閑話4 恐怖と傲慢の利用方法
分かりやすいぐらいの伏線回です。
なんなの!?なんなのよ!?
貴族との合同授業が終わった直後、逃げるように泉川麻理菜は人気の無いところへ走った。
その頭の中はぐちゃぐちゃで、思考が定まっていない。
ずっと走り続け、ようやく近くの校舎裏で一息ついた。
張っていた気が体から力が抜け、地面に座り込んだ。
「ありえない、ありえない、ありえない!
なんで、不可視の生物の攻撃を避けられるの!?」
頭を抱えるようにして、麻理菜は呻いた。
王子達と五郎が応戦している時に、彼女は華雪に向かって攻撃をしたのだ。
正確には、契約していた精霊を特攻させたのだが、華雪は振り返ることすらなく、手を振るだけで倒した。
その精霊は攻撃力こそ高くないものの、不可視という特殊技能を持っていて、暗殺に特化していた。
だというのに、華雪は倒してしまったのだ、その精霊を。
しかも、ただ倒しただけでなく、存在そのものを消滅させたかのように、麻理菜の手元にあった契りの結晶までなくなってしまった。
その時のことを思い出して、麻理菜はまた身震いする。
だが、彼女が何よりも恐ろしかったのは、そんなことではない。
精霊を無に還した後の華雪がこの上なく得体の知れないナニかに見えたことが怖かったのだ。
あの時の華雪は、何気なく後方確認をするために振り返ったのだろう。
しかし、その瞳は人間ではありえない玉虫色の光りを帯び、麻理菜を見た。
もしかしたら、彼女の見間違えだったかもしれないが、逆光の中でらんらんと光っているように見えた瞳は、確かに恐怖を呼び起こしたのだ。
すぐに視線が逸らされ、華雪が前を向いたのと共に麻理菜は本能的に駆け出していた。
一刻も早く、この化け物から離れなければならないという強迫観念のようなものに駆り立てられ、全速力でその場から離れる。
幸いにして、五郎しか見てなかった華雪は麻理菜の後を追うわけでも、何か手を出してくるわけでもなかった。
麻理菜など眼中にないようなその行動もまた、彼女の気に障っていた。
今、彼女の中では華雪に対する恐怖と憤怒が同じぐらい渦巻いている。
「くっそ、くっそ、くそくそくそくそ!!ああっ!腹立つ!
あんな不良に先輩とイケメン達が惚れているなんて!!」
「そうだよね、腹が立つわよね」
「誰!?」
いきなり聞こえてきた声に麻理菜は反応する。
辺りを見回しても姿が見えないのに、声だけがはっきりと聞こえた。
そんな彼女を馬鹿にするようにクスクスと笑う声が木霊する。
「ここよ、ここ」
空間からにゅっと出てきたのは、半透明の女性だった。
癖っ毛を腰の辺りまで伸ばし、こちらを値踏みするような目で見ている彼女の年齢は若くも老けても見え、正確な歳が分からない。
ただ一つ分かっていることは、その半透明の体が重力を受ける実体がないということだ。
麻理菜はそんな背景が透けて見える女性に見覚えがある気がした。
誰かと言われても困るが、誰かに似ているのだ。
その違和感に頭を悩ましながらも、生者ではない女性相手に気を抜いたりはしない。
「幽霊が私に何の用よ」
「そう警戒しなくても、私は貴方に危害を加える気はないわ。
それよりもいいお話を持ってきてあげたの」
彼女はにっこりと敵意がなさそうな笑みを浮かべる。
麻理菜は全面的にその幽霊のことを信じた訳ではないが、話を聞いても損はないと判断し、聞く姿勢をとった。
「そういうことなら聞くわ。私にとっていい話って何?」
「あの女、今は東雲華雪と名乗っているあの女をこの世から抹殺したくない?」
その幽霊の言葉はこの上なく魅力的な音として麻理菜の鼓膜を揺らす。
反射的に麻理菜は力強く頷き返していた。
「とてもいい話だわ。けど、本当にあの女を消す方法があるの?」
「ええ。私の言う通りに行動すれば、あの女をこの世界から綺麗さっぱり消すことができるわ。
そうすれば、あの男達も貴方を見てくれるわよ」
