第五話
夏休みが終わって三日。ぼくは自分の気持ちを持て余していた。まるでびっしょり濡れた毛布を頭からかぶって歩いているみたいだ。ポタポタと垂れる雫の音が、胸の奥に積み重なってゆく。
こんな気分になる原因なんてわかり切っている。もうあと、一週間もしないうちに、ジュラのお父さんが戻って来る。
それは、夏休みの宿題で提出したぼくの海の絵に、松ちゃん先生が特大の花丸をつけてくれても晴れなかった。
『ねえセイ。あれ、誰かな?』
縦笛を吹きながら歩いていたジュラが、急に立ち止まった。
ジュラの長い指の差す方向を見ると、宇宙船のある岬の入り口に知らないおじさんが立っていた。岬には『立ち入り禁止 危険!』という立て札を立ててある。
そもそも、うちの島は本当に小さいので、知らない人なんて住んでいない。そしてジュラたち家族のことは、島の人全員が知っている。立て札は心配性の役場の斎藤さんが立ててくれたものだ。島の人は誰ひとり守らない。
「ぼくも知らない人だ」
ぼくとジュラはそーっと後ずさりして、ぼくの家まで走った。何だか嫌な予感がした。
それはこのところ、ずっとぼくを苦しめていたカウントダウンが聞こえなくなるほどの、大事件のはじまりの予感だった。
家に帰ると、爺ちゃんや役場の人が集まっていて、相談ごとをしていた。ジュラのお母さんもいて、ぼくらの顔を見ると、ムラサキ色だった目をオレンジ色にした。心配していたみたい。
知らないおじさんは新聞記者だった。岬の宇宙船を見て役場に来たらしい。
「遠目で見ただけですが、とても作りものとは思えない宇宙船ですね。製作者の方とお会いしたいのですが」
役場の受け付けの斎藤さんは、とっさにうちの爺ちゃんが、孫のために作ったニセモノだと誤魔化してくれた。「撮影してもいいですか?」と聞かれて、急いで爺ちゃんに知らせに来たんだって。
「海で子供が遊ぶ動画をネットで見ましてね。この島の近くの海に潜っていたダイバーが上げた動画です。不鮮明でしたが、海面を滑るように泳いでいました。それでこの島に興味を持ったんです。その子たちにも、ぜひ話を聞いてみたい」
新聞記者のおじさんは、そんな風に言っていたらしい。
ぼくとジュラが遊んでいたところを、見かけた人がいたなんて……。
おじさんは、宇宙船を本物だと思っているのかな? ジュラが宇宙人だと気づいてしまったのかな? 新聞記事になったら、宇宙局の人や科学者たちが来て、ジュラとお母さんを連れて行ってしまうのかな。
「ジュラが連れて行かれちゃうの、嫌だ!」
ぼくは泣きそうになって言った。ジュラの目もムラサキ色になる。ぼくはジュラに会う前に「宇宙局の人に来てもらった方がいいんじゃないかな」と言ったことを思い出して後悔した。ジュラが知らない人に囲まれて、連れて行かれる場面を想像したら胸が苦しくなった。
「心配するな、みんないる。悪いことにならんよう、やってみよう」
爺ちゃんが大きな手で、ぼくとジュラの頭をポンポンと叩きながら言った。ぼくの爺ちゃんは、なんでも修理出来るだけじゃなく、時々とても頼りになる。
記者の人は、爺ちゃんや役場の人と取材の約束をして、一日二本しかない定期船に乗って帰って行った。
そのあと村の人全員で集会所に集まって、作戦を考えた。作戦名は『宇宙人仮装祭り』。コンセプトは『木の葉を隠すなら森の中に』だ。ジュラとジュラのお母さんを隠すために、島の人は全員で宇宙人になることになった。
島の婆ちゃんたちが、縫い針をぐんぐん動かしてミシンをダカダカと踏む。おしゃべりしながらなのに、どんどん着ぐるみが出来てゆく。なんだか魔法を見ているみたいだ。
タコみたいな火星人や、宇宙服、ジュラたちに似ている着ぐるみもある。「なんでタコなの?」と聞いたら「わたしらの子供の頃は、火星人といえばタコだったんだよ」と言っていた。それ火星人が聞いたら気を悪くするんじゃないかな?
ジュラに「火星人っているの?」って聞いたら『さあ、どうだろうね。セイ、探しに行ってみれば?』と意味深に水色の目をチカチカと点滅させた。えっ、どっち? すごい気になるんだけど。
ジュラは火星よりも、ずっとずっと遠くの星からやって来た。翼のある動物が飛んで、七つの月が順番に昇るジュラの生まれた星。
いつかぼくも、行くことが出来るだろうか?
爺ちゃんたちは宇宙船の偽装担当だ。本物だとわかってしまう部分にハリボテをかぶせたり、カラフルなペンキを塗ったり。ぼくとジュラも手伝って、なるべく子供のおもちゃみたいに見えるように、宇宙船を改造した。
他にも火星人たこ焼きや、星雲をイメージした七色わたあめの屋台を用意した。全員が目が回るくらい忙しかった。ぼくは島の年寄りが、こんなに働いているのをはじめて見た。
そしていよいよ、お祭りの日。新聞記者のおじさんがやって来た。




