前奏 おまじない
コノハナの街は彩やかに色づいて目を覚ます。木は空を支えんと青くそびえる。花は地を飾らんと様々に萌える。生き物は今日を歩まんと立ち上がる。
小鳥さえずる長い長い一本道を一組のカップルが歩いていく。すれ違う人の中に、声をかけるものはいない。無視。怪訝。もしくは歪笑。
歩く俺は思う。
「カップルじゃない2828」
歩く2歳児は思う。
「ほけんしついきたくなーい4949」
それぞれの思いは態度にあらわれてしまっている。冴えない青年は引き攣ったにやけ顔を浮かべ、少女の甘い口許はプルプルと震えている。なるほど異常だ。
まるで朝から何か遊んできたように見える。同類だと思われる訳にはいかない、だから誰も声をかけない。よくできた世界だ。
「いきたくなーいよー♪」
サニーロが半ばおかしくなってきた。もうちょっと狂っていく様子を見たい気もするが、残念なことに俺たちは校門にたどり着いてしまっていた。うーん、ここで止まるわけにはいかないな・・・。
「さ、今日も頑張るぞ」手を引っ張る。
「いきたくなー・・・え、あ、がっこう。
う、うわああ!!いつのまに!・・・ま、まって!」必死の抵抗だ。
「俺なんにもしてねーけど」いや、してますね、はい。
「あ、あのー、ちょっとそのてをはなしてくださいます?」
「放したらすぐ逃げるだろ。ほら、いくぞ」
「お、おにゃかいたーいー・・・」
「いつまでそれで通じると思ってんだよ・・・お前何歳だよ?」
「はなのじょしこうせい♪ただし2さい♪」
「・・・幼女か」
「へんたーい♪」
「ほっとけ!!」
ラチがあかない。毎日こんな調子だから、もう誰も目を向けてくれなくなった。しかし実はそれがありがたい。
「だからー、いきたくなーいってぇー・・・」
「じゃあ、どんな時でも勇気が出るおまじないをしよう。な?」
「・・・うん」
俺たちはいつも両手を繋いで、一つの呪文を唱える。
勇気が出る、俺たちだけのおまじない。
サニーロ、今日も頑張ろうな。
『哀れとも、いうべき狐は思おえで、身のいたづらに、サクヤコノハナ。』
・・・・・・
俺達が通っているのは県内屈指の平凡高、咲木花学園。その平凡さは後で説明するとしよう。・・・百年後な。
二人はいつも、まず真っ先に保健室を訪れる。とたんに、いつも通りの張りのある元気な声。
「あらサニちゃん、おはよう。いい天気ね」
「はーい☆おはようございまーす☆」
「ふふふお空より明るいわね。今日も可愛いわ」
「囲弄先生おはようご」
「ユーキさんでいいのよ教育係くん。おはよう♪」
「いいえ先生と呼ばせていただきます。そして多原です。そしてざいます。」
「あらおもしろい挨拶ね」
「先生が遮ったんでしょうが!!」
囲弄ユーキ先生、養護教諭。ほんのりピンクのショートカットと華奢な体に、白衣が良く似合っている。基本、最後まで話を聞く気が無い・・・
「今日も特保室を使うのかしら?バッチリ空いてるわよ」
特別保健室。この学校だけにある施設だ。
「はい。奥から二番目の部屋にアレを置いといて下さ」
「はいはい、いつもの部屋ね」
「最後まで聞けよっ!!」
「むー。おにゃかいたいー」嫌がる、オレンジポニーテール。
「サニーロ?大丈夫だって」
「うー。・・・サクヤコノハナ」
「ねえ、そのサクヤコノ」
「おまじないです。じゃ、借ります」
「最後まで聞きなさいよ!!」
・・・俺たちはそそくさと普通保健室を後にした。




