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灰都の剣士と機械人形  作者: NOEU
5. 遺跡
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5-7. 分岐宿駅

継暦六百二十七年 十一月四日〜十一月五日


採石場を出るころ、細い雨が降り始めた。外套の肩に小さな水滴が並び、歩くたびに一つになって流れ落ちた。昨日まで乾いていた道は黒く湿り、轍の底はぬかるみ始めていた。オルンは道の中央を避け、草の根が土を留めている端を選んで歩いた。


残る六人もそのあとに続いた。前の者の足元を見ていれば、泥の深いところは分かる。ヘイルが一度足を滑らせたほかは、歩みを止めるほどのことはなかった。昼には荷車の停まっている街道の休憩所で雨を避け、夕方には、小さな厩を備えた宿へ入った。


濡れた外套を吊るす場所を譲り合い、炉の前で靴を乾かした。宿の主人は明日の天気よりも、雨で遅れている粉の荷車を気にしていた。夕食のパンが薄い理由を誰にともなく話していたが、代わりに出された豆の煮込みは深い皿からこぼれそうだった。ガレスは二枚のパンを重ねて持ち、一緒にちぎって食べていた。


翌朝には雨が上がった。低い雲の切れ目から丘の斜面へ日が差し、濡れた枯れ草が白く光っていた。道は少しずつ上りになり、荷車とすれ違うたび、一行は固い路肩へ寄った。車輪の軋む音が遠ざかると、どこか近くで水の流れる音が聞こえた。


昼前、東へ続く街道から、北へ向かう道が分かれた。その内側に、低い石塀で囲まれた宿駅があった。長い倉庫と厩が向かい合い、奥には二階建ての宿泊棟が見える。開いた門の脇には炭を積んだ荷車が停まり、若い男が荷台を覆う布の水を払っていた。布の端から落ちた水が、石畳の目地を黒く染めていく。


北へ続く道には、行き来する人の姿があった。空の籠を背負った女が二人、その少し先を、斧を肩に掛けた男が歩いている。道の入口に柵はなく、傍らに立てられた板へ、ギルドの印を押した紙が打ちつけてあった。


四十二番遺跡へ通じる道への立入りを禁ずる。調査のために通行する者は、宿駅で許可証の確認を受けること。


その下には、別の手で短い一文が書き足されていた。沢と炭焼き場への道は通れる、とあった。


ロアンが読み終えるころ、門の内側から女が出てきた。五十を過ぎたくらいで、袖を肘までまくり、片手に帳面を持っていた。七人の荷と武器を見回してから、ロアンの胸元にあるギルド札へ目を留めた。


「エルデンからの調査隊かい」


「ああ。七人だ」


「聞いてるよ。私はローザ。ここを預かってる。許可証は持ってきたね」


ロアンが書類を渡すと、ローザは門柱の脇で開いた。帳面を下に重ね、風にめくれないよう端を押さえて、印と人数を確かめている。その横を、小さな桶を二つ提げた子供が通り抜けた。


「汚れたほうは厩だよ。台所へ持っていかないでおくれ」


子供の返事を聞いてから、ローザは書類を畳んだ。


「記録は中にある。まず荷を下ろしな。食事もまだ出せる」


宿泊棟の手前にある管理室には、机と棚、それに周辺の地図があった。戸口のすぐ横に泥のついた長靴が並び、壁の釘には鍵の束が掛かっている。ガレスたちが荷を置きにいくあいだに、ロアンはヘイルとオルンを連れて中へ入った。


ローザは棚から厚い帳面を取り出し、机の上で開いた。紙の端には指の汚れが重なり、何度も開かれたところだけ色が濃くなっている。


「九月十九日。十二人ともここへ泊まった。北へ出たのは翌朝だよ」


日付の下に、十二人分の名が並んでいた。人数、泊まった部屋、補充した食料。書き込まれているのはほかの旅人と同じことだった。右端には帰還予定の日付があり、実際に戻った日を記す欄は空いていた。


