第二十四話 私という存在
熱い、アツイ、あつい。
まるで体がドロドロの液体状に溶けているようだ。
周りに人がいるのは分かっているし、それが自分の大切な者達というのも理解できているが、口からは音にならない空気が漏れるばかりで、何も伝えることはできない。
何か言っているのも聞こえてはいるが、脳が正常に働いてないのか理解ができない。
ただ、みんながいることは感じていた。
昔もこんな風にドロドロに体を溶かされたことがあったなと懐古する。
あの時は物理的に溶けていたが、今回のはただの感覚的な問題だ。
嬉しくも楽しくもない思い出だが、かけがいのないものだ。
あの時と同じように五郎は私の隣に居てくれる。
「ご、ろ・・・・・・・・・」
「ああ、ここに俺はいる。だから、安心しろ」
手を握られている。
この手は彼を殺しかかったのに、恐れるそぶりを一切見せずにしっかり握っていてくれた。
発熱している私の体では、いつもは高いと感じていた五郎の体温も冷たく感じるから不思議だ。
その冷たさが気持ちよくて、ついつい彼の手を握ってしまう。
それからしばらく経ち、体の発熱は収まった。
まだ怠さがあって指一本動かすのも億劫で、まだ声すらまともに出せないが、一先ず峠は越えたのだろう。
思考もはっきりし、周りの世界が前よりもよく見える。
「熱は下がったようですね。
ですが、まだまともには動くことはできなさそうです」
「随分適合するのが早かったなぁ。やっぱり生来の性質なのかな?
これだけ馴染むのが早ければ、すぐに起き上がるさ」
この部屋に今いるのは二郎とルークの二人だ。
どうやら時刻は深夜過ぎらしい。
食事も睡眠もあまり必要ない二人は昼夜問わず、ここにいてくれる。
私が汗をかけば濡れた布で拭い(首筋とか服の外だけ)、頭に乗せた氷嚢がぬるくなれば新しくて冷たいものに換えてくれる。
栄養や水分が経口で摂取できないので、点滴に体に送り込んでくれているが、それだって私の体調を見て、その時の体に合うようなものを調合してくれていた。
動けるようになったら、この二人には沢山お礼を言わないとなと心に誓った。
「華雪さん、聞こえてますよね?
今日も彼と模擬戦をしたんですよ。最近は昔のように動けてきて、そうそう簡単には負けないようになりました。
きっと、貴女を想う心が彼の成長を促しているのでしょうね」
とりとめなく、二郎はその日にあったことを聞かせてくれる。
動けない私は暇なので、それを聞くのが最近の楽しみの一つになってきていた。
昼間は誰かしらが来るので二郎は五郎の訓練の相手として部屋から出て行くのだ。
ルークもふらりとどこかへ消えてはただいまと戻ってくる。
自分の生活を重視してほしいので、それに関しては何も言わないが、ルークが外で何をしているかはちょっと気になってはいる。
「屍鏡さんは相変わらず書類から逃げて白さんに怒られてましたよ。その後、朱音さんに慰められて仕事をするところまでワンセットですね」
屍鏡も白も朱音も元気にやっているようだ。
見舞いに来ているが、日常生活をきちんと送れているか、いつだって気にしている。
「桐生さんは屍鏡さんの補佐をしながらも、勇者達について情報を集めてますよ。
あの国がどうやらきな臭くなってきたようで、何かを起こす前に対処しないと、と張り切ってました」
桐生も元気そうだ。
彼女なら単独であの国に喧嘩を売っても無事に帰ってこれるぐらい実力があるので、これといって心配はしてない。
だが、できれば無茶はしないでほしい。
「ねぇ、華雪さん。そろそろ起きて下さいませんか?もう一か月は寝てますよ」
そうなのだ。私は一か月間ベッドの住人と化している。
二・三日で起き上がれるようになると思っていた私の見通しは甘かったようだ。
「無茶言うなよ、二郎。華雪の体の中じゃ今の今までボクとあいつが闘っていたんだぜ?
