第65話~動き出す者と帰還する者~
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時刻は朝の5時。地平線から太陽が顔を出して世界を照らし始め、一部の人間が夢の世界から現実世界へと戻ってくる頃、ヴィステリア王国王都の門を出ていく数台の馬車の姿があった。
「それにしても、まさか調査隊に同行出来るメンバーを勝手に決められるとは思わなかったな…………」
「まあ、仕方無いわ。同行出来るだけありがたいと思っておきましょう」
1台の馬車で、2人の男女がそんなやり取りを交わしていた。
男の方は、後頭部で三つ編みにした赤茶色の髪と整った童顔を持つ篠塚太助。そして女の方は、ロングストレートの銀髪に加え、つり目に紫色の瞳の整った顔。そして見る者を魅了する豊満な体つきをした、白銀奏だった。
彼等は、数日前から話題になっていた、盗賊団"黒尾"を討伐した者に関する情報や、先日、王都上空で響いた謎の轟音の正体を確かめるべく編成された調査隊に同行していたのだ。
こうなるに至ったのは、今からちょうど5日前。何時もの訓練を行う前に、騎士団長のフランクから例の調査のために教官役の騎士や魔術師が大勢留守にする事を伝えられたのだが、其処で幸雄と太助が待ったを掛け、自分達も調査に同行させるように要求したのだ。
着々と城を出る準備を進めている幸雄達だが、やはり、これまで一緒に過ごしてきた親友と音信不通の状態が長らく続いているとなれば、当然ながら心配にもなってくる。
沙那達が王都で聞き込みを行っていたものの、もう王都で情報を得る事は期待出来ない。
其処で、調査隊の旅に同行し、その場その場で聞き込みを行おうと考えたのだ。
神影の居場所に関する情報を掴み、あわよくば再会出来る可能性に賭けて。
「それは分かっているが………明らかに要らない奴が混じっているだろう。そんな奴等より、ちゃんと古代の事を大事に思っている者が行った方が良いに決まっているじゃないか」
胸の前で腕を組み、不満げな表情を浮かべた太助が、馬車の後ろへと目を向ける。
彼等が乗っている馬車は先頭のもので、後続の馬車にも、勇者パーティーのメンバーが数人ずつ分かれて乗り込んでいる。
「実力者が一気に抜けられたら困ると言うのが、向こう側の言い分だそうよ」
「そんなもの、私の知った事ではないがな」
余程苛立っているのか、やや無愛想な返事を返す太助に、奏は苦笑を浮かべた。
今回、調査隊に同行する勇者組は10人で、太助や奏の他に、担任のシロナや、勇人が同行している。
後は男子生徒と女子生徒が、各々3人ずつだ。
「幸雄も天野も雪倉も、行きたがっていたのにな………残念だ」
「まあ、それに関しては、私も同感だわ」
誰が調査隊に同行するかの話をした際、真っ先に挙手したのが、幸雄と太助、そして沙那達美少女3人組とシロナだ。
だが、彼等は皆、勇者パーティーのトップ10に入る実力者。そんな彼等が一気に抜けると、いざと言う時に困ると言う意見が国の方から出てきたため、調査隊に同行するメンバーを国の方で決められたのだ。
「女子生徒は未だ良いが、問題は男子だ。私を除いて、4人中の3人なんて最悪だな。聖川に桐村、挙げ句の果てには富永だぞ」
そう言った太助の表情が、憎悪に染まった。
彼が思い浮かべたのは、あの忌々しい模擬戦。
桐村恭吾が勝手に決めた、神影と富永功による最悪のペア。
神影は大きなハンデを抱えながらも必死に食らいついたものの、最後は功と、その取り巻き達の不正行為による理不尽な敗北。そして、その件は勇人によって迷宮入り。
太助や幸雄にとっては、思い出すだけで彼等を攻撃しそうになるような、後味の悪い出来事だった。
しかも最悪な事に、功達3人組は最近になって謹慎を解かれ、訓練に復帰している。
それに関する経緯は一先ず割愛させていただくが、それが太助達にとって納得出来ないものだったと言うのは間違いないだろう。
「聖川は、何やら謝る機会を作るなどと戯れ言を言っているが…………幾ら古代でも、あんな事をされて許す筈が無いだろうに」
「そ、そうね………」
一先ず相槌を打つ奏だが、生憎この馬車に居るのは彼女等2人だけではない。
この調査隊の隊長や、奏達と同じく同行する事になった女性騎士、イリーナやソフィアも乗っているのだ。
「そ、それより篠塚君。何か面白い話をしましょうよ」
気まずい雰囲気を変えようとしたのか、奏が別の話題を切り出す。
「面白い話?」
「え、ええ。こんな辛気臭い話、何時までも続けていられないでしょう?」
そんな奏の言葉に、イリーナとソフィアがウンウンと相槌を打つ。
彼女等自身もあの一件には罪悪感を感じているが、それでも、何時までも続けられては堪ったものではなかった。
「確かに、そうだが…………面白い話など無いぞ」
