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浮世の風  作者: 金王丸
25/72

苦戦


 「あの方は……間違いない……」


 バックヤードから例の一行を垣間見ながら、調理担当の犬伏は言う。


 「あの美人のこと、知ってるの?」


 何気なくそう聞くや、彼は今までにないくらいの勢いで捲し立ててきた。


 「知ってるも何も……喜治きじ姫華ひめか様だぞ!?」

 「この辺では有名な大金持ちのご令嬢だ!」

 「それでいて才色兼備の完全無欠!」

 「ああ、どうにかしてお近づきになりたいぜ……!」


 彼はそう言いつつ、時たま彼女を横目に見ながら、注文されたメニューをバカ丁寧に調理していった。そして一通り出揃うや、一行の元へ提供しようとする僕を制して、


 「ここはオレに任せてくれ……!」


 自らメニューを運ぶことで彼女との接触を図ろうと考えたようだが、果たしてそう上手く行くのか、僕は頗る懐疑的だった。と言うか、まともに取り合ってもらえるかすら分からなかった。しかし僕の抱くそんな危惧とは裏腹に、彼はとても自信満々で、自分の成功を信じて疑っていない様子だった。そしてその去り際に、


 「連絡先、交換してくるぜ!」


 彼はそう言い残して、足取り軽やかに一行の待つテーブルへと向かった。彼女に取り入るのは無理だ――今更説得して止めさせても無駄だろう。僕は自ら死地へと赴く彼の背中を滑稽な微笑と共に、ただ見送るだけだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「ダメだった……」


 僕は手元の時計を見やる。たったの五分、ものの五分間で彼は彼女に取り入ることを諦め、バックヤードへと敗走してきた。玉砕と言うべきか、爆死と言うべきか、とにかく彼の野望は儚くも散った。


 「なんだあの雰囲気……」

 「恐れ多くて何も言えねえ……」


 間近で接してみると分かることだが、彼女の身に纏う特別な雰囲気は他者を寄せ付けない。それは古語的な意味合いの「恥づかし」という感覚で、対面している内に気恥ずかしくなってしまうのだ。結局、彼もその例外ではなく、「恥づかし」という感覚に陥った結果、連絡先を聞くばかりか、まともに会話すら出来ずに逃げ帰って来たという訳だ。


 「情けなねえな~、犬伏~」


 その時、敗残者・犬伏を嘲笑うような物言いで、大道芸人・甲把明良がバックヤードに顔を出した。


 「くっ……明良……」

 「完全にアガってたよな! あれじゃ無理だわな~」


 彼は犬伏を小馬鹿にする態度を見せながら、調理場に置かれた果実を一つまみして頬張る。そしてスッと視線を起こすや、敗北感に打ちひしがれている犬伏に向かって、


 「なぜ失敗したのか――分かるか?」

 「なぜって……それは―…」

 「とにかくヤバいんだ! はっくりと言葉にならないけど……」


 言いたいことを表現出来ずに口ごもる犬伏を半ば見下すような流し目で見据え、チッ、チッ、チッ――顔の前で人差し指を振って見せると、


 「お前が失敗した原因、それはズバリ―…」

 「ズバリ……?」

 「女性経験のなさだ!」

 「……!?」


 明良は自信たっぷりにそう言い切る。一方の犬伏は碌に反論もせず、ただ押し黙っていた。明暗くっきりと分かれた両者、そのやり取りを傍で聞いていた僕は勝ち気な明良の様子に妙な既視感を覚える。


 (これってもしや……)


 早まるな、明良まで傷心する必要はない――僕は前もって釘を刺すべく、会話に口を挟もうとしたその時、


 「これからオレ様が手本を見せてやる!」


 時すでに遅し、彼は決断してしまった。相変わらずその表情に見える自信は海水浴のナンパを思い起こさせる。やはり忠告しておこう、僕は自分の良心に従った。


 「明良、悪いことは言わない。止めておけ」

 「やると決めたんだ、行かせてくれ……!」


 明良は諦めなかった。やると決めたら曲げない愚直さは過信に裏付けされると途端に身を滅ぼしかねない。大袈裟に言えば、彼は現在そういう局面に立たされていた。


 「姫華様は一筋縄じゃいかないぞ……」

 「任せとけって!」

 「オレの手にかかれば連絡先だけじゃなくて―…」

 「姫華の心まで手に入れて見せるぜ!」


 彼は経験者の助言を置き去りに大見得を切ると、足取り軽やかに一行の待つテーブルへと向かった。僕はほんの数分前に戻ったような気分でただただその様を眺めていた。



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