第72話~思わぬアクシデント~
《…………と言う事があってさぁ》
《成る程、何かマーカスさんが怒鳴ってると思ったら、あのアホ共が喚いてやがったのか》
休憩時間に入り、グース達の家の奥へとやって来たエーリヒは、神影達が隠れている部屋の直ぐ傍の壁に凭れ掛かっていた。
部屋のドアには、先程彼が持ち出した羊皮紙が貼り付けられており、それには大きな文字で『立入禁止』と書かれていた。
グース達に神影からの頼みを伝えたエーリヒは、誰かが間違って入る等のアクシデントが無いよう、休憩時間になった時に大急ぎで用意して、部屋の前に持ってきて貼り付けたのだ。
《あの陽気なマーカスさんを怒らせるとは、ソイツ等完全にやらかしたな》
《ああ、全くだよ》
未だ落ち着きを取り戻していないエリスとエミリアに気を使っているのか、"僚機念話"でやり取りを交わす2人。
神影とやり取りしながら苦笑を浮かべるエーリヒだが、エーリヒ達の能力を知らない人間がその光景を見れば、間違いなく1人で表情をコロコロ変える変な人に映るだろう。
《それもそうだがエーリヒ、お前よく怒らなかったな。普通、あれだけ言われたら誰でも怒ると思うが》
神影が感心したように言った。
エーリヒが自分達より格上の存在になっているかもしれないと言う事を認めたくないブルームやゴルトは、これまでのエーリヒの努力を踏みにじるような発言をした。
普通の人間なら、自分がずっと積み上げてきた努力を『嘘だ』と、『猿芝居』だと否定されれば怒るのが当然。
それでもエーリヒは全く怒らなかったと言う事に、神影は驚いていたのだ。
《それは、何と言うか………連中のレベルが低すぎて、怒る気にもなれなくてさ》
そう答えながら、エーリヒはポリポリと頬を掻いた。
確かに自分の努力を否定されるのは腹立たしい事だが、あのような低レベルの者達を相手に怒鳴るのは、恥ずかしい事だと感じられたのだ。
《そんな事よりミカゲ、例の2人はどうなの?》
これ以上その話をしたくないのか、エーリヒは話題を変える。
《ああ、今はそこそこ落ち着いたみたいでな。今は部屋の中を冒険中》
まるで家に来たばかりのペットみたいだと付け加える神影。恐らくドアの向こうでは、部屋の中を歩き回る2人を見ながら微笑を浮かべていることだろう。
《そ、そっか…………まあ、特に問題は無いみたいで安心したよ》
実は、神影をエリスとエミリアの部屋へと向かわせた際、エーリヒは最悪の状況を想定していた。
それは2人が目を覚ました時、いきなり知らない場所に連れてこられた事にパニックを起こして暴れ出すと言うものだ。
ボロボロの状態で気を失い、気づけば見知らぬ部屋のベッドで寝かされており、その上見知らぬ少年が居る。
パニックを起こす要素としては十分な状態だと、エーリヒは考えていたのだ。
《まあ、俺も最初は警戒されると思ってたが、案外大人しくてさ。ちゃんと説明したら分かってくれたよ》
そう言って、神影は2人が目を覚ましてからの出来事を伝えた。
《………成る程、平和そうで何より》
思ったより問題無く過ごしている相棒に、エーリヒは拍子抜けだとばかりに微笑を浮かべる。
《さて…………君が上手くやれている事も知れたし、僕はそろそろ戻るよ》
《おう、態々ありがとな。2人が会っても良いようになったら、また連絡するよ》
《うん》
そうして話を終えたエーリヒは、再び大広間へとやって来る。
其所では、調査隊メンバーが出された茶菓子を摘まみながら談笑しており、守備兵やグース達も、部屋の隅で談笑していた。
「(おやおや、皆さんお楽しみのようで)」
エーリヒが侮辱された事に激怒したマーカスが怒鳴った後であるにも関わらず、その場は明るい雰囲気になっていた。
ブルームやゴルトも、エーリヒが神影達の元へ行っている間にまたイリーナからの説教を受けたのか、今は大人しくなっていた。
「(それじゃあ、僕も参加させてもらおうかな)」
テーブルに置かれている皿に盛られた菓子を幾つか掴み取り、食べながらグース達の元へ向かおうとするエーリヒ。
「失礼、君はエーリヒ・トヴァルカインで合っているかな?」
だが、彼が来るのを待ち構えていた太助が、その行く手を塞いだ。
「そうだけど………僕に何か用かな?」
「ああ、少し話がある」
この明るい雰囲気には合わない神妙な表情を浮かべて答える太助。その姿は、どう見ても世間話のお誘いとは思えなかった。
そして何時の間にか、奏も彼の隣に並び立っていた。
「分かった。じゃあ外で話そうか」
そう言って、太助と奏を引き連れて大広間を出ていこうとするエーリヒ。
「ん?奏に篠塚、何処へ行くんだ?」
其処へ、今では教師であるシロナを差し置いて勇者パーティーのリーダー的存在になっている勇人が声を掛けてくる。
彼も茶菓子を楽しんでおり、手は皿に盛られた菓子へと伸ばされた状態で止まっていた。
「ええ。3人で少し話があるの」
「なら、別に此処で話しても良いんじゃないか?態々出ていく必要も無いだろう?」
