2-18. 顔合わせ
継暦六百二十七年 六月九日
エゼル商会の車両整備場には、六台の荷車が並んでいた。
五台が積荷を運ぶ車両で、残る一台が予備車両だった。幌はまだすべて張られておらず、荷台の内側や車輪、車軸を確認できる状態になっている。
朝の光が、開いた搬入口から石床へ斜めに差し込んでいた。整備場の奥では、荷役が木箱の印を確かめ、御者がワトの牽引具へ手を入れている。木槌が車輪を打つ音と、荷札を読み上げる書記の声が、広い建物の中へ響いていた。
ロアンはリゼを連れて、整備場へ入った。
前日に遺物工房で巻き直された角材の仮脚が、石床へ硬い音を返す。右肘には薄い当て布が巻かれ、脇腹の外殻には、砂を防ぐための帯が軽く当てられていた。
歩き方そのものは変わっていない。
左足が先へ出て、そのあとを角材が追う。腰の位置を戻してから、次の一歩へ移る。
整備場の中央には、ラウルと護衛五人が集まっていた。その少し後ろには、御者と荷役の者たちが並んでいる。
ラウルはロアンとリゼの姿を認めると、手にしていた積荷の一覧を畳んだ。
リゼを見ても、驚いた様子はなかった。
ヴァルドから、商会管理だった機械人形をロアンが買い取ったことは聞いているはずだった。帰りの商隊へ同行させる可能性についても、ある程度は予想しているのだろう。
「全員そろった」
ラウルが言った。
ロアンは、集まった五人を順に見た。
最初に目に入ったのは、長柄の鉈槍を持つ男だった。
三十代半ば。肩幅が広く、厚い革の上着を着ている。鉈槍の穂先は片側へ重く張り出し、腰には短い鉈が下がっていた。
「カイム・ロウ」
男が名乗った。
「商会の継続契約だ。砂海は四度越えている」
「ロアンだ」
「名前は知っている」
カイムの視線が、ロアンの腰の棒剣へ向いた。武器の形を確かめただけらしく、すぐに目を戻す。
その隣には、小型の弩を背負った男が立っていた。
二十代後半。身体は細く、腰の短剣も小さい。会話を待つあいだも、視線は整備場の入口と荷車の間を行き来していた。
「レナート・ヴィスです。商会との継続契約で、以前はベルグラートの夜警にいました。都市間護衛は六回ですが、砂海は初めてです」
「弩は近距離用か」
「はい。巻き上げは手動なので、続けては撃てません」
ロアンはうなずき、次の男へ目を移した。
丸盾を背負った男は、五人の中でもっとも年上に見えた。四十代後半。片手剣と太い短刀を腰へ下げている。
「ガレス・ドーン」
「ああ」
「覚えていたか」
「西の塩荷で一度、一緒になった」
「三年前だったな」
「二年だ」
ガレスは少し考えてから、肩をすくめた。
「そうだったかもしれん」
以前と変わらない。
日付や町の名は曖昧だが、隊列が崩れた際の動きはよく覚えている男だった。
ロアンは、短弓を背負った女を見た。
二十代後半。革の胸当ては軽く、腰には矢筒と短刀がある。
「ミラ・セイン」
「ロアンだ」
「東門外で名前は聞いたことがあります」
「何を聞いた」
「荷を捨てる判断が早い、と」
ロアンは答えなかった。
ミラもそれ以上その話を続けず、自分の経験を述べた。
「砂海は一度です。前方と側面の警戒を担当しました」
最後の一人は、短槍を持った女だった。
三十代前半。槍の柄は長すぎず、荷車の間でも扱える。腰には刃の厚い鉈があり、前腕へ革の防具を巻いていた。
「ティナ・バレイです。砂海は二度。どちらも後方でした。負傷者の退避と、故障車の荷移しも経験しています」
ロアンは五人の顔と武器を順に見直した。
カイムの鉈槍は、荷車の側面へ出た相手を止めるのに向いている。レナートの弩は連射できないが、隊列へ近づく者への警告と牽制には使える。ガレスの盾は停止時や後方の守りに向き、ミラの短弓は前方と側面、ティナの短槍は予備車両の周囲でも取り回しやすい。
