2-35 ヘルタースケルター
爆発が収まると、煙の中から大量の血を流したマーキスが現れる。
あれほどの攻撃を受けてまだ息をしているところを見ると、やはりキマイラと融合しただけ丈夫であると竜一も納得する。
頭部がライオンの頭蓋骨と化したことで、表情が伺えなくなったマーキスだが、それでも彼の苛立ちを感じるには十分すぎるほどの歯ぎしりをたてていた。
「ウ……うウゥゥウウ——。まだ、足りないというのですか。そうですか、キマイラさんだけでは足りないということですか」
まだ魔力に余裕があったのか。マーキスの身体のあちこちから流れ出ていた血が煙を上げて蒸発すると、傷口も一緒に修復され。
「なら、もっと追加するしかないですね」
「お前、一体なにを——」
マーキスの言葉に竜一が問うが、もう周りの声など聞こえないのだろう。マーキスが指を鳴らすと竜一を追い詰めたホムンクルスたちが出現し。
「貴方たちを作っておいて正解でしたね。——さぁ、私の贄となりなさい」
マーキスの頭蓋骨が醜悪な笑みを浮かべると、先程のキマイラと同じく、ホムンクルスたちは霧となりマーキスを包み込む。
「うふふ、凄まじい。凄まじいですよコレは! 消費した魔力の回復だけの騒ぎではない! 魔力が、魔力が溢れそうです!」
十体ほどのホムンクルスを取り込んだマーキスは恍惚の声を漏らし、しかし魔力量は確かに桁違いに膨れ上がるのを竜一は感じる。
「確かに魔法のセンスがない俺でも魔力を感じるほど、マーキスは強くなっている。でも、これって……?」
マーキスの様相を見ていると、竜一の疑問は次第に確信に変わっていく。
「うふ、うふは、素晴らしい、本当に素晴らしい気分です! ……でもなんでしょう? 何だか無性に——何かを食べたい気分です」
呟くようにマーキスが言うと、霧に変わる前のホムンクルスの胴体を蛇の腕で噛み付くと、そのまま頭蓋骨の口元へ持っていき。
グシャリ——とホムンクルスの頭から食べ始めたのだった。
「おい、一体何をして……いる?」
気持ちの悪い咀嚼音が辺りに鳴り響くと、食べた先から霧となるホムンクルスからは血や臓物が垂れないため、まだ何とか眺めることができる竜一だが、それでもその光景は常軌を逸しており。
「何でしょう。ホムンクルスたちじゃあ味気ないですね。やっぱり本物の肉を、人間を食べたいです」
「ついに本物の悪魔に身を落としたか、エセ貴族野郎」
人間の肉を食べたいと言い竜一を見やったマーキスは、もはやそれこそ人間とは思えないものとなっていた。
禁呪書物の魔術が、なぜそもそも禁呪書物などと言う書物に記されているのか。世界を変えるほどの魔術なのだ。メリットもあれば、デメリットも相応にあろう。竜一はこの光景を見て、漠然とそんなことを考えていると。
「でもそのま〜えに、貴方にお返しをしないとですねぇ」
本物の悪魔となったマーキスだった者は、首をコキリと横に倒しながら、値踏みをするように千歳を見やる。
当の千歳は未だ暴走状態なのか、先ほどからのマーキスだった悪魔の所業など気にするそぶりも見せず、ショットガンから最初の脈打つ小銃へ切り替えると、管がまるでエネルギーを補給するかのようにより一層激しく動き、また口角を上げると。
「————ッ!」
脈打つ小銃を構えながら、悪魔へ向かって突撃をする。
「無駄です無駄ですよぉ! 『疾風魔法』ー!」
悪魔は自らに『疾風魔法』をかけると、先程まで追いつくことすらできなかった千歳の動きを完璧に捉えていた。
千歳が先程と同じように一瞬のうちに悪魔の背後へ移動すると、悪魔もそれと同時に、胴体はそのまま首だけ背後に向け。
