閑話2 愚か者の末路
少し拷問シーンがはいっておりますので、苦手な方は飛ばしていただいても構いません。
次話の前書きで補足するつもりです。
クリスティーナ・ジョリーは魔人族である。
それもただの魔人族ではない。魔王直属の五凶星の一人だ。
五凶星というのは、魔王である屍鏡を抜いた魔人族でトップファイブに入る実力者で構成されている。
選抜条件はシンプルで、単純に戦闘力が高いものが選ばれる。
そんな名誉ある役職の三番目の席に座っている彼女はどうしても許せないことがあった。
それは、華雪の存在だ。
どこからどう見てもただの人間の小娘にしか見えない奴に敬愛する魔王がべったりなのだ。
これが朱音のように誰にも真似できないような才能があり、なおかつ魔王の幼馴染というポジションについていたり、白のように全てにおいて優秀で魔王を支えられる人材であればまだ文句はなかった。
しかし、あの人間は強い気配もなければ知的な雰囲気も感じない。ただただ平凡であった。
華雪があの有名な〝先生”であることは屍鏡本人から聞いていたが、納得はしてない。
当たり前の顔をして誰よりも魔王の近くに居座っているのが、ずっと忠実に仕えてきたクリスティーナには我慢できなかった。
「魔王様にどうやって取り入ったか知らないけれど、死んでしまえば関係ないものね」
広い屋敷でクリスティーナは優雅に午後のティータイムを楽しんでいた。
傍には気が利く部下兼メイドがおり、何も言わないでも空になったカップに飲み物を注ぐ。
適温のそれを飲んで、クリスティーナは満足な笑みを顔いっぱいに浮かべた。
「そろそろあの人間は捕まったかしら?」
机の上に置いてある水晶に手を翳す。
この水晶は魔法道具の一つで、レンズと呼ばれる端末から送られてきた映像や音声を、水晶からスクリーンとして投影できる優れものだ。
画質が良くスクリーンのサイズも自由自在のこの魔法道具は、買おうと思えば豪邸が一つ建つぐらいのお金を積まなければならない。
クリスティーナは気に食わない華雪をなぶり殺しにされる姿を見るためだけにこの水晶を買い、裏社会で一番手練れで口が堅い奴を雇った。
かなりのお金を使ったが、邪魔な奴が苦しみながら死んでいく姿をじっくり見ることができると考えれば、安い買い物だと彼女は思っている。
しかし、水晶は黒い画面を映すばかりで、クリスティーナの望んだ場面を映すことはない。
それどころか、ノイズが走ると水晶が音を立てて割れてしまった。
「どういうこと・・・・・・?
レンズが壊れたとしても、水晶が壊れることはないのに」
彼女の言う通り、レンズと水晶は連動しているものの、端末が壊れたからといって本体の水晶が壊れるような設計はされてない。
水晶さえ無事ならば、レンズはそれほど高くない値段で買い替えがきくものなのだ。
それにも関わらず壊れてしまったということは他の要因があるはずだ。
「不良品でも掴まされたかしら?