顔と名前、経験、武器。
顔合わせで確かめるものとしては、それで十分だった。
ラウルが一歩前へ出た。
「第八十八ラウル東方商隊だ。目的地はエルデン。荷車五台と予備車両一台、護衛六人で進む。砂路衆の案内人は、白塔で合流する予定だ」
ラウルは荷車へ向き直った。
「一台目と二台目は医薬品と浄水設備の部品。三台目は密閉材と工具。四台目はセルと交換部品。五台目は書類と日用品だ。重要な荷は一台へまとめず、複数の車両へ分けてある」
荷役の一人が荷台の幌を持ち上げた。
木箱の側面には、それぞれ異なる印がついている。同じ種類の荷を一台へ集中させていないことが、外からでも分かった。
「予備車両には水、補修材、交換用の車輪と車軸を積む。荷台の空きは六割ほど残してある」
最後の車両の荷台前方には、補修材を収めた箱が固定されていた。側面には交換用の車輪が立てて括られ、車軸は床へ沿わせて積まれている。
中央から後方には、負傷者や故障車の荷を受け入れられる空間が残されていた。
ロアンは荷台へ上がり、板の割れと補修材の固定を確かめた。
「水樽は」
ラウルが一台目と予備車両を指した。
「出発時は分散して積む。シャルガで積み増す分は、二台目と三台目へ載せる予定だ」
「予備車両へ増やすな。故障車の荷を移すとき、水を下ろす場所から探すことになる」
「分かった。空きは予定どおり残す」
ラウルが書記へ伝えると、一覧へ印が加えられた。
ロアンは荷台を下り、御者たちへ目を向けた。
六人いる。五台の荷車と予備車両へ、一人ずつつく。
ラウルが笛を取り出した。
「合図を確認する。隊列停止は短く二度。緊急停止は長く一度。再発進は短く一度だ」
ロアンは御者と護衛を見回した。
「笛が聞こえなければ、前後の車両と近くの護衛を見る。危険が迫っている場合は、護衛の声だけでも止まってくれ」
御者の一人が尋ねた。
「商隊側の指示と、護衛側の指示が違った場合はどうします」
「差し迫った危険に関する判断は、護衛責任者を優先する」
ラウルが答えた。
「積荷や行程について、話し合う時間がある場合は、俺とロアンで決める」
カイムが鉈槍の柄へ手を置いた。
「撤退や隊列分割も、ロアンの判断か」
「そうだ。停止、撤退、隊列分割、戦闘については護衛責任者の判断を優先する。荷の放棄は原則として俺と協議するが、時間がなければロアンが決める」
カイムはロアンを見た。
「分かった」
それ以上の質問は出なかった。
ラウルが整備場の奥へ合図を送った。
御者たちが荷車へ乗り、荷役が牽引具の周囲から離れる。手綱が引かれ、六台の車両がゆっくりと動き始めた。
整備場の中を一周し、そのまま敷地内の広い通路へ出る。
積荷を満載した状態ではない。それでも、合図と隊列の動き、護衛の位置を確かめるには足りた。
ロアンは五人へ、それぞれの武器に合わせた位置を示した。
カイムには二台目と三台目の間を任せる。長い鉈槍を使うため、荷車の間へ深く入り込ませず、側面へ出られる位置を取らせた。
ミラは先頭の右側。前方と側面の両方を見られ、異常があれば短弓で牽制できる。
レナートは中央の左側。都市や宿駅の近くでは、荷車へ近づく人間や、隊列の隙間へ入り込む者を見る。
ガレスは五台目と予備車両の間。丸盾を使って後方を守り、必要なら予備車両へ移る。
ティナは最後尾とした。負傷者や故障車が出れば、ガレスとともに荷移しや退避へ回れる。
ロアン自身は三台目前後を基本とし、必要に応じて前後へ動く。
位置が決まると、ラウルが笛を短く二度鳴らした。
六台の荷車が順に止まる。
続いて短く一度鳴らすと、隊列は再び動き始めた。
二度目は緊急停止、三度目は四台目の故障を想定し、車両だけを隊列の横へ出した。