「それから、誰も?」


「ここへはね。帰りに寄らない者もいるから、最初は分からなかったんだよ。エルデンから問い合わせが来て、ようやく気づいた」


ヘイルが持参した名簿と帳面を見比べるあいだに、ロアンは壁の地図へ目を移した。北の道は、紙の上でも何度か分かれていた。沢に沿って小さな集落へ向かうもの、林の中で途切れるもの。そのうちの一本だけが丘陵を越え、四十二番遺跡を示す四角まで延びている。


「封鎖されてるのは、どこからだ」


ローザは机を離れ、地図の下のほうを指した。


「ここから半日ほど行くと石橋がある。その先の分かれ道だよ。沢へ下りる道は通れるけど、遺跡へ上がるほうには横木を渡してある。札も出した」


オルンが頷いた。


「橋を渡って、右へ折れる道だな」


「そう。あんたは知ってるかい」


「前に通った。途中の炭焼き場はまだ使ってるのか」


「使ってるよ。今止めたら、冬の炭が足りなくなる。向こうへ行く者には、帰りに顔を見せるよう言ってあるけどね」


閉じられた道を爪で押さえたまま、ローザは話した。人が戻らなくなったのは、遺跡へ向かった者だけではない。街から来た知らせにあった場所を、地図の余白にも書き留めていた。ただ、どの道を通ったか分からない者もいる。広い林のどこからどこまでを避ければよいのか、宿駅でも判断がつかないらしかった。


「仕事に出るなとも言えないしね。せめて一人では入らないでくれ、と言ってるよ」


「新しく戻ってない者や、怪我人は」


「今のところ聞いてない。あんたたちが着くまでに何かあれば、知らせることになってた」


ロアンは地図に描かれた小さな集落を見た。ここまで歩いてきた道と同じように、その先でも人は暮らしている。遺跡へ向かう道を一本塞いでも、冬の支度は続けなければならない。


「人形を見た者はいるか」


「炭を運んでる者が、そんな話をしてたね。今日は東へ荷を届けにいってる。晩までには戻るはずだから、声を掛けておくよ」


ロアンたちは今夜の宿を取った。この先にも野営に使える場所はあったが、話を聞かずに出る理由はなかった。ヘイルは記録を写すために残り、オルンはローザと沢沿いの道について話し始めた。ロアンは二人を置いて中庭へ出た。


井戸のそばでは、セナが宿の女中から湯を分けてもらっていた。汲み上げた水はそのまま飲まないよう、女中に念を押されている。ティナは軒下で外套の泥を落とし、ミラは縫い目のほつれた手袋を裏返していた。ガレスだけ姿がなかったが、倉庫の向こうから声がした。


「まだ残ってるか。この前、梁に吊るしてあったやつだ」


回り込むと、倉庫の一角に台を出した店があった。塩の小袋や縄、獣脂の塊に交じって、干した茸が籠に山盛りになっている。奥の棚には瓶が並び、天井の梁からは、布に包んだ大きな塊がいくつも下がっていた。


ガレスは店の男と向かい合い、両手で丸い形を作っていた。大盾は壁に立て掛けてある。


「あれはもう売れたよ。今年のはこっちだ」


男が籠を引き寄せると、ガレスは茸を一つつまみ、傘の裏を確かめた。盾の革帯を調べるときと同じ、念の入った手つきだった。


「大きいのは高いか」


「形が揃ってるからね。割れたのでよければ、その袋にもある」


「味は同じなんだろ」


「同じだよ。鍋に入れたら分からない」


ガレスは少し考えてから、袋の中も見せてもらった。ロアンが近づくと、茸を戻しながら言った。


「話は済んだか」


「晩にもう一人から聞く。食料か」


「家のだ。ここを通るなら買ってこいと言われてな」


店の男が、袋の口を折り返した。


「奥さん、前のを気に入ったのかい」


「ああ。肉が少なくてもいい汁になった。多めに買ってこいと言われてる」


「それなら割れてるので十分だよ」


「そうする。形のいいのを選べとは言われてない」


ロアンはガレスが妻と暮らしていることを知っていた。以前、一緒に仕事をしたときに聞いた。それ以上のことはほとんど知らない。休憩のあいだに交わすのは、次に通る道や報酬、武器の手入れの話が多かった。


