第三十六話 学園の森
外から見た通りに森の中は暗かった。
日中だから、灯りが欲しいということはないが、少しでも日が陰れば灯りなしに歩くことは困難だろう。
足下は自然の森のように木の根や他の要因により、デコボコとしていて歩きづらい。
「転ぶなよ、華雪」
「子供じゃないから大丈夫だ。
それよりも、自分の心配をしたほうがいいぞ」
見通しの悪い森の中ではどこから攻撃が来るか分からない。
前後左右、果ては上下まで注意しても足りないぐらいだ。
「俺は大丈夫だ。
最近はあの二郎に中々やるじゃないかと言われてるからな」
「何それすごい」
五郎に対しては超絶辛口評価の二郎がそこまで言っているということは、かなりできるようになったのだろう。
平和な日本国民では使うことの無い才能が開花したという点では複雑だが、この物騒な世界では自分の身はある程度自分で守ってもらわなければ困る。
人外になった私だが、決してその力を十全に使うことができるわけではないのだ。
すぐに助けに行けるかと問われれば、答は否としか返しようがない。
そういう時に少しでも戦えれば、生存確率が違ってくる。
だから、彼の成長は複雑ながらも嬉しかった。
「あいつに言わせればまだまだらしいけどな」
「それでも十分すごいぞ。
魔物が出てきても問題なさそうだな」
あの王子の取り巻き程度の能力でも森に入れるということは、その三人よりも上の能力を持つ五郎が重傷を負う可能性は低いはずだ。
学園としても死傷者を増産するわけにはいかないので、この予想は外れることはないだろう。
「だか、華雪を絶対に守れると胸を張って言えないからな。
まだまだ精進あるのみだ」
「そんなに気にしなくていいけどな。
昔に比べれば、傷つきにくくなったし、死ににくい体になったから」
人間時代に比べると、本当に肉体強度は強くなった。
前は少し怪我して血を流したたけで気絶したり、最悪の場合は死んでいたが、今ならそんなこともない。はずだ。
この体になってから実験をしたわけでもないので断定はできないが、それでも昔よりはましになっているとは分かる。
そう口にすれば、あからさまに五郎は顔を歪める。
「俺はお前に傷ついてほしくないんだ。
動くのに支障がなければいいとか、死ななければ構わないというんじゃなくて、もっと自分を大切にしてくれ」
「それは・・・・・・努力はするが、確約はできないな」
「華雪が自分を大切にできないのは分かってる。
だが、努力はしてくれ。
お前が傷つけば、俺もあいつらも悲しむんだから」
足を止め、五郎は真剣な目でこちらを見てくる。
逸らすことができない、強い意思を持つ眼差しに、私も同じぐらい真剣に見返す。
「絶対とは言えないし、目の前でお前らが傷つくぐらいなら、私が傷つくように行動する。
でも、五郎達を悲しませたいわけではないから、なるべくそういうリスクを避けられるように動こう」
「今はそれで十分だ」
ほっとしたような顔をする彼の背後に、木の上からするりと蔦のようなものが伸びてくる。
それは保護色で姿を見つけにくくしている大きな蛇だった。
私の魔法が発動するよりも速く、五郎は抜いていた刀で、背後を見ずとも正確に頭を切り飛ばす。
「ほら、な。成長しただろ」
「これはもう、私のお遊戯の剣術じゃ相手にもならないな」
足下に来ていた、同じ種類の蛇の頭を刀でぶっ刺した彼に、私は苦笑した。
姿が探しづらくても、気配や向けられた殺気を利用して索敵までできている。
後少しすれば、剣術も完成し、人間相手ならほぼ手を出せなくなるだろう。
そうなれば、素人に毛が生えた程度の私の剣術では、相手にもならない。
「華雪も刀を使うのか?」
「普段は使わないが、必要あれば使えるぐらいだ」
「それは、是非お手合わせ願いたいものだなっ」