そんな訳あるか、と五郎達のうち一人でもいれば言っただろうが、ここには麻理菜と幽霊しかいない。
魅力的な男性達が自分にあの熱視線を向けてくる妄想をして、麻理菜は舞い上がった。
頬を興奮から赤く染め、邪魔者を消すための方法を聞き出す。
「具体的には何をすればいいの?」
「時がくればきちんと教えるわ。それまで、貴方は東雲華雪に怪しまれないように日常生活を送ればいいわ」
今すぐに行動できないのが歯がゆいが、駄々を捏ねたとしても、目の前の女が計画を前倒しするようには見えなかった。
余計な行動をして機嫌を損ねて、この計画がなくなってしまうほうが困る。
分かったと麻理菜が自制して頷けば、幽霊はまたねと言って、現れた時と同じように空気中に溶け消えた。
まるで夢みたいに何も残ってないが、夢ではないと麻理菜は確信している。
「待ってなさい、東雲華雪。
最後に山口先輩やあの先生達に愛されるのは私なんだから」
馬鹿な女、とどこからか嘲笑う声が響いてきたが、頭の中が五郎達で一杯の麻理菜には全く聞こえなかった。
同時刻、王子のアレックスは桐生が自分の血縁者にして災厄の魔女と恐れられた女であることは知らずに治療を受けていた。
「はい、これで治療はおしまいよ」
魔法で傷痕すら残さずに完璧に治療された彼は桐生に礼を言うこともなく、お供を連れて保健室から出て行く。
不機嫌に足音をいつもよりも立てながら歩けば、怯えたように周りの生徒達はアレックスに道を譲った。
それが当然であると思っている彼は、自分に従わない五郎と華雪に対して、よりいっそう苛立つ。
産まれたときからユーバー・ヘ・ブリヒ王国の第一王子ちしてちやほやされたアレックスには、我儘が通らなかった経験などなかった。
それが現国王であろうと王妃であろうと、誰もがアレックスの我儘を拒否したことがない。
そうやって成長した彼にとって、自分の言うことを聞かない人間など、未知の存在であり、決してその存在を許してはならないものなのだ。
初めて味わう拒否による苛立ちと、そんな相手にタコ殴りにされた腹立たしさで、アレックスは破裂する寸前のような風船のような状態で廊下を歩いていた。
ちょっとでも刺激すれば、次の人間に全てをぶつけて、ストレスを発散するだろうということは、長い間取り巻きを勤めているお供二人にも分かっていたので、黙って王子に着いていく。
「ねぇ、そこのお兄さん。いいモノがあるんだけど、買わないかい?」
歩いている内に今は使われてない教室まで来ていて、何となく中に入った王子達を待っていたのは、黒いフードを被った褐色の肌を持った男性だった。
その男は机を繋げ、その上に光沢のある黒い布を引き、その机を挟んだ向こう側で生徒用のイスに座っていた。
フードの下の顔はよく見えないが、口元が笑みで歪んでいるのだけは確認できる。
そこまでの情報で怪しいと思ったお供二人は王子の前に出て、剣を抜いた。
五郎の力量が圧倒的だっただけで、この二人も護衛を任される程度には腕が悪くないのだ。
しかし、アレックスは二人に剣を降ろさせた。
怪しいのは彼も分かっていたが、それよりもいいモノというのに興味を惹かれたのだ。
部外者が入れないはずの学校に侵入し、王族であるアレックスに対して不遜な態度を取るような男であっても、今はどうでもいい。
「いいモノって何だ?下らないものだったら、死を持って償ってもらうが」
「あぁ、恐い。短気は損だよ、王子様。
私が持ってきたのは、君の苛立ちの原因の二人を苦しませて殺すことのできる魔法のアイテムさ」
「買った」
即決だった。
一国の王子であるアレックスの財布の中身は少なくなかったし、多額のお金であの二人の苦しんで死ぬ姿を見られるならば、惜しいとは思わない。
王子!とお供二人が諭しても、アレックスの考えは変わらなかった。
むしろ、意固地になって、何がなんでも買ってやるという気持ちになる。
男性は口元を更に歪めると、