それがようやく終わって、これから華雪として再編されるんだ。
ここで焦らせたりしたらバランスが崩れて死ぬよ」
「縁起でもないことを言わないでください。その無駄に回る舌を引っこ抜きますよ」
「おお、こわ。
華雪の前じゃ見せない化けの皮が剥がれてきたんじゃないか」
「貴方こそ、そんなに苛立って喧嘩を吹っ掛けるなんて、まるで昔のようじゃないですか」
薄目でしか状況は確認できないが、私のすぐ隣で互いの額が触れあいそうなほど顔を近づけて、互いに睨み合っている。
喧嘩をするほど仲が悪いなら、自分の部屋にでも戻っていればいいのに。
それでも私を優先してくれていることに申し訳なさと、ほんの少しだけくすぐったさを感じる。
「・・・・・・華雪の前で喧嘩はやめよう」
「ええ。やるなら華雪さんがいない所で、ですよね。それにしても、まだ起きませんか」
優しく二郎が私の頬を撫でてくる。
それが気持ちよすぎて、また意識を沈めた。
次に意識を取り戻すと、ようやく声を出せるようになっていた。
おはようと私が掠れた声で言うと、傍に居た五郎は驚いた顔をした。
「意識が戻ったのか!?」
「そりぁ、な。るーくの力をかしてもらったんだ・・・・・・あいつがわたしの中のものに、負けるわけが、ない」
喉が渇いていることを敏感に察知した二郎が、水差しでぬるま湯を飲ませてくれる。
喉が潤い、話しやすくなった。
「ありがとう、二郎。
私が呑気にベッドで寝ている間、色々と世話になったようだな。改めてお礼を言いたい」
「とんでもございません、華雪さん。
体調が落ち着いたようで何よりです」
部屋には二郎と五郎しかいない。
訓練後に様子を見に来てくれたらしく、ルークも散歩にでも出ているのか姿が見えない。
昔話をするなら絶好のタイミングだ。
「そうだな。体調が落ち着いてもまだ動くことはできない。
だから、昔話をしようと思う。
面白くないものだが、それでも聞くか?五郎」
「勿論。この日をずっと待ってたんだからな」
「そうか。二郎、お前が聞いていると不愉快かもしれない。
だから、外に出ていたほうがいい」
二郎が私に創られたことも話すつもりだ。
本人的にはそこいら辺は複雑だろうから、席を外すように勧めると、「それでもいます」と答えが返ったきた。
なら、このまま話すかと、上半身だけ上げてもらい、ベッドの上で座っている形で私は話し始めた。
「もう大体予想できていると思うが、私は前世の記憶を持っている。いや、前世どころではなく前前世も前前前世もだ。
一番始まりの記憶は数えるのすら億劫になるほど前の話だが、それでも覚えている。
私はそこではまだ普通の人間で、職業は医者をしていた。
屍鏡や朱音と会ったのもその時だ。二人とも今とは違って幼くて可愛らしかった。
いや、今だって可愛いとは思っているぞ。幼くはなくなってしまったからな。
彼らは国が認めている難病を患っている子達でな、難治性疾患克服研究事業の一環として私という担当医がついた。
私の担当は彼ら二人だったが、どちらも国内で発症したケースはなく、国外でも片手で数えられるほどの珍しい難病だった。
詳しい病状などは省くが、私は彼らの担当医として接している内に、歳が少し離れた友人のように屍鏡たちを扱っていた。
私があの時持っていたすべての力を注ぎこんで、無事に彼らを治したんだ」
二郎に白湯を飲ませてもらう。
一か月以上使ってなかった口を、いきなり使っているせいか喉がよく渇く。
「普通ならこれでめでたしめでたしのハッピーエンドなんだが、現実はそうは甘くなかった。
その頃、私の所に国からの使者が来てな。何て言ったと思う?