御者と護衛の動きに大きな乱れはなかった。
故障車の前後を空け、ミラとレナートが左右へ出る。ガレスとティナが予備車両を近づけ、カイムは中央の荷車を進ませる側へ立った。
細かな調整は、実際の積荷と地形を見ながら行えばよい。
「今日はこれでいい」
ロアンが言うと、ラウルが停止の合図を送った。
六台の荷車は整備場へ戻り、元の位置へ並び直された。
ロアンは、壁際に立っていたリゼを見た。
試走のあいだ、命じられていなかったため、隊列には加わっていない。
ラウルもそちらへ目を向けた。
「ヴァルドから聞いている。買い取った人形を連れていくつもりなんだろう」
「ああ」
「商会の護衛や荷役には数えない。ロアンの所有物として同行させる。それでいいな」
「いい」
ラウルはリゼの右脚を見た。
「歩かせるつもりか」
「いや」
ロアンは予備車両を見た。
「空いている場所へ載せられるか。もちろん料金は払う」
ラウルは少し意外そうに眉を上げた。
「最初からか」
「ああ。この脚で一月歩かせれば、途中で悪くなる可能性が高い。歩かせる必要がないなら、最初から載せた方がいい」
ラウルは予備車両の荷台を見上げた。
中央から後方には、一人が座るだけの場所は十分にある。
「座らせるだけなら載る。横に寝かせるほど場所も取らないだろう」
「側板か補修箱へ背を預けさせる。動かないよう固定する」
「一日二クレドだ」
ラウルはすぐに金額を出した。
「空いている場所を使うだけだから、通常の積荷よりは安くする。ただし、予備領域として必要になれば、すぐに降ろしてもらう」
「負傷者か、故障車の荷が出た場合か」
「ああ。商会の荷と人員を受け入れるために空けている場所だ。金を払ったからといって、人形を優先することはできない」
「そのときは歩かせる」
ロアンが答えた。
カイムが予備車両からリゼへ目を移した。
「歩ければ、それで済む」
声に棘はなかった。
「だが、予備車両を空ける必要が出たときに、その人形が歩けない。速度にもついてこられない。そうなれば、金を払っているかどうかに関係なく、全員の判断へ影響する」
「ああ」
ロアンにも分かっていた。
人形一体のために隊列を止めれば、御者も荷役も危険な場所へ残る。護衛を割けば、商隊の守りが薄くなる。積荷を下ろせば、商会の損失になる。
空いた場所を借りる料金だけでは、消えない問題だった。
「人命と商隊を優先する」
ロアンは言った。
「次に積荷だ。こいつを載せるために負傷者を下ろすことも、商会の荷を捨てることもしない。歩けず、荷台も使えない場合は、その場の状況で判断する」
カイムはわずかに眉を寄せた。
「その判断で、ほかの護衛を巻き込まないと言い切れるか」
「言い切れない」
ロアンは答えた。
「場所と危険によっては、手を借りることになる。だが、最初から誰かを残すとは決めない。商隊全体を止める条件にもしない」
「そのとき、商隊を優先するのは変わらないんだな」
「ああ」
カイムは黙った。
異議を唱えたいのではない。
起き得る負担を曖昧にしたまま出発し、あとになって御者や荷役へ押しつけることを避けたいだけだった。
ガレスが予備車両の荷台を見た。
「最初から歩かせるよりはいいだろう。脚を壊してから載せれば、降ろす必要が出たときに本当に動けん」
「俺もそう考えた」
ロアンが答えた。
ティナもリゼの仮脚へ目を向けた。
「予備車両が必要になった時点で、まだ歩ける状態を残しておく。そのために載せるということよね」
「ああ」
「なら、歩かせ続けるより退避の選択肢は多いわ」
カイムは、なおも予備車両とリゼを見比べていた。
「商会にとっては空き場所から料金が取れ、必要になれば降ろせる。理屈は分かる。ただ、護衛にとって最悪の状況がなくなるわけじゃない」
