた。