意地を張っていいときじゃない
「それで、シルヴェニアの皇子がこんなところで何をしているんだ」
「そうだ、実は」
ここに至るまでの話を、急ぎ気味で語る。
冷静に語ると自分の愚行が浮き彫りになる。冒険者に憧れるくせに失念が多いことを改めて思い知らされた。
「では、護衛騎士は今もおまえを捜しているんだな」
「戻りたいんだが、この身体では……」
アークトゥルスが見上げる。シリウスとユニヴェールも見上げた。
何度見ても、2階層分くらいの高さがあった。生きていたことが奇跡と思うくらいだ。
「カモノカウダに騙されるとは、油断したな」
「あれがカモノカウダか。【月間ダンジョン】で読んだことがある」
知識はあったのに、すっかり騙されてしまった。経験不足なのだろう。
「カモノカウダって、どういう魔物ですか?」
ユニヴェールはあまり知識がないようだ。シリウスが丁寧に説明する。
「川に生息する魔物だ。身体は樽のように丸いが、平べったい尾を支えにして二本の短い足で立ち上がることができる。エサを捕るための触覚がついていて、触覚の先が金色のリンゴのように光るんだ」
「そういう魚がいるって、本で読んだ気がします。光でおびき寄せてエサを捕まえる、のだったような」
「アンコウだな。それと同じだ。目立つ触覚でおびき寄せて、近寄ってきたところを素早く立ち上がって捕まえる。足よりも腕が長く、分格好だがとても器用なんだ。エサを溺れさせて巣まで運んでから、ゆっくりと食す。備蓄として残す習性もあって、たまに巣を捜索するとかじられていない遺体が見つかる場合もある」
「怖いですね。遭遇したら必ず討伐しましょう!」
「そのまえに向こうが逃げる。カモノカウダは、向かってくる敵には弱いんだ」
「むっ……なんて卑怯な」
不愉快を示すユニヴェールが可愛い。またアークトゥルスの胸がキュンキュンした。
「ダンジョンには、女神までいたんだね!」
無意識に声が出た。
ユニヴェールが「あ……」と、なにかを察したみたいな一言を紡ぐ。
「ダンジョンには、SSランクの死神もいることを覚えておくといい」
シリウスからはとっくに敵認定されているようだったが、アークトゥルスは無視した。
「このままでは騎士たちも危険だ。おまえを捜すことに気をとられて、魔物の接近に遅れる可能性もある」
シリウスに指摘されて、ぐっと喉が詰まる。
「……そうだね」
「最悪のことを覚悟しておけ」
「…………わかった」
胸が締めつけられるような息苦しさを覚える。どうか無事でいてくれと祈ることしかできないことがもどかしい。
「騎士たちと合流する。ここは、何階層だろうか」
「21階層だ」
初の20階層越え。アークトゥルスは一瞬すべてを忘れて歓喜を覚えたけれど、魔物に連れて来られたのを思い出して羞恥に代わった。
「おまえひとりで戻るのは無理だ。騎士たちが無事であるなら、あちらから来てもらうしかないだろう」
シリウスの言葉はもっともだった。意地も張れない。いいや、意地を張っていい状況ではない。
「残念ながら、私は未熟だ。知恵を授けてもらえないだろうか」
アークトゥルスは地上では皇子でも、ダンジョンでは一介の冒険者に過ぎない。経験者に頭を下げるのは、当然のことだった。
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