「こういう決断が早い奴は嫌いじゃないよ。
ほら、これがご希望の品さ」
フードの中から古びた本と銀色のお盆を取り出した。
本は革でできているのだろうが、かなりボロボロで、中の羊皮紙は黄ばんでいる。
銀色のお盆の方は銀特有の輝きは鈍り、所々黒く錆びていた。
縁には何かの文字が刻まれていたが、それなりの学を修めているアレックスでも見たことがない言語だった。
あからさまに呪いの品と分かるほど不気味な物達だが、それだけに二人を殺せるという売り文句に説得力を持たせた。
「使い方はこの本に載っている。
この通りに儀式を行えば、日々衰弱し、君が望む通りに残酷なエンドを迎えるさ」
「いくらだ?」
「合わせて金貨十枚でいいよ」
中々大きい金額だが、アレックスなら払えない金額でもない。
財布から金貨十枚を取り出し、男に渡す。
男は受け取って数えると、一つ頷く。
「丁度だね。またのご来店を待っておくよ」
アレックスは希望の品を受け取り、用済みになった男には背を向け、教室から出た。
お供二人も男を警戒しながらも、王子の後を慌てて追った。
残った男ーーーニャルラトテップはフードの下で顔を愉悦に歪める。
さっきから隠しもせずに嘲っていたが、それでも王子のあまりの馬鹿さ加減に更に嘲笑いたくなったのだ。
「君には期待しているよ、王子サマ。
せいぜい、その愚かさで山口華雪に嫌がらせをしてくれ」
ニャルラトテップには、今渡した程度のアーティファクトでは華雪を殺すことはできないと分かっていた。
しかし、頑張れば五郎を殺すことはできるし、華雪に対して最大限嫌がらせはできる代物だ。
その代償はアレックス自身なのだが、本には記載されてないし、ニャルラトテップもあえて言ってない。
何故なら、そっちの方が面白いからだ。
「グッドエンドは山口五郎が死んで、山口華雪が壊れること。
ノーマルエンド一は山口華雪が私の意図に気がついて、他の神に協力を仰いで、このゲームを楽しくしてくれること。
ノーマルエンド二は山口華雪とその周りの奴らでどうにかしてしまうこと。
バッドエンドは・・・・・・そうだな、山口五郎が全部を思い出すことかな」
最も近い華雪すら気がついてない、いや、近いからこそ気がつきたくない事実が五郎にはあることをニャルラトテップは知っている。
それを本人である五郎は覚えてないが、思い出したらニャルラトテップがこの先を見据えてしてた小細工が台無しになるようなモノだ。
そんなリスクのあるシナリオをニャルラトテップは考え、そのキーアイテムとなるアーティファクトをアレックスに渡した。
少々リスクがあるが、その方がゲームは盛り上がるし、何よりも確信があった。
まだ思い出す時ではなく、時が満ちれば仕掛けた小細工が最大限に発揮すると。
時が来るまではこうやって暇を潰しながらその時を待つつもりだ。
今のところ大体思っている通りにゲームが進んでいるので、スパイスとして予想外のことが起こってくれたほうが嬉しい。
だから、ニャルラトテップとしては最悪バッドエンドでも構わなかった。
その時は盤上を盛大にひっくり返し、新しくゲームを始めれば良いのだ。
傍観者であるニャルラトテップはそんな事を考えていた。
「さぁて、山口華雪に山口五郎。君達は本当にお互いの事を分かっていて理解しているのかな?
思い込みによって歪んだ自分の感覚ほどあてにならないものはないよ。
君の隣にいるのは、愛した時のままと同じかい?
ククク。君達のような奴らを見ているのは本当に飽きないね」
アーハハッハハッハと哄笑して、ニャルラトテップは教室から消える。
特等席からこの遊戯を見なければならないので、その準備のために急がなければならなかったのだ。
ニャルラトテップが去った後には、ソレがいた痕跡は布の一切れもなく、机もイスも使われなくなった時のまま残っていた。
ニャルラトテップがゲシュタルト崩壊しました。