「そうだ、なくなるわけじゃない」
ロアンは否定しなかった。
「そのときは、商隊を優先する」
その会話を聞いていたリゼが、口を開いた。
「同行させない方がよいと思います」
カイムが振り返った。
ラウルも積荷の一覧から顔を上げる。
「私を同行させなければ、予備車両の空きは常に使用できます。歩行できるかどうかを判断する必要もありません」
リゼの声には、反論する響きも、責められた者の硬さもなかった。
確かめた条件から、もっとも負担の少ない結論を示しているだけだった。
「一日ごとの料金も発生しません。同行する護衛が、今後の対応に不安を持つこともありません」
カイムの表情が、わずかに止まった。
目の前にいるものが機械人形であることは分かっている。
それでも、見た目は若い娘と変わらない。淡く光る目と角材の仮脚がなければ、人間だと言われても疑わない姿をしている。
その口から、自分を連れていかない方がよいという言葉が、あまりに静かに出てきた。
「それだけではありません」
リゼは続けた。
「両腕、左脚、視覚、聴覚、発声機能は、現在も使用可能です。部品ごとに売却すれば、支払った金額の一部を回収できる可能性があります」
カイムの手が、鉈槍の柄から離れた。
自分の指摘が間違っていたと思ったわけではない。
罪悪感とも違う。
ただ、先ほどまで商隊へ生じる負担として話していたものが、自分の両腕や目の価値を数え始めたことで、同じ調子のまま言葉を返すことが難しくなった。
ミラがリゼを見る。
「それを、ここで決める必要はないんじゃない?」
リゼはミラへ顔を向けた。
「同行するかどうかを決めるための情報です」
「そうだけど」
ミラは短弓の肩紐へ指を掛けた。
「使える部品があることと、いま分けて売ることは同じじゃないでしょう」
「分解した方が利益になる場合は、同じ判断へつながります」
ミラは返す言葉を探したが、何も言わなかった。
機械人形を人間と同じように扱うつもりはない。それでも、人間の娘にしか見えない姿で、自分の身体を分けたあとの値段を語られることに慣れている者はいなかった。
「ねぇ、そんな話をしているの?」
ミラは思わずロアンを見た。
その視線を受けて、ロアンはリゼを見る。
「その話は終わったはずだ」
「状況が変わりました」
「変わっていない」
「同行によって、商隊にも負担が生じる可能性があります」
「その条件を決めている」
「条件を決めても、負担がなくなるわけではありません」
リゼは予備車両へ目を向けた。
「何に使用するかも決まっていないものを、費用を支払ってエルデンまで運ぶ理由がありません」
ラウルは何も言わなかった。
カイムも口を挟まない。
リゼはロアンを助けようとしているのではなかった。
購入費。
新しい灰等セル。
黒化セルの検査と充填。
携行箱。
遺物工房での処置。
さらに、一日二クレドの運賃。
それだけを支払いながら、何をさせるかさえ決まっていない。
計算すれば、同行させない方がよい。
分解して使える部品を売れば、損失も減らせる。
リゼにとっては、その先に自分が存在しなくなることより、ロアンが余計な金と責任を負うことの方が、明確な問題として見えているようだった。
「私を売却するか、分解する方が利益になります」
「しない」
ロアンは答えた。
「理由を教えてください」
「分からん」
「分からないまま、費用と負担を増やすのですか」
「ああ」
リゼは黙った。
ガレスがロアンを見た。
「おい、ここまできて分からんで通すのか」
「ほかに答えがない」
「そうか」
ガレスはそれ以上追及しなかった。
ティナはリゼへ向いた。