「そ、それならホラ、この世界に来る前の古代君との思い出なんてどう?」
その提案に、太助の表情に明るみが戻った。
「ほう、それは良いな。では、何から話そうか………」
そう言って、『この話題から…………いや、あの話題から』と考え始める太助。
先程まで放っていた重苦しいオーラは何処へやら、太助は楽しそうに、彼女等へ聞かせる話題を次々と頭の中に浮かべるのだった。
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「…………さて、コレで良いよ。ミカゲ」
「おう。サンキューな」
場所は変わって、此処はヴィステリア王国某所にある迷宮の入り口。 帰還用魔法陣を起動させて地上に戻ってきた神影とエーリヒは、ゴーレム達との死闘で酷く損傷した服の修復を行っていた。
「ところで、お前の魔法…………確か、"万物修復"だったか?よくそんな魔法作れたよな。それ、基本的に何でも修復出来るんだろ?」
「まあね。完成させた時は、その便利さに驚いたものだよ」
服が元通りになっているのを確認しながら言う神影に、エーリヒはそう返した。
彼等が現在着ている服は、上下共に深緑に染められた耐Gスーツのようなもので、エレイン達と別れた次の日、迷宮攻略へ乗り出す前に偶然訪れたルージュの服屋で見つけ、購入したものだ。
右腕には各々のTACネームが、左腕にはコールサインを表す数字が白い糸のステッチで刺繍されており、更に右胸のポケットには、彼等"ジェノサイド"の名を体現するかのように、所々が血で染まった鎌を振りかざす黒ローブの死神が描かれていた。
「それにしても、お前が使う魔法もそうだが、アイシスとユリシアもスゲーよな。この刺繍、全部1日で仕上げてくれるなんてさ。しかもTACネームはアルファベットなんだぜ?俺、裁縫苦手だから凄く尊敬するぜ」
「まあ、お母さんから裁縫を教わっていたらしいからね。器用なものだよ、2人共」
どうやら、これ等のアレンジは全てアイシスとユリシアに盛るものだったらしく、神影達は、友人の特技に舌を巻いた。
「まあ、何はともあれ、向こうでやる事終わらせて地上に出たんだ。取り敢えずルビーンに帰って休もうぜ。もう朝だが、未だ疲れは取れてないからな」
そう言った神影は、自分の後ろを親指で指す。
その先では太陽が顔を出しており、彼等が居る平野を明るく照らし始めていた。
「了解だよ、ミカゲ」
「良し………展開!」
そう言うや否や、神影の体が光に包まれ、機体が装着されていった。
腹巻きのように腹部に装着されている装甲と繋がる形で、主翼と思わしき大きな翼が神影を挟むように装着され、脚部をブーツ上の装甲が覆い、各々の外側には、エアインテークとエンジン、尾翼が一体化したパーツが装着される。
加えて両肩には、主翼や尾翼よりも更に小さな翼、カナードが取り付けられた。
「第4.5世代のロシア戦闘機にして、Su-27の派生型の1つ、Su-30M2………!」
子供のように目を輝かせて機体名を呟いた神影は、尾翼の方向舵や昇降舵を動かす。
すると、その動きと連動する形で、脚部で地面と水平になっているノズルの向きが僅かに変化し、カナードも動いた。
「おお、こりゃすげぇ…………カナードや推力偏向も、キッチリ再現されてやがる…………!」
自他共に認める戦闘機マニアである神影は、特にロシアやアメリカの戦闘機を好む。
その中でも、ロシアのSu-30M2のようなスホーイ戦闘機やミグ戦闘機は、アメリカのF-15Eと並んで、特にお気に入りの機体なのだ。
勿論、他にもお気に入りの戦闘機は多数あるのだが、キリが無いためにこの場では割愛とする。
《ミカゲ。感動しているところ悪いけど、そろそろ行くよ?と言うか、自分で行くと言っておいて何してるのさ?》
待ち望んでいた機体を展開出来る事を喜ぶ神影だったが、"僚機念話"で話し掛けてきたエーリヒの苦笑混じりの声が、彼を現実世界に引き戻す。
振り向くと、既に同じ機体を展開していたエーリヒがエンジンの音を響かせ、離陸準備を整えていた。
《ああ、悪い悪い》
夢中になるあまりに彼をほったらかしにしていた事を謝り、神影も離陸準備に入る。
エンジン音を響かせ、何時ものように、足の裏から競り出てきた車輪を転がして向きを変え、エーリヒの横に並ぶ。
《それじゃあ………行くぞ!》
《了解!》
そう言って飛び出した2人は離陸し、轟音を響かせながらルビーンへと向かうのだった。
因みにルビーンへの道中、神影がスホーイ戦闘機でよく言われる"変態機動"を連発し、『コイツ、未だ喜びが抜けてないのか……』とエーリヒに呆れられていたのは余談である。
神影とエーリヒの服の腕に書かれている数字とTACネームは、神影が『001』と『Slaughter』、エーリヒが『002』と『Jäger』です。
そして次回、漸くあの少女達が登場します。