第73話~罪悪感からの解放~
神影達が隠れている部屋で予想外の事態が起きている頃、何も知らないエーリヒは、太助と奏を連れて家の外へと出ていた。
ルビーンの町は相変わらず静かで、何時も多くの人々で賑わっている王都とは比べ物にならない程に人気が少なかった。
「静かな町だろ?おまけに家も壁に亀裂が入ったりしているのが多いから、城の連中は"終わりの町"だとか言ってるけど………僕はこの町、凄く気に入ってるんだ。何たって故郷だからね」
外へ出ると開口一番、エーリヒが振り返って言う。
先程は太助の気迫に怯んでいた彼だが、今ではすっかり何時も通りの調子を取り戻していた。
「そ、そうか………まあ自分の故郷には、やはり愛着を持つよな」
「え、ええ………それに、故郷と言うのを抜きにしても………古いなりの良さ、と言ったものがあるのでしょうね………」
いきなり自分の町の事を語られた太助と奏は、返事に困りながらも一先ず相槌を打った。
「そうそう、よく分かってるじゃないか」
彼等の言葉が気に召したのか気分良くそう返したエーリヒは、ずっと握っていた菓子を口に放り込んだ。
「まあ、それはそれとして…………僕に用があるんだよね?」
モグモグと噛み砕いた菓子を飲み込んだエーリヒが、先程の笑顔を引っ込めて訊ねた。
「ッ………あ、ああ」
彼が持つエメラルドグリーンの瞳を真っ直ぐ向けられた太助が、怯みながらも頷く。
遂に、神影の事を話す瞬間がやって来たのだ。
「先ずは………」
「………ッ」
太助は奏と顔を見合わせると、互いに決意を固めた表情で頷き合い、エーリヒに向き直った。
「君に一言、礼を言いたいんだ………私達の親友を救ってくれて、ありがとう」
「……………」
どんな事を聞かれるのかと身構えていたところへ飛んできたまさかの言葉に、エーリヒの表情が崩れる。
神妙な表情から一転し、ポカンとした間抜けな表情だった。
一体何に対する礼なのかと、エーリヒは首を傾げる。
「あの模擬戦の日、貴方は真っ先に飛び出して古代君を助けてくれわよね?そのお礼よ」
「………ああ、あの日の事か」
奏の補足で太助が言った礼の意味を理解したエーリヒは、何者かによって仕掛けられた攻撃でダメージを受け、そのまま功に止めを刺されて倒れた神影の元へ駆けつけた時の事を思い出した。
他の勇者には用意されていた救援係も神影の時だけは来ず、自分が神影の傷を癒して試合会場から運び出したのだ。
「あの場には、本来私や幸雄………ああ、私のもう1人の親友の名前なんだが、彼も居るべきだったんだ」
当時の事を思い返すエーリヒに、太助がポツリポツリと語る。
その表情は後悔の1色で染められていた。
「でも私達は、いきなりの事に驚いてその場を動けなかった…………それで我に返った頃には、貴方が古代君を運び出していたの」
太助の横に並び立つ奏が、言葉を付け加える。
その表情は、太助と同じように後悔で染まっていた。
「情けない話だよ。彼の親友で居る期間は君より長かったのに、何もしてやれなくて…………結局会ったのは、夕食の時間だった。そして次の日には、古代が城を出ていった事が分かった」
そう言った太助は、大きく溜め息をついた。
「私達は………親友を、守りきれなかったんだ」
「そう、だったんだね………」
そう呟いたエーリヒは、以前に神影から言われた事を思い出した。
──学校でもこの世界に来てからも居場所なんて無かったけど…………それでも俺の味方をしてくれた奴が居たんだよ。
神影はそう言っていた。
それは間違いなく彼等の事だと確信したエーリヒは、1つ頷いた後に口を開いた。
「でも、君達はそれだけミカゲの事を大事に思っていたんだろ?なら、恥じるような事じゃないよ」
「え………?」
俯いていた太助と奏の顔が上がり、エーリヒへと向けられる。
それからエーリヒは、自分が思っていた事を全て語った。
神影がこの世界に来る前から置かれていた理不尽な境遇。
そしてこの世界に召喚され、"成り損ない勇者"や"落ちこぼれ"と言った不名誉な二つ名をつけられ、城の者達は勿論、勇者組も彼を見下していた事から、勇者にはロクな奴が居ないと思っていた事。
そして、そんな中でも神影を支え続けた存在が居たのを伝えられ、驚いた事も。
「大勢がミカゲを見下し、はたまた理不尽な扱いを見て見ぬフリする中で味方するって言うのは、凄く勇気が要る事だ。でも君達は、それを承知で神影に寄り添ったんだろ?立派な事じゃないか」
『だから』と付け加え、エーリヒは2人の肩に手を置いた。
「僕は情けないなんて思わないし、守りきれなかったとも思わない。寧ろ誇っても良いと思うよ?」
そう言って、エーリヒは優しげな笑みを浮かべた。
「僕からも、お礼を言わせてよ…………ミカゲの事を其処まで考えてくれて、ありがとう」
「…………ッ!」
そう言われた太助の両目から、涙が溢れ出した。
何時か、幸雄と共に勇者パーティーを抜け出して神影に合流しようと決めた日以降も感じていた罪悪感から、漸く解放されたのだ。
それに加えて太助達は、今日までずっと不安を感じていたのだ。
それは、自分達がエーリヒに否定されてしまう事への不安だ。
神影が勇者パーティーから切り離され、代わりに神影と同い年の専属講師がつけられると言う事は、その日の訓練で騎士団長のフランクから知らされていた。
それから数日も一緒に訓練していれば、互いに仲が深まって信頼関係が築かれていくのは自然な流れだ。それも自分達と同い年と言うのだから尚更である。
当然ながら、食事の時間になるまでぶっ通しで訓練をすると言う訳でもなく休憩中に世間話もするだろうから、神影がこれまでの境遇を話している事は十分有り得る。
そうともなれば、その専属講師が自分達勇者に不信感を抱くと言う可能性も完全には否定出来ない。
模擬戦の時も、いきなりの出来事に驚いた結果出遅れる事になった上に、今日でもブルームやゴルトが彼を侮辱した事で、自分達の信頼性は大きく下落してしまった。
そのため、こんなタイミングで自分達が神影の事を話しても、『散々神影の事を除け者にしておいて今更仲間面するのか?』と言われてしまうのではないかと不安を感じていたのだ。
「ッ!ありがとう……ありがとう………!」
最早神影の居場所等の情報を聞き出せるような状態ではなく、太助は肩を震わせる。
「ちょっ、おいおい。こんな所で泣くなよ」
苦笑を浮かべながら、太助の肩をポンポンと叩くエーリヒ。
太助の隣では、奏が笑いながらも涙を拭っているのだった。
太助と奏が落ち着きを取り戻すと、3人はグース達の家へと戻っていく。
だがその時、家の一室で問題が起こっている事など、今の彼等には知る由も無かった。