2−36 逃走中
焼き焦げたマーキスが意識を失い地面へ崩れ落ちると、千歳沙月も気が抜けたのか、両手で支えていたバレットM82が粒子となり消え、今にも意識を飛ばしそうに足元をフラつかせている。
「木戸くん……無事だったのね……よかった……」
「無事ではありませんけど……ね」
千歳が後ろへ目配せすると、今尚倒れてはいるが、薄っすらと目を開けている木戸が横たわっていた。
「木戸くん、最後……助けてくれてありがと……ね」
「会長のフォローが……俺の仕事です……から」
ペタリ、と木戸の横で尻餅をついた千歳が、既に意識を朦朧とした状態で木戸へ語りかける。木戸は少し意識を取り戻してきたのか。傷口から尚も血を流しているが、徐々に言葉もハッキリとしてくる。
「じゃあ私、疲れたからちょっと寝る……ね。おやすみ木戸くん……グゥ……」
ついに限界だったのか、千歳自身は寝ると言っているが、半ば気絶気味に意識を失う。
「全く、重症な俺らを置いて寝るとはな……。灰村、動けるか?」
「まだしっかりとは難しいですが、少し休めばなんとか」
少し離れたところで横たわる竜一も、何とか指先を動けるくらいには体力を回復させた。
「よし。魔導騎士団には連絡してあるから、時期にここにも来るハズだ。一応あのエセ貴族を拘束だけでもしておかないと」
「おーおー、派手にやったなぁお前ら」
「「!?」」
突如、ドスの効いた低い声音が、竜一にとっては苦い思い出のある声音が響き渡る。
竜一らが声音のする方向、マーキスの方を見やると、一人の男が立っていた。
男の咥えるタバコから立ち込める紫煙は、月明かりに照らされながらも風に乗ると瞬く間に姿を散らし、独特の臭いだけが風下へと届ける。
大柄なスーツ姿をしたその男は、タバコを目一杯まで吸い込むと、深々と吐きながら足元に転がるマーキスを見下ろす。
「お前……銀次!?」
「よー灰村の坊主、最近ぶりだな」
銀次が豪快な笑顔をしながら竜一へ手をあげ、軽い挨拶を交わして来る。
「灰村、あいつは……」
「あいつは以前俺と水瀬、岩太郎や真琴と戦ったIrisの幹部、銀次です」
「!? あいつが!?」
千歳が気絶し、ただでさえ動くこともままならない竜一と木戸の前に現れたのが新手の敵。木戸の驚愕も当然だろう。
幹部であるマーキスが出張ったのだ。これ以上の増援はないだろうと高を括っていた竜一らにとって、この状況は絶望的——いや、絶体絶命の危機であろう。竜一が何とか立ち上がろうと腕に力を込めるも、当に限界を迎えている身体はいうことを聞いてはくれず、すぐに倒れ込んでしまう。
もはやこれまでか……。竜一と木戸の頭にそう過ぎると、まるでそのことを読んだように銀次が口を開く。
「心配するな。俺ぁ別にお前らをどうこうしようときた訳じゃねぇ」
銀次の言に耳を疑った二人は視線を向けると、銀次は竜一らに目もくれず、マーキスだけを見ていた。
「俺の目的はこいつでな。こいつは俺らが回収させてもらうが、なぁに、もうお前らの前には現れないだろうから安心しな」
「現れないって、どういうことだ」
竜一が質問するが、銀次がチラと竜一を見やるだけで、新しく取り出したタバコに相も変わらず火を着け。
「どうもこうも、そのままの意味だ。大人の世界は色々あってな」
銀次がマーキスを担ぎ上げると、背を向け立ち去ろうと足に力を込める。
「あ〜あと、そこの嬢ちゃんにはナイスファイトと伝えておいてくれ。出来ればいつか一戦交えてぇくれーだってな」
「俺はもう二度とアンタには会いたくないんだが」
「そういうな灰村の坊主。いつか借りは返させてもらうからよ」
銀次がそう言い残すと、本当に竜一らには何もせず、大柄の男はマーキスを連れて暗闇の中へと消えて行ったのだった。
◇◇◇
