第3話~理不尽な状況~
「皆様には、憎き魔王を打ち倒し、国王陛下に掛けられた呪いを解いていただきたいのです」
カミングスの言葉が、このシンとした謁見の間に響いた。
生徒達は戸惑い、カミングスは何を言っているのか、呪いとは何なのかと口々に言い出す。
そんな中、勇人がおずおず手を挙げて口を開いた。
「あの、カミングスさん。いきなり魔王を倒せとか、国王に掛けられた呪いを解けとか言われても、俺達には何が何だかさっぱり分からないんですが………」
「ああ、そうでしたな………これは失礼。私としたことが、つい順序を間違えてしまったようです」
穏やかな笑みを浮かべて、カミングスはそう言った。
「では、説明させていただきます。少々長くなりますが、最後までお聞きください」
そう前置きしてから、カミングスは懐から取り出した世界地図と共に説明を始めた。
その内容は次の通りだ。
この世界、エーデルラントには多種多様な種族が存在しており、ヒューマン族と魔人族、そして残りの種族に分けられ、平和を保っていた。
船や転移魔法による各種族の交流も盛んで、中には異種族での交際・結婚に至るケースもあったとされているのだが、そんな関係は100年前に崩れ、ヒューマン族と魔人族で対立し、種族間戦争が起こったと言う。
その際、ヒューマン族側の幾つかの国々は魔人族に寝返り、ヒューマン族側は、この国を含む幾つかの大国や、残った少数の小国しか無い。
それから数十年続いたこの戦争だが、今は冷戦状態になっていると言う。
そして2年前のある日、突如として魔王を名乗る人物が現れ、国王に"5年の呪い"を掛けたと言うのだ。
これは名前の通り、呪いを掛けられた者の余命を5年にすると言うもので、即ち現段階での国王の余命は、残り3年と言う事になる。
「加えてこの呪いは、呪いを掛けられた者の半径1メートル以内に近づいた者にも同様の効果をもたらすと言う非常に厄介なもので、陛下は現在、自室にて隔離状態にあるのです。王妃様や王女様とも、この2年間顔を合わせておらず、扉越しに会話するのがやっとなのです」
カミングスが説明していると、王妃や2人の王女の表情が曇った。
その様子から、彼女等は本当に2年間、国王と顔を合わせていないのが分かり、生徒達は表情を歪めた。
同じ建物内で暮らしていながら、2年間も家族と顔を合わせる事が出来ないと言う事が何れだけ苦しいのかを考えているのだろう。
「そ、それなら、呪いを解除する方法は…………」
勇人が2つ目の質問をぶつけるが、カミングスが首を横に振った事や、2年間もこの状態が続いていると言う事から、その答えは分かりきったものだった。
それに、専門の魔術師を呼んで呪いの解析をしようにも、近づけばその者も呪われてしまうのでどうにも出来ないと言うのがカミングスの意見だった。
「陛下曰く、この呪いを解く方法はただ1つ。呪いを掛けた張本人である魔王を倒すしか方法は無いのですが、そのためには、種族間戦争で魔人族陣営を打ち倒さなければなりません。おまけに、魔人族は我等ヒューマン族と比べて身体的スペックが高く、とても真っ正面から立ち向かって敵う相手ではありません」
数の差ではヒューマン族が勝っていても、連中は個々のスペックで対抗してくるのだと、カミングスは付け加えた。
「だから、俺達を召喚した……………そう言う事ですか?」
「その通りです」
その質問に、カミングスは小さく頷いた。
「皆様の住んでいた世界は、此方からすると遥かに高位に位置しております。ですので皆様は、例外無く高い身体能力を得ているでしょう」
「(ネット小説じゃお約束の展開だが…………やっぱり勝手だよな)」
カミングスの話を聞きながら、神影は心の中で素直な感想を述べた。
この世界の人間からすれば、種族間戦争や国王の隔離状態と言うのは確かに一大事だろうが、異世界の住人である神影達からすれば、全く関係無い話だ。
つまり自分達は、関係の無い者のために戦場へ赴かなければならないと言う事だ。
その事を悟ったのか、生徒達の中でざわめきが広がる。
種族間戦争への戸惑いや恐怖、そして自分達が勇者である事への驚きなど、様々な感情が含まれていた。
「ふざけないでください!」
そんな中で怒りに満ちた女性の声が響き渡り、生徒達はぎょっとして振り向いた。
彼等の視線の先に居たのは、神影のクラスの担任であるシロナだった。
突然怒鳴ったシロナに生徒達が戸惑っている中、その整った顔を怒りに染めて、シロナはズカズカと足音を立ててカミングスに詰め寄った。
「先程から聞いていれば、結局そちらの都合に私達を巻き込んだだけではありませんか!そちらの国王の事は気の毒ですが、それでも戦争なんて物騒なものに生徒を参加させるなど、教師として見過ごす事は出来ません!今直ぐ元の世界に帰してください!」
まるでマシンガンのように、元の世界に帰らせるよう捲し立てるシロナだが、カミングスは態度を変えずに言った。
「申し訳ありませんが…………現時点で皆様を帰還させる事は不可能です」
「なっ!?」
非情極まりない返答にシロナは言葉を失い、生徒達も目を見開いた。
一方的に未知の世界に連れ去られ、おまけに帰れないと言うのだから、そのショックは大きいだろう。
「ど、どうして無理なのですか!?こうして私達を召喚出来たなら、その逆だって出来る筈でしょう!?」
カミングスの胸倉を掴み、シロナは叫んだ。
「実は、この召喚には1つの制約がありまして、1度召喚した者は、その世界での使命を果たすまで帰還させる事は出来ないのです」
つまりカミングスは、魔王を倒して国王に掛けられた呪いを解かなければ、永遠に元の世界には帰れないと言っているのだ。
「ッ!?そ、そんな…………」
あまりにも滅茶苦茶な言い分に、シロナはヨロヨロと後退り、その場に力無く座り込んでしまった。
「な、なあ、古代…………こう言うのも………ファンタジーでは、よくあるのか……?」
普段はマイペースな幸雄でも、この時ばかりは何時もの調子では居られないらしく、若干青ざめた表情で神影に訊ねた。
「ああ………」
「全く、何て勝手な話なんだ………向こうで勝手に召喚しておきながら、帰らせる事が出来ないとは……」
神影が頷くと、何とも言えない表情を浮かべた太助が眉間を揉み解しながらそう呟いた。
「ふ、ふざけんなよ!アンタ等が勝手に呼び出したんじゃねぇかよ!」
「そうよ!無責任にも程があるわ!」
「そもそも、お前等の世界の事情なんて此方には関係ねぇだろうが!!」
「戦争とか冗談じゃねぇ!さっさと帰しやがれ!!」
自分達が置かれた状況を漸く理解した生徒達からブーイングの嵐が吹き荒れた。
中には恐怖のあまりに友人と抱き合ったり、その場で気絶する者も出始めた。
次から次へと自分達にぶつけられる罵詈雑言の数々に、階段の上に居る王妃達の表情が悲痛に歪み始めた。
いきなり呼び出された上に、此方の要求を満たすまで永久に帰れないと言われた事で気が動転しているのは分かっているが、やはり口汚く罵られれば、王族でも堪えると言うものだろう。
「(さて、もし俺の予想通りに事が進むとしたら………そろそろ、あれが出てくる頃なんだけどな………)」
神影が周囲を見渡した、その時だった。
「皆、落ち着くんだッ!!」
「(ホラ来た)」
神影が予想した通りに流れを持っていく者の声が、謁見の間に響き渡るのだった。