「今、持っていくのか」


「遺跡まで茸を背負っていく気はない。帰りに寄る」


「いつになる?」


店の男に聞かれ、ガレスは日数を数えるように少し顎を引いた。


「早ければ十日ほど。長引くかもしれん」


「なら、そのときに見てくれ。売れれば出すよ」


「ああ。残ってる分でいい」


取り置きの約束をするでもなく、ガレスは袋を返した。代わりに細い縄を一巻き買い、手のひらの上で重さを確かめた。割れた茸のほうが安い、と小さく繰り返してから、壁に立て掛けた盾を持ち上げた。


宿の食堂へ入ると、ティナとミラが窓際の席にいた。窓は明かりを取るために少しだけ開けてあり、隙間から冷たい空気が入ってくる。ミラは針を動かし、ティナは手袋のもう片方を持って、直すところがないか調べていた。


「買い物してたの?」


「縄を少しな」


ガレスが向かいへ座ると、ロアンもその隣に腰を下ろした。少し遅い昼食を頼み、棒剣を手の届く壁際へ置く。窓の外では、倉庫から運び出された木箱が、荷車へ積まれていた。


「ここはよく物が入れ替わるな」


ガレスが言うと、ミラも針を止めずに外を見た。


「うちよりは片づいてる」


「そんなに散らかしてるの?」


ティナに聞かれ、ミラは糸を引き切ってから顔を上げた。


「妹がね。私がいないあいだ、空いてる場所は全部使っていいと思ってる。前に帰ったら、机の上が革で埋まってた」


「革?」


「靴屋で働いてる。切れ端を貰ってきて、家でも縫うんだって。仕事熱心なのはいいけど、食事を置くところくらい残しておいてほしい」


ミラは縫い終えたところを指で擦り、裏返した手袋を元へ戻した。右手にはめて何度か握り、指の付け根を確かめている。縫い目は細かく、余った糸もほとんど見えなかった。


「それも妹に習ったのか」


ロアンが聞くと、ミラは手袋を外した。


「これは私が教えた。今は向こうのほうが上手いけど」


「直してもらえばいいじゃない」


「頼むと、まだ使えるものまで替えようとするのよ。掌の革が薄いとか、形が合ってないとか。自分が縫いたいだけなんだから」


その言い方からすると、一度や二度のことではないらしかった。ティナが笑い、ミラもわずかに口元を緩めた。


料理を運んできた女中が皿を置くため、ミラは裁縫道具をまとめた。小さな布包みを開いた拍子に、細く切った革紐が何本か見えた。色と厚みが少しずつ違う。ミラはそれを押し込み、針を布へ刺してから荷袋へ戻した。


「帰ったら、まず片づけだな」


ガレスはそう言い、皿の中の肉を匙で崩した。ミラは少し眉を寄せた。


「前にも片づけたら、どこに何を置いたか分からないって言われた。あれで場所を決めてるらしいの」


「じゃあ、触らないほうがいい」


「私の机なのよ」


今度はガレスも笑った。口に入れたものを飲み込んでから、ロアンへ顔を向ける。


「お前は。戻ってから、何か予定はあるのか」


「道具の手入れはする。あとは、ギルドに出てる仕事次第だな」


「休まないの?」


ティナに言われ、ロアンは皿から顔を上げた。


「戻ってすぐに出るわけじゃない」


「前にも同じことを言って、次の日に護衛へ出てたでしょ」


「あれは人が足りなかったんだ」


「その前も足りなかったんじゃない」


覚えていなかったが、そう言われれば、似たようなことはあった気がした。街に戻り、装備を直し、報酬を受け取る。次の仕事があれば引き受ける。それで困ったことはなかった。宿の部屋を何日空けるかを、先に決めておく必要もなかった。


ガレスが水差しを寄せたので、ロアンは空になった杯を差し出した。自分の杯を満たしたガレスは、残りをロアンのほうへ注いだ。


「肩がまだ痛むなら、少し空けろ。次の仕事で悪くすれば、そっちの稼ぎも飛ぶ」


「戻るころには治ってるだろ」


「だったらいいがな」


ガレスはそう言って、また食べ始めた。ティナもそれ以上は何も言わず、パンで皿の縁を拭っていた。ロアンは右の肩を一度回してから、残った煮込みに手をつけた。


午後は、乾かした装備の手入れと食料の補充に使った。セナは七人の荷を順に確かめ、口の緩んだ袋を結び直した。ヘイルは管理室から戻ると、地図を広げたまま食事をした。パン屑が紙に落ちるたび丁寧に払っていたが、三度目にセナが地図を皿から遠ざけた。