そう言う勇人だが、奏は首を横に振った。
「悪いけど、それは此処では話しにくいような話題なの」
「ああ。それに私達は、邪魔が入らないような場所で話したいのでね」
奏に続くようにして放たれた太助の言葉は、遠回しに『お前等には聞かれたくねぇんだよ』と言う事になる。
「な、何もそんな言い方は………」
「行こうか、この休憩時間が何時終わるのか分からないんだし」
勇人を無視して、太助はエーリヒへと視線を向ける。
「う、うん………分かったよ」
有無を言わさぬ太助の気迫に一瞬怯みつつ、エーリヒは2人と共に大広間を出ていくのだった。
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「……………」
その頃、ブルームとゴルトは家の廊下を進み、化粧室へと向かっていた。
「全く、何なんだよ彼奴?廃れた町にお似合いな品の無い顔で、この僕に説教するなんてさ。僕と違ってハーレムを作る要素も無い癖に、何様だっつーの」
まるで食べ過ぎた直後のように膨らんだ腹をユッサユッサと揺らしながら悪態をつくゴルトに、ブルームは冷ややかな視線を向ける。
彼にとっては、ゴルトでさえ見下す対象だったのだ。
確かに、ゴルトはブルームと同じ貴族である事に加え、とある町の領主の息子である。
だが、その卑しさを体現したような顔はさておき、貴族としての品格や才能は無く、彼が家を継いだら、家は1週間もしない内に町諸共破滅するとさえ言われている。
その上、士官学校での成績も悪く、もしエーリヒが居なければ、間違いなく彼が最下位になっていた程である。
「(こんなオークの子供のような男がハーレムなど、あの落ちこぼれ共同様、烏滸がましいにも程がある)」
この世の中では、強き者や、貴族のような恵まれた環境に育った者はハーレムを作るべきだと言う風潮があるのだが、そう言った肩書きに加えて大事な要素として見られているものがある。
それは言うまでもなく、容姿だ。
強い者、恵まれた環境に育った者である事と容姿が優れている事がセットになり、初めてハーレムを作るべき存在として見られると言うのがブルームの考えだ。
そんな彼の考えに当てはめれば、神影やエーリヒ、そしてゴルトはハーレムを作るに値しない存在なのだ。
片や貴族の息子であるものの容姿が優れず、性格も評価も悪い醜男。片や容姿は少なくともゴルトよりマシ(それでも自分より下だと考えている)でも、力は無く、大した肩書きも無い落ちこぼれ。
そのような底辺の連中なんかより自分がモテるべきだと、自分こそがハーレムを作るに相応しい男なのだと、ブルームは内心呟いた。
現に、性格こそ非常に傲慢なブルームだが、士官学校の騎士科を首席で卒業したと言う実力や、公爵家の息子と言う肩書きは確かなものだ。それにルックスの良さも相まって士官学校では相当なモテ男であり、貴族の令嬢と閨を共にした事がある事に加え、学生時代でも現在でも、よく取り巻きの美女を2、3人侍らせている程だった。
「ん?ねえブルーム、あの部屋は何かな?」
「………?どの部屋だ?」
そう考えていた時、不意に立ち止まったゴルトに声を掛けられ、ブルームは足を止める。
「ホラ、彼処。あの貼り紙がある部屋だよ」
そう言ったゴルトが指したのは、神影達が隠れている部屋だった。
「さあ、何だろうな………」
何と無く気になった2人は部屋へと近づき、そのドアの貼り紙に書かれている内容へと目を向けた。
「『立入禁止』………だってさ」
「ああ………」
そんなの見れば分かると内心呟きながら、ブルームはドアをまじまじと見つめる。
それは何処にでもありそうな普通のドアで、他の部屋も、これと同じようなものだった。
それが開かずの間と言う可能性も考える2人だったが、それなら貼り紙をするだけと言う簡単なやり方はせず、鎖や木の板を打ち付けるなどして絶対に開かないようにするだろうと考え、その案は直ぐ様ボツにする。
「(それなら、この部屋には一体何があると…………ん?)」
内心で疑問を口にするブルームだったが、部屋から聞こえる小さな声を耳にする。
「女の声………?」
「え?」
その呟きに反応したゴルトが、ドアに耳を密着させる。
「あっ、ホントだ。結構可愛らしい声じゃん」
そう言って、だらしなく鼻の下を伸ばすゴルト。
ブルームはそれに嫌悪の表情を浮かべるものの、ドア越しに聞こえてくる少女の声に興味をそそられる。
「貼り紙してる割りには大した部屋でもなさそうだし…………良いや、入っちゃお!」
「あっ、おい!?」
ブルームが思わず声を上げるのも聞かず、ゴルトは盛大にドアを開け放つ。
そして押し入るように部屋に入ったゴルト達が見たのは、いきなりの彼等の登場に驚くエリスとエミリア。そして…………
「う………嘘、だろ………何故、貴様がこんな所に居る……!?」
「…………」
…………ずっと前に城を出ていった成り損ない勇者、古代神影の姿だった。