会話をしている間にも、五郎は血の臭いに誘われてやって来る魔物を切り殺す。
私も適当に魔法で凍らせて、生命を停止させていた。
凍らせる以外の魔法を使わないのは、ただ単にイメージのしやすさと周りへの影響を考えているだけだ。
一番イメージしやすい炎系の魔法をこんな森の中で使えば、自分達まで燃える。
そうならないように、あえて凍らせる魔法しか使っていないのだが、連発しているせいか、少し肌寒くなってきた。
「移動するか。
雑魚ばかり集まってきても面倒だし、何より寒いだろ」
「そうだな。時間もまだあるし、もっと森の中心に行ってみるか」
五郎の提案に頷き、私達は更に森の奥に進んだ。
奥に進むにつれ、魔物が強くなってきたが、五郎はまだまだ余裕なようだ。
私も負けていられないと魔法を使い、綺麗な氷像を生産する。
ここに来るまでに私達以外の生徒はいなかったが、ここでついに生徒を見つけた。
「あ、あの、すみません。足を怪我してしまったので、治癒の魔法が使えるならかけてくれませんか?」
その生徒は言葉の通りに右足を怪我していた。
膝下から足首にかけてまで、何か鋭いもので切り裂かれたような傷だ。
深さもそれなりにあり、彼女の周りの草や地面は血で濡れている。
私はじっくりと傷口を観察して、隣の五郎を見上げた。
「五郎、私は回復魔法は使えないから、治せるとしたらお前だけだぞ」
「・・・・・・そうだな。
魔力にはまだ余裕があるし、治してやるか」
五郎は彼女に近寄り、治癒魔法で簡単に傷を塞いだ。
傷みが楽になったのか、彼女の表情を和らぐ。
「ありがとうございます、山口先輩」
「礼なんか言わなくていい。
それより、お前は一人なのか?誰かと行動してないのか?」
五郎のことを山口先輩と呼んだということは、私の元クラスメートだ。
平和な日本国民であった彼女が一人で行動しているとは考えづらかったのか、五郎はそう問いかける。
「森の中で友達とはぐれてしまって・・・・・・。
図々しいのは承知の上なのですが、先輩についていってもいいですか?一人では戦力的にも心細くて」
「華雪、どうする?」
「私は一緒でも構わない。魔法がほぼ使えない私よりは頼りになるだろうしな」
振り向いて聞いてきた彼に、私は肩を竦めて返す。
それから私の意図を読み取れたのだろう。
無言で一つ頷くと、女に向き直り、着いてきてもいいと言った。
「ありがとうございます、山口先輩」
「遅れるようなら置いていくからな」
「そこは大丈夫です。東雲さんよりは歩幅が広いですし、魔物を倒す力もありますから」
軽く下に見られたが、反応を返すことなくスルーする。
変わりに五郎の顔が鬼のようになったが、それも一瞬のことだ。
私達は負傷していた女を入れて、三人で再び森を歩き始めた。
「ねぇねぇ、東雲さんと新しい先生達との関係ってなに?」
彼女は私の隣を歩きながら、どうでもいい質問をしてくる。
てっきり、五郎にべったりくっつくかと思っていたから、予想外だ。
ここで突き放せば五郎の方に行って、彼の心労を増やしてしまうので、嫌々ながらも質問には答える。
「親友だ。彼らがどう思っているかは知らないけどな」
「なら、山口先輩は?」
「彼も親友だ」
「お揃いの指輪をしてるのに?」
外すことのできない指輪をしているので、いつかはバレるだろうとは予想していたが、既に分かる奴には分かっていたらしい。
目敏い奴だと思いながらも、あらかじめ用意しておいた答えを返す。
「ある事故でお互いに指輪が填まってしまってな。
どうやら、呪われているらしくて簡単に外せないんだ」
「事故じゃなくて、俺が故意に華雪に填めた。
今はまだ親友という枠組みから抜け出せないが、その内夫婦になる予定だ」
五郎ぉぉぉぉぉ!?!?