実験をした時は問題なかったのだけど・・・・・・」
「いや、不良品なんかじゃないよ。ちゃんとそれは問題なく動いていたさ」
「そう?ならどうして・・・・・・」
そこでクリスティーナは気づく。
この部屋はおろか、この家には男の使用人なんかいないことに。
魔人族は魔王以外は女性しか存在しない。
人間など一人も雇ってないクリスティーナの屋敷に男の声が聞こえてくることがおかしいのだ。
男は目の前に座っていた。
足を組み、肩の力を抜いて自然に存在している。
まるで最初からそこにいたかのように振る舞っているが、少し前まではメイドとクリスティーナの二人しかいないことは彼女自身が確認済みだ。
しかし、事実男は目の前にいた。
「・・・誰かしら?お招きした覚えはありませんけど」
少し動揺したものの、クリスティーナは努めて冷静な声で侵入者に問いかける。
不法侵入者をすぐに排除しようとしなかったのは自分の力に自信があり、どんな相手でも負ける気がなかったことと、その男が類稀なる美形であったためだ。
遊びと称して見目麗しい男性をこっそり飼うことが、最近のクリスティーナの趣味で、こんな綺麗な男を見たのは初めてだった。
悪趣味極まりないが、どこの世でも金と権力を持て余したものというのはこういうお遊びをするものだ。
是非とも手に入れたいと思い、彼の出方を窺う。
その間にじっくりと男を観察した。
長い銀髪も素敵だが、一目惚れといっていいほど気に入ったのは紫と金のオッドアイで、今までに見てきたどんなものよりも光り輝いて見るものの心を妖しく惑わせるような魔力がある。
もしも男が従順にクリスティーナのものにならなかったら、両目はコレクションとしてくり抜いて飾っておきたいと思った。
いっそのこと首を切り落として、処理をして、ガラスのケースに飾っておきたい。
つけている片眼鏡は素顔を見るのには邪魔だから、飾るときには外しておこうと今から未来を想像してクリスティーナは幸せに浸る。
事実、クリスティーナは強い。
魔王や勇者といった特殊な個体を除けばトップ争いできるほどだ。並みの相手では傷一つつけることすらできない。
だから、彼女がすぐに戦闘態勢に入らないのも無理はなかった。
ここで彼女が間違ったのは、最期まで相手の力が見抜けなかった点一つだけだ。
たったそれだけのミスでクリスティーナは後々後悔すらできなくなることを今の彼女は知らない。
もっとも、気づけていたからといって結果は覆ることはなかったが。
「ボクかい?君に絶望と恐怖と狂気を届けるものその一だよ。
その二は華雪をベッドに寝かせたらすぐに来るんじゃないかな?」
「は?」
男が発した言葉がクリスティーナの耳から入り脳へ伝わったが、意味を理解することはできなかった。
彼女からしてみれば何もかも劣っている人間種の男が、よりによって自分に絶望と恐怖と狂気を届けると言っているのだ。
妄想を通り越して冗談だと思ってしまう。
「全く酷い話だ。ようやく愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい華雪の気配がしたから、そっちに行ったら彼女があの姿になっているんだ。
ボクは別にどんな姿の彼女だろうが愛せるし愛しているけど、苦しそうに泣く姿は見たくないんだよね。
いや、ボクが原因でそういう泣き方をするんだったら、それはそれでそそるけど。
ボクの性癖は置いておいて、彼女があれだけ取り乱していたんだ。何が原因かなって考えたんだよね。
そうしたら、見事君に辿りついたってわけ。
というわけで、苦しんで死んでくれ。ボクと彼のために精々頑張ってくれよ」
この時、確かにクリスティーナは男の尋常ではない雰囲気に恐怖を少々覚えた。
しかし、生まれながらにして生物の頂点である魔人族として生きてきた彼女は恐怖という感情を感じたことがなかった。
それゆえに、自分が感じたものを正確に把握できなかったのだ。
身体が震えたのは体が冷えたための生理反応だと決めつけ、本能すら無視してクリスティーナ不敵に微笑む。
「あの女の知り合いってわけね。それで許せないとして、貴方は私に何してくれるのかしら?」
「そうだなぁ・・・・・・。まずはハリネズミかな。
串刺しよりもきっと苦痛は長引くと思うから」
男はそう言って指をパチンと鳴らす。
すると、マリオネットのように見えない糸でクリスティーナの体は操られ、男が意図した通りの動きをする。
椅子から立ち上がり、自分で服を脱いでいく。
「なっ、なんなのこれ!?手が止まらないわ!!」
どれだけ抵抗してもクリスティーナの手は自分の思い通りに動くことはない。
一糸纏わない姿になり、豊満な体が男の前に晒される。
これだけで既にクリスティーナにとっては屈辱だった。
自分の肌を見るのは魔王だけだと決めていたからだ。
これは魔人族ならおかしくないことで、魔王の子供を産むのが最も名誉だとされている。
それとは別にクリスティーナは屍鏡に惚れていた。
魔人族を更に繁栄させることができる程の力と知能を持ち、仮面に隠された素顔は一回しか見たことはなかったがため息がもれてしまうほど美麗であった。
性格は気さくで寛大で優しく、これで惚れない方が無理というほど条件が整っていた。
よほど性癖がひねくれてなければ、誰もが屍鏡に惚れるだろう。
クリスティーナが日々、屍鏡に抱かれる日を夢見て体を磨いていたものなのだ。
それをどこの誰とも分からない馬の骨に見られたりして屈辱に思わない訳がない。
クリスティーナは怒りと羞恥で顔を真っ赤にする。
「服着ているとちゃんと見えないからね。それ以外に君の裸体にこれっぽっちも興味はないよ。
これが華雪の裸だったら舐めまわすように見て、実際舌で味わいたいな。
手でも優しく優しく触ってじっくりと隅々まで堪能するんだけどねぇ」
本当に男はクリスティーナの体に興味はないようだった。
表情どころか瞳にさえ極上の裸体を見た興奮というのが浮かんでない。道端の石ころと同じぐらいどうでもよさそうだ。
「じゃ、最初の拷問からいってみようか」
そうだ、京都に行こうみたいな軽いノリで男は再び指を鳴らす。男の周りには無数の針が出現した。
金属特有の輝きではなく、何かの液体で光っている針先が全てクリスティーナに向けられている。
長さはどれもが成人男性の腕の長さほどあり、クリスティーナの細い体を貫くには十分な長さだ。
それを見て、自分が何をされるか理解できたクリスティーナは、さっきまで赤かった顔を真っ青にした。
「えっ!?嘘でしょ!?」
「嘘なんかじゃないよ?