不老不死や人外兵器を作るから、その力を国のために使えって言ってきたんだ。
しかも内容は人間を使った解剖込みの人体実験。医者としての命を救っていたプライドがあった私は当然それを断った。
・・・・・・断ってしまったんだ。
そうしたら、朱音が殺された。酷いものだったよ。
目の前で異形のクリーチャーに拷問されながら殺されたんだ」
五郎はぎゅっと拳を握る。
まだ若く正義感がある彼には、今の話は許せないのだろう。
それでも話を遮らずに先を促すように目線で言ってきた。
「・・・・・・彼女が死んでしまった後、すぐに私も死のうと思った。
けどな、駄目だったんだ。
いつかは先生と同じ医者になりたいって言ってた屍鏡を私の身代わりにするって聞いた時、死ねなくなってしまった。
そして、私には屍鏡と朱音以外にも友人がいてな。次に抵抗すればそいつも殺すと脅されたんだ。それがお前だ、五郎」
「俺が、華雪の友人だった、と」
「そうだ。警察官だったお前はあっちこっちに怪我を作っては私が勤めていた病院に運び込まれてたんだ。
同じ医師が担当した方が効率がいいとか何とかで、いつも私がお前担当だった。
私は朱音を殺してしまったが、五郎を殺したくなかったし、悍ましい実験に屍鏡を巻き込みたくなかった。
だから、私は人を殺すことを決めたんだ。もっと早く決められていれば、朱音が犠牲になることなんてなかったのにな」
あの時のことは今でも夢に見る。
朱音が泣き叫び、こちらに手を伸ばしてくる。
しかし、取り押さえられて猿轡まで噛まされている私は手を握ることはおろか、名前を呼ぶことさえ許されなかった。
ただただ死にゆく朱音を眺めることしかできなかったのだ。
「話を戻そう。
実験に協力することになった私は、狂った知識を脳細胞に叩き込みながら人を殺す日々が続いた。
そんなある日、研究員とは別に連れてこられたのが桐生だった。
とあるお偉いさんの娘だった桐生は父親の犯した罪を全て被せられて、挙句の果てに研究所に捨てられたらしい。
表社会では生きていけないし、第一研究所から出ることは叶わない。
全てに裏切られた彼女がどうしようもなく守りたくなってな。気づいたら色んな事から庇っていた。
まぁ、私にできたことなんて微々たるものだが」
できたことは精々、腐ってなく毒に侵されてる訳でもない食糧を渡すことぐらいか。
後は他の研究員からのストレス晴らしの暴力を少し肩代わりできたかどうかだ。
「彼女が入ってから数か月後、いよいよ人外兵器を生み出すことになった。
それはクローン技術を流用したもので、ある人間の細胞を基としてクリーチャーの因子を混ぜて、人間の雌に植え付けて育てるんだ。
基となる人間は強ければ強いほどいいとされ、手に入れやすく強い人間・・・・・・警察でもっとも武力に優れている人間の男のDNAが使われた。
人外の因子が混じって安定したそれを魔術で苗床として最適化された雌に植え付けられた。
あの時、条件に合った人間は二人しかいなくてな。
一人は桐生でもう一人は私だった。迷わず私が苗床になることを選んだよ。
他の実験で体がボロボロだったから、その実験が終われば死ぬものだと思って志願したんだ。
・・・・・・実験はなんと成功した。
母体の腹を割いて出てきたものは、今までのどんな兵器よりも強く、壊れにくかった。
見た目こそ人間の形をしてなかったが、私はそいつが自分の子だと確信していたよ」
「それが、二郎だよな。
警察でもっとも武力に優れていたのは俺で、それを使って生まれたものが二郎。
親は華雪と俺か」
顔が青くなっているものの、耐えきれてないわけではないらしい。
精神面が強靭すぎるだろと、肩を竦めた。
普通の人間がこんなことを聞いたら発狂するか、妄想だと思って信じないかのどっちかだが、五郎はどちらでもない。