「歩ける状態を保つために、最初は車両へ載せるのでしょう」
「はい」
「それなら、少なくとも今すぐ分解するより、街道で選べることは増える。歩くことも、車両へ載ることもできる」
「そのために費用が発生します。必要のない費用です」
「費用を払うと決めるのは、払う側よ」
リゼはティナを見た。
「負担が増える可能性があります」
「それも承知しているのでしょう」
ティナはロアンへ目を向けた。
ロアンはうなずいた。
レナートが、控えめに口を開いた。
「商隊にとっては、空いている場所から収入が出ます。必要になれば降りてもらう条件なので、最初から損になるわけではないでしょう。連れていくことに問題はないように思えます」
リゼは答えなかった。
レナートも、それ以上説得しようとはしなかった。
カイムがようやく口を開いた。
「俺が気にしているのは、人形を連れていくこと自体じゃない」
リゼの淡い目が、カイムへ向いた。
「何か起きたとき、そのために御者や荷役が危険な場所へ残る。護衛が分かれる。負傷者を載せられない。そうなるのを、出発前から見ないふりをしたくないだけだ」
「はい」
「だが、予備車両へ載せることに反対しているわけでもない。必要になれば降ろし、人命と商隊を優先する。それをロアンが認めるなら、俺から外せとは言わない」
先ほどより、声が少しだけ低かった。
リゼの言葉に押されて意見を変えたわけではない。
ただ、同じ内容を伝えるにしても、目の前の機械人形を単なる余分な荷と呼ぶことはできなくなっていた。
ロアンはカイムへ向いた。
「懸念は正しい」
カイムもロアンを見る。
「予備領域が必要になれば降ろす。歩けなければ、まず商隊を安全な場所へ動かす。人命と商隊、積荷を優先する。それでも処理できない状況が残ることは認める」
「そのときは」
「俺が判断する。手が必要なら頼む。だが、当然のように全員へ負わせるつもりはない」
カイムはしばらく黙っていた。
やがて予備車両を見上げた。
「そこまで決めているなら、反対はしない。問題が起きたときに、話が違うと言わせないでくれ」
「ああ」
ラウルが話を戻した。
「人形は予備車両の後方へ載せる。一日二クレド。負傷者か故障車の荷を受け入れる必要が出れば降ろす。商隊の安全、人命、積荷を優先し、そこから先の判断と費用はロアンが持つ」
「それでいい」
ロアンが答えた。
「もう一つある」
「何だ」
「予備の十二型セルを、携行箱へ入れて載せたい」
ラウルは初めて聞いたらしく、ロアンを見た。
「箱の大きさは」
ロアンは両手で、おおよその幅と長さを示した。
「このくらいだ。黒化した十二型セルが一本入る。水樽と車輪の真上を避け、横向きに二か所で固定する」
「中身は検査済みか」
「ああ。充填も終わっている。灰等セルを主にして、黒化した方は予備にする」
ラウルは荷台へ上がり、補修箱と交換用車輪の位置を見た。
「補修箱の後ろなら置ける。ほかの荷を減らすほどではないから、箱には料金を取らない」
「管理は俺がする」
「商会側では触らない。それでいいな」
「ああ」
同じ大きさの木箱を使い、固定する位置を決めた。
予備車両の側板内側。補修材の箱より後ろで、交換用車輪と水樽を載せる位置からは離れている。
革紐を通す金具と、荷役がほかの荷を動かす際の通路も塞がない。
「実物は十一日の検査後に載せる」
ロアンが言うと、ラウルはうなずいた。
「そのとき、固定も確認しよう」
次に、リゼを実際に予備車両へ乗せた。
荷役二人が手を貸そうとしたが、リゼは左脚と両腕を使い、自分で荷台へ上がった。角材の先を荷台の縁へ掛けないよう、ロアンが位置を示す。
後方の側板へ背を預け、右脚を伸ばしすぎない姿勢で座らせる。
「これなら、一人で乗り降りできます」