ああ、先端に塗ってある薬は痛覚神経を数倍増してくれるぐらいしかしてくれないけど、後で色々薬は出してあげるからこれで我慢してね。
彼が来る前に君を壊したら怒られるし」
本気でこいつはやると思ったクリスティーナは脱出を試みる。
さっきまで怒りで頭が回らなく、力づくで動こうとしていたが指先一本動かすことができなかった。
だが、口が動くということは魔法が使えるので、目の前の男を魔法で殺せば動けるようになるとクリスティーナは予想した。
どちらにせよ、これ以上の辱めを受けることはなくなる。
魔法に通じて魔力も高い魔人族でも上位にいるクリスティーナなら、上級魔法でも一小節唱えれば発動する。
口を封じてないなんてなんて間抜けなのかしらと心の中でクリスティーナは嗤った。
そして、勝利を確信し、相手を確実に殺せる魔法を唱えた。
「燃えろ!!精霊の炎!!」
虚空から魔力に反応して出た炎が男を塵すら残さず焼き尽くす。
・・・・・・はずだった。
しかし、実際には煙どころか何も出現していない。
むしろ、魔力が消費した感覚すら感じられない。
「ああ、言ってなかったと思うけど魔法は一切使えなくしてるよ。
魔法が効くわけじゃないけど、それで視界が阻まれたりしても困るし。
君の苦しむ顔を良く見たいがための配慮だから礼はいらないよ」
魔法を使えなくするなんて、不可能だ。
そんなことは魔王である屍鏡ですらできないし、誰かが成功したという話すら聞いたことはない。
ここでようやく、クリスティーナは絶対に敵に回してはいけない奴を敵に回してしまったことを悟る。
だが、もう遅い。
右足の親指に針が貫通し、地面にその足を縫い留める。
「ひっ!?いた、いたい!!」
「まだ一本じゃないか。それで涙を流してたら、後が持たないよ?」
あまりの痛みにボロボロと涙を流すクリスティーナに男は眉一つすら動かさない。
淡々と作業のように次々とクリスティーナの足の先から順に針を貫通させていく。
「ヒィィィイイイイィィィ!!!!痛い、いだいっ!!もうやめて!!!!お願いだから!!」
「華雪を殺そうとした奴に何でボクが慈悲をかけないといけないの?」
本気で理解できないと首を傾げながらさらに針を飛ばす。
膝から下はほぼ隙間なく針が貫通していてわずかに血が流れている。
大量出血死しないのは針が刺さったまま傷口を塞いでいるからだ。
人間だったらショック死していてもおかしくないが、そこは肉体もタフな魔族。
死ぬこともできずに涙を流しながら、痛みに悶えることがてきる。
「あやまる!!あやま”る”から!!!!」
「嫌だよ。君が苦しみながら死んでくれるのが唯一の罪滅ぼしなんだから。
彼女を傷つけた罪はそんなもんじゃ償えないけどね」
そう言っている間にも針は体を貫通していく。
もはや、クリスティーナの頭の中にはこの地獄から解放してもらうことだけしかない。
時間を稼げば異変を感じた誰かが来てくれるかもしれないと一縷の望みにかけて耐えている。
彼女は知らない。男からしてみればまだ地獄の入口でもなく、ただ単に二郎が来るまで遊んでいるだけでしかないと。
救援に誰も来れないように屋敷ごと空間を切り離していていることも。
「針って便利なんだよね。ピンポイントで好きな所にダメージを与えられる。
人間の最大の発明だと僕は思ってるよ」
ねぇ?と男が聞いても、クリスティーナは意味のある言葉を紡ぎだせない。
ただひたすらに痛みによる叫び声しかあげられない。
男はいたぶるために首から下まで死なないように重要な場所は避けて針を刺している。
「はぁ、もういいよ死んで」
会話すら不可能になったクリスティーナの声帯を針が貫く。