私が上手く流そうとしているのに、お前は何でそんなカミングアウトするんだ!?
というか、よく魔物と戦いながら、こっちの会話に口を挟めたな!
「そうなんですか。
じゃあ、東雲さん。後の二人は私に頂戴」
「は?言っている意味が分からないんだが」
「そのままの意味だけど?
あんなにいい男達を独り占めにするなんてズルいじゃない」
「独り占めにしてないし、第一、あいつらはモノじゃない。
誰に惚れたとかは、彼ら自身の問題だ。
もっとも、二人は私しか見てないから無理だろうがな」
ふんっと鼻を鳴らせば、女よりも五郎の方が明らかに動揺していた。
刀をぶら下げたまま私の所まで来ると、そのまま手を引き、女から少し離れた。
「おい、華雪。お前、あいつらの想いに気づいているのか?」
「想い?何の事だ?」
「二郎とルークがお前しか見てないと思った理由だ」
「うん?彼らは脆弱な私が心配で傍にいるんだろ?
そりゃあ、友人としての情もあるとは思うが、それも理由としてはあるじゃないか。
なら、脆弱な私から目を離して他の女に構って、私が死んでいたりしたら、本末転倒だろ?」
五郎はそれはそれは大きなため息をつく。
そして、自分の顔を片手で覆うと、お前がそういう奴とは分かっていたが、色々報われないと呟いた。
「五郎?私は何か間違ったことを言ったか?」
「いや、別に。ただ、あいつらには今の事を言うなよ」
内心、首を傾げながらも、五郎の言うことに間違いはないだろうと頷いておく。
それを見た五郎は複雑な顔をしながらも、よし、と気持ちを入れ替えた。
「こんな森の中でまでよくイチャイチャできるな」
入れ替えた直後に、そういう風に貶めるような事を言われる。
馬鹿にしきった声音の中に.呆れも混ざっているそれに聞き覚えがあった。
声の主に目を向ければ、そこには予想通り、さっきの馬鹿王子達がいる。
そう視認した途端、こちらに向かって矢が放たれた。
風の魔法の補助でもかかっているのであろうその矢は、五郎が斬ることで、地面に落下する。
「ほう。流石、初期ステータスが勇者並みに高かっただけはあるな」
査定するような目付きの王子に、五郎は静かに佇む。
体から余計な力を抜きつつも、いつでも迎撃できる体勢だ。
私も前の王子を見ながら、さっき置いてきた女に注意を向けた。
背中を向けているが、いざとなったら魔法でどうにでもできるようにしてある。
「学園内で問題起こすと、お前が怒らせると困る奴が怒るんじゃないのか?」
暗に屍鏡を怒らせると国的に困るだろと五郎は言っている。
しかし、王子はそれを笑い飛ばした。
「この由緒正しい王子であるオレが、どうして新興国の胡散臭い国王の顔色を窺わなくてはいけないのだ。
国土の面積もそこにいる人民の人数もこちらの方が圧倒的に上なのだぞ」
確かに、国土の面積もそこに住んでいる人間の人数もユーバー・ヘ・ブリヒ王国の方が上だ。
しかし、あの国は半分は森でそこに住んでいる凶悪な魔物に手を焼いているし、騎士団団長とその部下が何人か死んでいるせいで、国力がガタガタになっていた。
その状態で上と言われても反応に困る。
五郎もそこの所を知っているのか、何とも微妙な顔だ。
「屍鏡のことはどうでもいいとして、今の矢は華雪に向かって放っただろ。
それだけは許すことはできない」
「許せないなら、どうするんだ?逃亡者風情が」
王子の問いに五郎は行動を持って答えた。
「不香之花式《二の型》残雪」
ゆっくりと五郎は王子に向かって足を踏み出す。
その動きは決して早くはなく、むしろ緩やかだ。
「放て!」