「ああ。しかし降りれない状況のときには言え」
ガレスが荷台の下から見上げた。
「座ったままなら、場所はそれほど取らんな」
ラウルは荷台へ残る空きを確かめた。
人形一体を載せても、負傷者一人を横たえる余裕はある。ただし、故障車の荷をまとめて移す場合には足りない。
そのときは、決めたとおりリゼを降ろす。
「一度動かす」
ラウルが御者へ声を掛けた。
予備車両を含む六台の荷車が、再びゆっくりと動き始める。
リゼは側板へ背を預け、両手を荷台へ置いていた。通常速度では身体が大きく揺れることもなく、腰へ回した帯も外殻へ食い込んでいない。
速度を少し上げる。
車輪が石床の継ぎ目を越えるたび、荷台が上下した。
リゼの身体は揺れたが、側板へぶつかるほどではない。
「痛みはあるか」
ロアンが荷車の横から訊いた。
「痛みは認識できません。右腰の動作抵抗にも変化はありません」
「外殻は」
「問題ありません」
ロアンはうなずいた。
荷車を止め、今度は降ろす動きを確かめる。
帯を外し、荷台の縁へ座らせてから、左足を地面へ下ろす。角材を無理に引かず、両腕と左脚で身体を支えさせる。
一人でも降りられる。
ただし、外殻やセルに異常があり、自力で動けない場合には二人必要になる。
「載せる位置はここでいい」
ロアンが言った。
ラウルも異論を示さなかった。
最後に確認するのは、危険時のリゼの動きだった。
ラウルはリゼへ向いた。
「もともとは防護や護衛を行う機体だったな。危険があった場合、どう動く」
「所有者の安全を確保します」
「商隊全体ではなく、ロアンを優先するのか」
「はい」
護衛たちの視線がロアンへ集まった。
ロアンはリゼへ言った。
「街道では、俺の命令を優先しろ。危険があっても、勝手に荷台から降りるな。俺か、近くの護衛から指示があれば動け」
「危険が差し迫っている場合は、命令を待ちますか」
「待てば間に合わないなら動け。それ以外は待て」
「わかりました」
カイムが尋ねた。
「ロアンが命令できない場合、俺たちの指示は聞くのか」
ロアンはリゼへ向いたまま答えた。
「俺が動けない場合は、ラウルと護衛の指示に従え。複数から違う指示が出たら、近くにいる護衛を優先しろ」
「はい」
「経路、停止、撤退の判断へ口を出す必要はない。危険を見つけた場合は報告だけしろ」
「わかりました」
ラウルは全員を見回した。
「人形は護衛人数には数えない。ロアンの所有物として、予備車両へ有料で載せる。危険時に自律的に動く可能性があることだけは、全員が把握しておいてくれ」
護衛五人から、異論は出なかった。
ラウルは積荷の一覧を閉じた。
「出発は六月十二日。夜明け前にこの整備場へ集合し、荷車を出す。東門が開き次第、ベルグラートを発つ」
ロアンは護衛たちを見た。
「明日は各自の装備を整えろ。十一日は身体を休めておけ。酒を飲むなとは言わないが、朝まで残すな」
ガレスが笑った。
「そこまで若くない」
「若くなくても残す奴はいる」
「違いない」
護衛たちは、それぞれ散っていった。
ロアンはリゼを連れ、商館を出た。
予備車両へ載せる場所。
一日ごとの料金。
予備領域を空ける条件。
歩かなければならなくなった場合の扱い。
それでも歩けない場合に、何を優先するか。
予備セルの置き場所。
危険時に従う命令。
必要なことは決まった。
リゼを連れていくというロアンの判断は、商隊の行程と荷車の中へ、実際の条件として組み込まれた。
*
六月十一日
出発前日の朝、ロアンはリゼと携行箱を動力商へ持ち込んだ。
店員は装着中の灰等十二型セルを調べ、街中を歩いた分しか減っていないことを確かめた。発熱と端子にも異常はなく、追加の充填は不要だった。