気道、食道も共に貫かれ、言葉にならない空気だけが漏れる。
そのまま喉、頬、目と順次貫かれ、頭蓋骨すら貫通し脳みそと他の刺せなかった部分を同時に貫いて、彼女は絶命した。
その隙間なく針が体から出ている姿は最初に男が言っていたようにハリネズミのようだ。
死ぬ瞬間、クリスティーナは確かに地獄から解放されると安堵した。
クリスティーナは目を覚ました。
死んだはずなのにと不思議に思っていたが、生きているならそれは喜ばしいことだ。
変な夢でも見ていたのだろうと思っていると、あの男がさっきまでの体勢のままいた。
「あっ、起きた。
もう、早く目を覚ましてくれないと困るんだよね。次の拷問が待ってるんだから」
さっきまでのことが夢ではないと分かったクリスティーナは再び狂ったような叫び声を上げた。
ネズミに体中齧られながら食われることに始まり、真っ赤になるほど熱された水銀が体を焼き溶かし、器具で体を限界を超えても伸ばされ、粉砕機で足先からミンチにされていく。
古今東西あらゆる拷問を受けるたびにクリスティーナは泣き叫び、断末魔を上げて死んでいく。
それでも気がつけば生き返っている。
二回目に生き返った時点でクリスティーナの心はぽっきりと折れ、一刻も早く殺してくれと願うことしか頭にない。
もはや、誰かが助けに来てくれるとかいう希望は見えてない。
途中から二郎が加わり、さらに拷問は凄惨極まりないものになっていく。
失くしていた腕はすっかり元通りに生やし、喜々として拷問に改良を加えていく。
華雪にあんなことをした大本を二郎が許すわけもなく、容赦しない。
壊れては直し、壊れてはまた直す。まるで人形のように。
だが、クリスティーナは人間よりも頑丈とはいえ、感情のある生物だ。拷問を受けるたびに徐々に精神が崩壊していく。
勿論、そんな逃げは二人が認めるわけがなく、精神まで含めて直してはいるが、どんなものにも限界というのはある。
「そろそろ限界そうだよね」
「なら、フィニッシュいきましょうか。
華雪さんが目を覚ましてもおかしくない時間ですし」
クリスティーナに時間の感覚はなかったが、現実世界で経過している時間は十分程度だ。
特殊な結界で空間ごと時間の流れからも切り離されているので、ここで何日拷問受けようと、現実の時間では誤差の範囲でしか時間が経過しなかったりする。
「じゃあ、呼ぶね。―――――来い、我が眷族」
男の声に応えて、異形のもの達が現出する。
どれもこれもカラフルなジェリービーンズから醜悪なねっちゃりとした触手を生やしているような代物だ。
小さいものは手のひら大から、大きなものは人よりも大きいものもある。
それらには頭部に一際大きな触手が生えており、それが目の代用しているらしい。
その眷族達は呼ばれたことを喜ぶかのように触手をフルフルを震わせている。
「これからこの子達が君に沢山たくさん卵を産み付けてくれるよ。
子供を産める限りは苗床だけど、産めなくなったら骨すら残さず食べてくれるから、自然に優しいんだ」
「ひっ!!いやっ、こないでぇぇぇええええぇぇええ!!!!」
ニッコリとそう言う男に、クリスティーナはこれからジェリービーンズ達になにされるかを理解してしまった。
ぬるぬると粘液を出しながら寄ってくる化け物から、逃げようとクリスティーナは手足を動かす。
より恐怖与えるために四つん這いでなら行動できるようにしてあるのだ。
しかし、逃げ回れるのは部屋の中だけで、その部屋も半分ほどはジェリービーンズの形をしたクリーチャーが犇めき合っているので、行動範囲はそれほど広くない。
それでもクリスティーナは必死に手足を動かし、クリーチャーの群れから逃げ惑う。