事実をきちんと受け止めている。
「勘違いしないでくださいよ、山口五郎。
私にとっての親は創造主である華雪様ただ一人です。
貴方なんてただの協力者でしかありません。そこをお間違えなきようお願いします」
「俺だってこんなでかい子供がいたら困る。
華雪との子供っていうのはいいがな」
「話を続けるぞ。
何故かは分からないが、二郎は研究所を破壊し始めた。
その混乱に乗じて私と桐生は外に出て、並大抵の権力に屈さないような病院を設立していた屍鏡と合流した。
その後は桐生が独立して探偵事務所を開いて、二郎がそこの助手をしていたり、とある神話現象に巻き込まれて白が屍鏡の下に身を置いたり、ルークと会ったりしたが、おおむねそんな感じだ。
五郎との交友も再開されて、束の間の穏やかな日々が続いた。
しかし、それも長くはなかった。ある狂信者の手によって邪神が召喚され、世界が終わってしまったんだ。
世界が終わったと脳が認知した次の瞬間には、私は懐かしい道路に立っていた。
まだ実家に住んでいたころに歩いていた道路だ。
ポケットに入っていた生徒手帳を見てみると、昔通っていた高校ではない名前が印字されていて、パラレルワールドに迷い込んだものだとすぐに理解した。
それから死ぬ度にランダムな華雪に成って、私は生きている。
・・・・・・これが私というものが歩んできた半生だ」
話終えた私はふうとため息をつく。
こうやって話してみると、つくづく私の半生なんて三流作家が書いた喜劇でしかない。
五郎からどういう反応が返ってきても受け止めようと、私は目を瞑って覚悟した。
「俺とお前は昔から友人だったんだな」
「・・・・・・話を聞き終えて最初の言葉がそれかよ。
ああ、そうだ。私とお前は友人だったよ。
歳は今よりも離れていたが、食事を共にしたりしてそれなりの仲だったんだ」
嘘は言ってない。しかし、真実でもない言葉を聞いて、二郎が私に複雑な表情を向けてくる。
それはどこか私を非難しているようなものだ。
「本当にただの友人同士だったのか?」
「それ以外に何があるんだ?友人であったことは間違いなかったと思うんだが」
実際、私と五郎は友人関係にあった。それは間違いない。
五郎は眉間に皺を寄せる。
「俺はもっと深い関係だと思ってたんだが。例えば、夫婦とか」
「・・・生憎、お前の前世は幼女趣味ではなかったと記憶している。
今のお前がロリコンでも構わないが、せめて人間相手にしておけよ」
「今の俺もロリコンではないが・・・・・・。
まぁ、華雪の話は大体理解できた。話してくれてありがとうな。
これからは俺もいるし、他の奴らもいる。自分で何でも抱え込まずに小さなことでもいいから相談しろよ」
ポンポンと頭を撫でられる。
今の大ざっぱな話で彼の聞きたかったことは網羅したらしい。
「山口五郎、華雪さんは目覚めたばかりでお疲れです。しばらく一人にしてあげましょう」
「そうだな。また来るぜ。華雪」
「華雪さん、しばらく席を外します。
ご用命の際はお呼びください」
五郎はそのまま、二郎は一礼をして部屋から出て行った。
二人の足音が完璧に聞こえなくなってから、私は大きくため息をついた。
「あー。ビックリした」
五郎のもっと深い関係じゃなかったのかと言われた時に、こいつもしかして前世の記憶あるんじゃね?と驚いたものだ。
だが、それは杞憂のようだ。
私としてはあの時の記憶なんて、私以外の奴らが持っていても幸せではないと思っているので、ないほうが都合がいい。
しかし、ああいう狂気に塗れた記憶なんてものはきっかけがあれば簡単に戻ってしまったりするので、これからも注意が必要だ。
「五郎は一番普通の人間だ。なら、記憶はないほうがいい。
それこそが幸せなのだから」
自分に言い聞かせるかのように呟く。
それを聞いたのは私以外誰もいない部屋だけだった。