竜一らがマーキスとの一戦を終えてから遡ること数分前。
竜一と別れた水瀬らは、一瞬通り過ぎた人影に見覚えがありながらも、夜の森を走っていた。
「水瀬先輩。本当に灰村先輩はいいの? あの人、一人ではとても対処できるとは」
「竜一が大丈夫って言ったんだ。オレは竜一を信じ、お前らを逃すことに専念する」
穂乃絵の心配は最もだろう。それは水瀬自身が一番よくわかっている。バディを組んでからというもの、水瀬は竜一と常に一緒にいたのだ。竜一がどの程度戦えるというのかはよくわかっている。正直なところ、水瀬も竜一一人では対処できる状況ではないと考えていた。しかし、竜一は策があると言い、先ほどの見覚えのある人影といい、それらが水瀬の推測通りだとすると、あの状況をなんとかすることはできるかもしれないと思案する。
「だから、二人も今は逃げることを一番に考えてくれ」
「……わかったわ」
走りながら前だけを見据える水瀬の口調は力強く、しかし、一番に心配しているであろうことが伺えるその瞳を見ると、穂乃絵はそれ以上何も言うことができず、了承するしかなかった。
「あと、その、なんだ。さっきは悪かったな」
「なんのことよ」
さっきのこと——そう水瀬が言っているのは、恐らく水瀬が穂乃絵に対し霊装の拳銃を向け、感情的になったことだろう。
なんのことととぼける穂乃絵も、そのことを指していると察しは付いている。しかし、ことこの問題に関しては根が深く、簡単にどうこうできる事案ではないだろうと考えている。
『インターフェイス研究施設惨殺事件』、その場に居合わせていたと言う水瀬とは、一度深く話さなくてはいけない。そして、改まって話し合いの場を設けるべく今は生き延びることを優先しなければならない。そう結論付けた穂乃絵は、だからこそ「なんのこと」ととぼけることにしたのだが。
「み、水瀬さん、大丈夫です。ほ、穂乃絵ちゃんは気にして、ません」
「優!?」
後ろで走っている優が、穂乃絵の考えくらいわかっていたのだろう。辿々しくも、しかし正直でない妹の代わりに言葉を綴る。
「ぼ、僕らが灰村さんにあんなことをしても、お二人は僕たちをた、助けてくれました。だから感謝こそすれ、怒るなんてこと、しません」
目元が隠れている優の表情は相変わらず読めない。しかし、その言葉は本当なのだろう。一つ一つ選んで伝えている言葉は、気弱な彼なりの誠意であり。
「それに、あの事件に関して、僕らは色々言われな、慣れています。だから、無事に帰ったら、灰村さんと一緒にうちにき、来てください。僕、ご飯作りますから。灰村さんとも約束したんです。だから、一緒にご飯食べながらでも話しましょう」
「あぁ、そうだな」
水瀬にもしっかり伝わることができた。
夜の森に突入してからどのくらいの時間が経ったのだろうか。時間にしてはおよそ数十分程度だろう。月明かりだけの森の中を走り抜け、水瀬らは森の出口が薄っすらと見え始める。
「あと少しだぞ二人とも!」
徐々に近く森の出口、その先には校舎も見えてきた。水瀬の後ろを走る見境兄弟も安心したのか、少しばかり頬を緩め、安堵の息を吐く。
「あとは安全な場所に二人を連れて言って」
「安全な場所なんて、どこにもないぜ?」
「——ッ!?」
突如として現れたその声は、三人の心に染み入るように、安心した心を切り裂くように、静かに響くと、その声の主が森の出口近く、木の影から現れ。
「——ベルモンド……副隊長……」
「お前ら、逃げられると思うなよ……!」
目の前の男の名を呟いた穂乃絵の瞳が、夜闇の色に染まっていく。
めちゃめちゃ久しぶりに水瀬書いた気がする……。
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