王子の号令と共に後ろの取り巻きが矢を放つ。
しかし、その矢達は五郎の脇をすり抜け、森に進んでいく。
何度、矢を放とうとも、五郎はおろかただ立っている私にも当たることはない。
そのまま王子の所まで歩みを進めれば、真っ正面から拳で殴り付ける。
地面に倒れた王子に馬乗りになった五郎は、顔面を重点的に殴る殴る殴る。
「やっ、やめっ!!いたっ!!」
その悲鳴を聞き、すぐにお供が五郎を王子の上から退けようと襲いかかるが、そちらも鳩尾を殴って地面に沈めた。
その後も殴り続け、王子が言葉を話すことができなくなるまで、顔面だけを殴り続けた。
「五郎、お疲れさま」
「ああ。怪我はなかったか?」
王子の様々な体液で汚れてしまった手を、五郎は魔法で清めて乾かしてから帰ってくる。
「今の技、出来はどうだった?」
「そうだな。普通の人間相手ならともかく、魔物相手や勘のいい相手にはまだ難しいな」
飾ることない素直な感想を言った。
「やっぱり、バレたか」
「まだ練習途中のものだろ?見えなくても分かる」
不香之花式《二の型》残雪。
名前と相手の行動から察するに、視覚系統を魔法で惑わせているのだろう。
ただ、まだ歩いてしかその魔法を維持できないらしく、実戦で使うなら、もう少し練習が必要そうだ。
「《一の型》灰雪よりも魔法の使い方が難しいんだ。
微妙な匙加減がまだできない」
「慣れだろ。焦らなくても、五郎は最近急激に強くなってる。
体を壊さないように訓練を続ければ、すぐに使いこなせるようになるさ」
「そう遠くない内に《三の型》を教えてくれるらしいから、そっちを使いこなすこと考えないとな」
「無理だけはするなよ。
適度に休憩を入れるのも体にとっては大事だ」
「分かってる。
そういえば、あの女はどうした?」
五郎は私の後ろを見て、さっきまでいた女がいないことに気がついたようだ。
私はさぁ?と返し、
「勝手にいなくなったなら、探さなくてもいいだろ」
「俺は最初からいなくて良かったけどな」
「仕方ないじゃないか。
何が狙いか分からなかったんだから、できる限り警戒しないといけなかったんだ」
治癒魔法を五郎に使わせたのも、魔法がほぼ使えないと嘘をついたのも、全部あの女を警戒していたためだ。
そもそも傷口の状態からしておかしかった。
自然界のものでついたものではない鮮やかな切り口に、下から上にかけて浅くなっていくそれ。
まるで、自分でナイフか何かで切ったようなその傷に、私が警戒心を抱くのも無理のないことだ。
ずっとその女と周りを警戒していたが、特に変わったことは起きなかったし、さっきの王子襲撃事件も関係なさそうだった。
結局、何をしたかったのか謎のままだが、あちらから去ってくれたのだから、問題ない。
「俺は華雪の発言を聞くまで気がつけなかったからな。
今度はそういうところを二郎に言って鍛えてもらう」
「私が役に立てるのはこれぐらいだからな。
逆に魔物を倒してくれて助かった。魔法を使えないって言った手前、バンバン凍らせるわけにはいかなかったからな」
持っているナイフや短剣で応戦してもよかったが、効率が悪い。
五郎には悪いが、とても助かった。
「それぐらいしかできることがなかったからな」
「充分だ。そろそろ森の入り口に戻ろう」
体感での残り時間とここに来るまでにかかった時間を計算すると、これ以上進まないで引き返した方がいい。
王子もお供が引きずって退散しているので、後ろから不意討ちされる心配もない。
五郎も異論はないようで、行きと同じように周りに気を付けながら元来た道を戻った。