日が傾くにつれて、中庭へ戻ってくる荷車が増えた。車輪の泥を削る音が続き、厩では飼葉を運ぶ者と水桶を片づける者が行き違った。食堂の窓が閉められ、天井から下がった灯りに火が入ったころ、ローザが戸口からロアンを呼んだ。


「話を聞きたいって言ってたね。戻ってきたよ」


連れられて入ってきたのは、四十前後の男と、まだ顎の線が細い若者だった。年上の男の襟元には炭の粉が入り込み、洗ったばかりらしい手の爪にも黒い色が残っている。ローザは男をバルと呼び、夕食を取っている七人の席へ案内した。


「四十二番へ行くんだって?」


バルは空いている椅子に座り、差し出された水を飲んだ。若者はその隣へ浅く腰掛け、卓上に広げられたヘイルの地図を覗き込んだ。


「北で人形を見たと聞いた」


ロアンが言うと、バルは頷いた。


「四日前だ。荷を積んで帰る途中でな。場所なら、こいつのほうが覚えてる」


若者が地図の向きを変え、オルンに沢の位置を尋ねた。二人で道を辿ったあと、石橋より少し南の曲がり角を指した。封鎖された道へ入る前の場所だった。


「道の左に、大きな倒木がある。根が持ち上がって、こっちを向いてるところ」


「分かる。あの辺りか」


オルンが印をつけると、バルはその上に指を置いた。


「そこで車軸が割れた。傾いたまま無理をすれば車輪までやられるから、ワトを外して、荷を下ろしてたんだ。半分くらい下ろしたところで、こいつが林の中に誰かいると言い出した」


最初は、灰色の服を着た女に見えたという。背はバルより少し高く、細身で、頭には何も被っていなかった。まっすぐ荷車へ近づいてきたが、声を掛けても返事がない。十歩ほどの距離になってから、髪もなく、顔も手も同じ灰色をしていると気づいた。


「服だと思ったのも、身体だった。継ぎ目が見えたからな。咄嗟に荷車に括り付けてた斧に手を伸ばしたよ」


バルは卓の端へ手を置き、柄を握る形に指を曲げた。


「こいつにも、弓を取れって言った」


「その前に取ってた。逃げようって言っただろ」


「ワトを置いて逃げられるか」


「手綱を持って走ればいい」


バルは若者を一度見てから、杯へ手を伸ばした。


「まあ、走る前に来ちまった。荷車の横へしゃがんで、下に手を入れたんだ」


「襲ってはこなかったのか」


「ああ。荷台を持ち上げた」


ガレスが食べる手を止めた。


「荷を積んだままで?」


「半分は残ってた。炭と、端材を少しな。車輪を浮かせて、そのまま動かなくなった」


若者が両手を卓の下へ入れ、荷台を支える形を見せた。膝を折って座り、腕は曲げたままだったという。バルたちはしばらく離れて見ていたが、人形は何もせず、傾いていた荷車だけが水平に戻っていた。


「いつまでそうしてるか分からないだろ。それで、直すなら今だと思ったんだ。割れたところに添え木をして、締めた。こいつは反対側へ回って、車輪を押さえてた」


「近づいても、何もしなかった?」


ミラが聞いた。バルが頷くより先に、若者が口を開いた。


「顔はこっちへ向けたよ。俺が下を覗くと、そっちを見た。手を入れるのは、嫌だったな。あれに放されたら挟まるから」


「荷台の下に台木は入れなかったのか」


ロアンが尋ねると、若者は頷いた。


「入れた。でも、車輪のそばへは手を出さなきゃならない」


ロアンは地図の上に置かれた若者の手を見た。指の節に古い擦り傷はあったが、大きな傷も包帯もなかった。


「何か言ったか。向こうから」


「一言も。こっちからは何度も聞いたよ。何をしてるとか、どういうつもりだとか」


バルは残った水を飲み干し、空の杯を卓へ戻した。


「終わって、もういいぞと言ったら下ろした。それで北へ歩いていった。こっちを見ることもなくな」


「最後の楔を入れたときには、下ろし始めてたよ」


若者が言った。バルは少し眉を寄せた。


「俺が言ってからだろ」


「言う前だったと思う。俺、まだ指を抜いてなかったから覚えてる」


ヘイルは書きかけたところで手を止め、二人を交互に見た。どちらもそれ以上は譲らず、やがてバルが、そうだったかもしれない、と言った。ヘイルは何かを書き足し、荷車を離れたあとのことを尋ねた。