携行箱から出した黒化セルも、前回の検査時から状態は変わっていない。
「灰等を主にして、黒化は予備だ。空に近づくまで使うな」
店員は検査札へ日付と印を加えた。
予備車両の側板内側へ横向きに固定し、水樽と交換用車輪から離すと聞くと、それでよいと答えた。
ロアンは検査料を払い、黒化セルを携行箱へ戻した。
出発前に必要な確認は、それで終わった。
動力商を出たあと、ロアンはそのままエゼル商会へ向かった。
車両整備場では、荷車への積み込みがほとんど終わっていた。幌は張られ、荷縄には封を示す札がついている。
予備車両だけは、後方の空きを残したままだった。
ラウルが積荷の一覧を持ち、荷台の横に立っている。
「検査は」
「問題ない」
ロアンは携行箱を荷台へ上げた。
二日前に決めた位置へ置く。
予備車両の側板内側。補修箱の後ろ。交換用車輪から離れ、水樽を載せる位置にも重ならない。
新しく買った革紐を箱の二つの金具へ通し、側板へ固定した。締め終えてから前後へ押したが、箱は動かなかった。
ラウルも荷台へ上がり、周囲を確認した。
「これなら邪魔にならない」
「ああ」
「外すのも、状態を見るのもロアンがやるんだな」
「俺が見る」
ラウルは一覧へ、私物の十二型セル一箱とだけ書き加えた。
リゼは荷車の横へ立っていた。
淡く青白い目は、前日に座った場所へ向いている。
ロアンは荷台へ手を掛けた。
「明日はここへ座れ。予備領域が必要になるまでは、歩かなくていい」
「はい」
「負傷者か故障車の荷を載せる場合は降りる。そのあとは、隊列の速度に合わせて歩け」
「わかりました」
「脚、腰、セルのどれかに異常が出たら、その時点で言え」
「はい」
リゼは固定された携行箱を見たあと、荷台の空きへ目を戻した。
「一日ごとの料金が発生します」
「ああ」
「予備領域が必要になれば、載せたままにはできません」
「ああ」
「その場合に歩行できなければ、さらに負担が増えます」
ロアンは革紐の結び目を確かめた。
「分かっている」
「同行させない方が、負担は少ないと思います」
「その話は昨日した」
「条件は変わっていません」
「答えも変わらない」
リゼは数秒、ロアンを見た。
「何に使用するか、まだ決まっていません」
「ああ」
「役に立たない可能性があります」
「ああ」
「それでも連れていくのですか」
「そうだ」
「理由は」
ロアンは箱から手を離した。
「分からん」
リゼは黙った。
分かったようには見えなかった。
それでも、自分を売る方がよいとも、分解した方が利益になるとも、もう言わなかった。
ラウルは書類を揃えた。
「明日は夜明け前だ。宿へ迎えは出さない。護衛と御者はここへ集合し、荷車を東門へ出す」
「分かっている」
「砂路衆の案内人とは白塔で合流する。東門から白塔までは、いまの隊列で進む」
「ああ」
「忘れ物はないか」
ロアンは荷台を見た。
水。
補修材。
交換用の車輪と車軸。
積荷。
黒化セルの携行箱。
旅袋と武器は、明日の朝に自分で持ってくる。
「ない」
ラウルはうなずいた。
ロアンはリゼを連れて、商館を出た。
ベルグラートの通りには、昼前の人の流れが続いている。荷車が大通りを進み、商会の使いが札を抱えて走っていた。
白い街灯は、朝の光の下で消えている。
明日の同じ時刻には、六台の荷車とともに、この通りを東門へ向かっている。
必要なセルはそろった。
検査札もある。
携行箱は荷車へ固定した。
リゼが座る場所と、その場所を空ける条件も決まった。
それでも問題が残った場合に、何を優先するかも決めた。
ロアンは、リゼを連れていく理由を説明できないままだった。
それでも、連れていくために必要な条件は、すべて形になっていた。
ベルグラートを出る準備は終わった。