「これで互角ですねぇッ!」
悪魔の蛇が、千歳の腹部に強烈な薙ぎ払いをする。
千歳が両手の脈打つ小銃を交差し蛇の一撃を受け止めるが、勢いの乗った薙ぎ払いの勢いを殺すことはできず、そのまま後方の木へと吹き飛ばされてしまう。
背中から思い切り木にぶつかった千歳は、咳き込みながらも赤黒い眼で睨みつけるように悪魔を見やる。
「————ッ!」
千歳が両手の脈打つ小銃をショットガンに変えると、先ほどと同じ赤黒い閃光群を射ち放ち、不規則な動きでマーキスだった者へ飛来する。
対する悪魔は、身体の全面にいくつもの魔法陣を展開すると、そこから紫色のした閃光が射出され、千歳の赤黒い閃光群をことごとく撃ち落とした。
「もうそれも見切りましたよ」
悪魔から発せらる声は、次第にくぐもった声音に変わってきている。身体の変化は声帯までも変えてきているのか。本当の悪魔となったマーキスだった者の声は、芯の冷える恐ろしいものだった。
「さて、もう貴方は用済みですし、私は非常にお腹が空いているのです。この姿になってからと言うもの、抗い難い欲求が私の中に渦巻いていましてね。今もものすごく、人間が食べたいのですッ!」
すると、悪魔はその場で腕の蛇を、倒れて意識を失っている木戸へ向けると、蛇の胴体が急速に伸び始め、木戸の下へと飛び込んでいく。
「まずはこの男からにしましょうかねェっ!」
「————ッ!」
蛇が木戸に辿り着き、その巨大な爪牙で嚙みつこうとした矢先、千歳が滑り込むように間に割って入り、手にしていたショットガンを蛇の口に挟み込む。
「無駄デェス!」
悪魔がそう言うと蛇の眼が見開き、噛み付いていたショットガンを粉砕する。
管が繋がっていたショットガンは粉砕と同時に魔力が誘爆したのか、蛇と千歳の間で小さな爆発を起こす。
「おやおや、そんな意識も定かでない状態で、よくもまぁ」
悪魔の言う通り、意識的なのか無意識なのか定かではないが、千歳はその爆発に対し木戸を身体全体で覆い庇っていた。
いつも木戸に守ってもらっていた千歳が、半ば暴走状態で木戸を庇ったのは果たして本当に偶然だろうか。
「うう、ウゥゥうう……」
背中に酷い火傷を負った千歳が苦痛のうめき声を漏らす。が、戦意は喪失していないのだろう。悪魔へ敵意を込めた視線で返すと。
「……その目付き、やはりムカつきますね。そういえば、最初から貴方たち二人が私を愚弄していたのでしたね」
より一層、悪魔は声音を低くし、静かな怒りを確かに込める。
「もう終わりにしましょう。貴方方二人は一緒に私が地獄へと連れて行って差し上げます」
悪魔が身体全体から魔力を放出させると、口の前には三重の魔法陣が展開され。
「……キ……ド……クン」
呟くように相方の名前を口にし、千歳も立ち上がる。激痛が走る背中を庇うように、前かがみで膝に手をつき、荒い息を吐きながら、それでも相方を守る為に正面を見据える。
千歳の目の前では三重もの魔法陣が展開されている。恐らくこれまでにない強烈な一撃で屠りに来るのだろう。暴走状態の千歳でも直感的にそのことは察する。
故に、千歳は持ちうる武器の中で最強の銃を取り出す。
そう、『バレットM82』だ。
取り出した『バレットM82』は、他の銃と同様に脈を打つ管が付いている。千歳がバレットM82を構えると、銃と首元に繋がっている管が激しく脈を打つ。千歳の足下から頭の先にかけて魔力が溢れ、激しく脈を打つ管はその脈拍を上げていく。
これがラストシュートとなるのだろう。遠巻きから眺めることしかできない竜一はそう直感する。悪魔も魔力の純度を高め、禍々しい気配を発している。