子供を産むなら屍鏡の子供と決めていたので、クリーチャーの子供なんて産む予定がなかったのだ。
「おねがいっ!!これだけは嫌っっ!!!!子供を産むなら、魔王様の子供がいいっ!!」
「ああ、そう言えば貴女に屍鏡さんからお手紙を預かったのを忘れてました。代わりに読んであげますよ」
二郎は懐から手紙を出すと、その文章を読み上げる。
「クリスティーナ・ジョリーへ。
僕の恩人であり友人であり、かけがいのない大切な先生に手を出した罪は重いよ。
本当なら僕が君を薬漬けにでもして壊したかったけど、僕なんかよりも人を苦しめることに精通していて、なおかつ怒り狂っている二人にその役目は譲ることにした。
僕は彼女とその周りの人がいれば、君達魔人族なんて本当はどうでもいいんだ。
ただ、先生に会うために必要だったというのと、朱音ちゃんがそれなりに親近感を持っていたから使っていただけで。
朱音ちゃんにも君が死ぬことは伝えておいたけど、どうでもいいって言ってたから特に配慮しなかったよ。彼女が優しく死なせてあげてとか言ったら少しは考えたんだけどね。
P.S.苦しんで死んでくれ」
ひらりとクリスティーナの前に紙が落ちてくる。
それは間違いなく敬愛している魔王である屍鏡の筆跡で、さっきの手紙は本当に彼が書いたものだとクリスティーナは確信した。
内容も二郎が言っていたものと一字一句違いはない。
茫然と紙を拾い、見ている彼女にクリーチャーが襲い掛かる。
しかし、抵抗するだけの力がもう湧いてこない。ただ一人寵愛を貰いたかった人に拒絶された上、苦しんで死んでくれと言われたのだ。無理もない。
完全に壊れてしまった彼女を見て、男も二郎もひとまず気が済んだのか、もういいとばかりにそれらを視界から外した。
「帰りましょうか」
「そうだね。後はこの子らに任せていれば処理してくれるし。
ようやく華雪に会えるんだ。もうこれ以上は待てないよ」
さっきまで冷酷で鋭利な刃物だった表情は夢見る乙女のように熱に浮かされている。
老若男女を魅力するような魔性の笑みを浮かべているが、見慣れている二郎は軽く睨み付けながら釘を刺す。
「言っておきますけど、華雪さんが気にしてないからと言って、手を出したりすれば、その邪魔な手を切りおとしますからね」
「やれるもんならやってみたら?ボクの方が強いけどね」
ばちばちと二人の間で火花が散る。空間が軋み、漏れ出す圧に悲鳴が上がる。
一睨みして、互いに顔を逸らして喧嘩をひとまず終わりにした。
華雪のいない所で喧嘩を始めると収拾がつかないし、そもそもバレると困った顔をされので、それも防ぎたい。
どれだけ互いが気に食わないだろうと、その辺は弁えている。
「いいですか、くれぐれも華雪さんに負担を掛けないような行動をしてくださいよ。ルークさん」
「勿論だよ。華雪がお願いしてくれるなら、ボクは人間の真似事だろうがグレード・オールドワンに喧嘩を売りにだって行くからね」
フフッと男―――ルークは妖しげに微笑む。
愛しい愛しい華雪のお願いならルークは基本、何でも聞くつもりなのだ。
お茶を淹れてくれという可愛いお願いから、グレード・オールドワンに喧嘩を吹っ掛けて死んで来いというお願いでも。
もっとも、華雪は誰かが傷つくぐらいなら自分が傷つくと決めているし、ましてや死んでくれと言うお願いをするはずもないので、グレード・オールドワンに一人で特攻する日は来ないだろうが。
「では、行きましょうか」
二人が消えた後に残ったのは、魔人族ごときでは手に負えない相手の大切な者に手を出した愚か者の屍だけだった。
ルークさんの説明は次の後書きで書きますので、お待ちください。