人形はしばらく道を歩き、それから林へ入った。二人が見たのはその一体だけで、後をついてくることもなかった。荷を積み直して宿駅まで戻り、翌日に車軸を替えた。今日も同じ荷車を使っているという。


「人形に、何か持ち物はなかったか。腰でも背中でもいい」


ロアンが聞くと、バルは首を振った。若者も少し考えたあと、何も見なかったと答えた。


「助けてくれたんだね」


ティナが言うと、バルは卓に残っていたパン屑を指で集めた。


「助かったのは確かだよ。あそこで全部下ろして、二人で荷台を上げてたら、日が暮れてた。だが、何のつもりだったのかは知らん。声を掛けても黙ったままだし、金を払う必要があるのかどうかと悩んださ」


「金のことなんか考えてたのか」


若者が驚いた顔をした。


「終わってからだよ。助けたんだから金をよこせと言われるんじゃないかって」


バルはそう答え、ロアンの胸元を見た。


「ギルドでは、何か聞いてないのか。あの辺で人形を働かせてる者がいるとか」


「聞いてない」


「そうか。だったら、まあ、礼を言っただけでよかったのかね」


バルは掌を膝で拭い、椅子から腰を浮かせた。食堂の奥から運ばれてくる皿を目で追っている。ロアンは引き留めず、話を聞けた礼を言った。二人が席を移すと、すぐに大きな皿が二つ置かれた。若者は匙を取る前にパンへ手を伸ばし、バルも上着の前を緩めて食べ始めた。


ヘイルが地図の印を確かめ、手帳の端へ同じ形を描いた。


「明日、通る場所ですね」


「昼前には着く。倒木が残ってれば、すぐ分かる」


オルンが答えた。ガレスは壁際の盾を見てから、またヘイルの手元へ目を戻した。


「あの荷車を持ち上げて、修理が済むまでか」


「その間も、二人の動きを見ていたようです」


「力はあるな」


ロアンにも、それは分かった。バルの荷車は中庭に停まっていた。空でも軽くはない。荷台の片側だけとはいえ、荷を半分残したまま支え続けるのは、人間には難しかった。


「見つけたら、まず離れて動きを見る。近づくのは、それからだ」


ロアンが言うと、ミラとガレスが頷いた。ヘイルも手帳を閉じ、明日の道順をオルンと確かめ始めた。


食堂には、いつの間にか席を待つ者がいた。七人は食器をまとめ、話の続きを部屋ですることにした。椅子を引いたとき、隣の卓から、取り替えた車軸について話す声が聞こえた。バルは宿駅の職人の仕事を褒めていたが、若者は今日も少し軋んでいたと言い、明日の朝にもう一度見てもらうことになった。


ロアンは壁から棒剣を取り、肩へ掛けた。荷車の下へ手を入れ、黙って修理を待つ灰色の人形を思い浮かべようとしたが、頭に浮かんだ顔はリゼのものだった。


何をしていると聞かれたら、リゼは、荷車を支えています、と答えるだろう。その光景は妙にはっきりと浮かんだ。バルはきっと、そんなことは見れば分かると言い返す。そこでようやく、何を聞かれているのか考え始めるのかもしれない。


帰ったら、この話をしてみようと思った。その人形が何を考えていたかは、リゼにも分からないだろう。それでも、どんな返事をするのか聞いてみたかった。


廊下へ出ると、食堂の暖かさが背中から離れた。先に階段を上ったガレスが、踊り場でロアンを待っていた。大盾を横に向けなければ通れないらしく、上から降りてくる客へ道を譲っている。


ロアンは下側の縁に手を添えた。ガレスが盾を持ち直すと、二人で少し角度を変え、壁に擦らないよう階段を上がった。

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