「ふふふ、いいですねいいですね。止められるもんなら止めてみなさい!」
自らが負けると微塵も思っていないのだろう、悪魔は大げさに手を広げて強弁を述べると、準備が整ったのか、右腕の蛇で千歳を指差すようにし。
「それでは、さようなら。いつか地獄でお会いしましょう——ッ!」
悪魔は口を大きく開け、三重の魔法陣から紫色の巨大な閃光が射出される。直径で二メートルはあろう閃光は、真っ直ぐに千歳へと向かう。
「————ッ!」
同時に、千歳も極大まで魔力を貯めたバレットM82を悪魔に照準を合わせると、巨大な爆発音と共に赤黒い未知なる閃光が射出された。
千歳の射出している赤黒い閃光が悪魔の三重魔法陣の閃光と衝突すると、あたり一面を明るく照らすほどの拮抗した魔力のぶつかり合いとなる。
一瞬でも気を抜けば自らの閃光は飲み込まれ、その身は貫かれるだろうとお互いが理解している。
「ハハ、ハハハハハッ! 素晴らしい! まだこれほどの力を残したいたのですか千歳沙月! 本当に、本当に楽しく、そして憎らしい人ですよ貴方は!」
これまでとは比べ物にならないほどの高出力で発射した千歳は、その反動に身体が後ろへ流れようとするのを必死に堪えていた。下半身に力を込め踏ん張り、上半身に力を込めバレットを放さず、後退する足下は溝ができている。
「——ッく!」
「ふふ、そろそろ限界ですか、なら、本当に終わらせますよ!」
悪魔のどこにそれほどの余力が残っていたのか。三重魔法陣から放たれる閃光はさらに勢いを増し、千歳の赤黒い未知の閃光を覆い尽くそうとしていた。
あまりの威力に、千歳は腰が折れ始める。膝が笑い、気を抜けばそのまま座り込んでしまうだろう。バレットを握っている手は既に感覚もなく、力を抜けば落としてしまうだろう。管から吸われる魔力量は本来ではあり得ないスピードで、呼吸は荒く、酸素不足で目眩までしてくる始末である。何もかもが絶体絶命だ。
——だが、千歳はここで諦めるわけにはいかない。いや、こんなところで諦めたら、それはもう千歳沙月ではないだろう。彼女の底抜けない明るさに救われた者もいる。彼女のひたむきさに励まされた人もいる。千歳沙月とはそういう人間だ。
だからこそ、最後の最後まで足掻くと決め。
「——コレ……ハ……?」
千歳のバレットを握る部分から、次第に銀色へと輝いていく。それはバレット全体をも包み混むと、露出されていた管は銀色の膜に覆われ、外部装甲へと変わり。いまだ赤黒い閃光を射出している銃口も銀色の膜が覆うと、より長く、より高出力になるよう形成され。
「なっ!? ここにきてなぜ彼奴の出力が上がるのです!? 千歳は既に満身創痍なハズ! 押せば倒れるほどだというのに、なぜ!」
「……ワカラナイノ?」
千歳の赤黒い閃光が、悪魔の閃光を押し返し。
「……アナタトタタカッテイルノハ、ワタシダケジャナいからよ!」
これが最後と、千歳は身体の隅々から魔力をかき集め、バレットに全神経を集中させる。そこから射出される赤黒い閃光は、より強力で、より赤く輝き——。
「バカな、バカなバカなバカなッ! 私は最強の悪魔になったハズなのに、バカなぁああああぁ!」
「ウアアアアアアァアアァアァアアッ!」
千歳の全力の叫びと共に、赤黒い未知なる閃光は悪魔を覆いながら、夜闇を照らし消えていく。
「……これが私の固有魔導秘術、『地獄に咲く一輪の花』。日本では、悪魔より鬼の方が強かったみたいね」
千歳が満面の笑みで告げると、元の姿となっている焼き焦げたマーキスが意識を失い膝から崩れ落ちた。
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