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両頬の花



薄暗い迷宮に、シャンデリアが灯る

キラキラと輝く幾千ものろうそく

乳白色の石の層にとろけた蝋が垂れる


奏者も居ぬのに勝手に鳴るパイプオルガン

いびつな音を紡ぐ

祭壇の美しい花嫁を讃えるために


純白の花嫁衣装を彩るは、敷き詰められた青薔薇

薔薇を踏みしめて仮面の男が歩み寄る。


仮面が覆わぬ唇は、硬く引き結ばれている。

祭壇に滑るように身を下ろして、そっと花嫁を愛でる。

朱に色づく頬のラインをなぞる


「サクラ…」

切なげな苦悶の声を漏らす


そっと身をかがめて唇を重ねる。

花びらに口付けるようにそっと。


ふっくらとした唇を食む。


蝋燭の炎が膨れ上がって弾ける


口付けはより深く深く潜りこむ、貪るように舌を絡める


「……ん」

うっすらと桜の瞼がひらく

途端に意識が収束して覚醒する


「きゃああ!!!」

男の胸を突き飛ばして、転がり落ちる様に男の下から逃れる

ほろほろと零れ落ちる青薔薇の蕾


「こ……ここは?」

桜はほの暗い洞窟を見回す。


『ここは、オペラ座の地下迷宮だよ。悪魔の住まうオペラ座』

仮面の男が歌うように言う


右目上部を舐める様に覆う真っ白な仮面

もう半分は闇の影の中。

男が闇から滑り出る


「あなたは……」

影から現れた姿を確かめて桜は絶句する


仮面では到底隠せぬその美貌

ふっくらとした幼さの残る頰

日の出の最も美しき瞬間を閉じ込めた、赤の瞳


「ユーリ…」

その仮面は書斎にあったものだわ……

悪魔の仮面だったのね


『ユーリではない』

ユーリが笑う。キラキラと瞳から煌めきの滴がこぼれる

無垢な微笑みなはずなのに、背筋が凍る

悪魔的な美しさ


『我の名はジズ。魔王様の眷属が一人。ユーリなどという、人間の名に我の器は収まり切らぬ』

「ジズ……あなたが娘を襲っていたの?」


逃げ場を探しながら問いかける


『いかにも。だがあの娘たちは前菜にすぎぬ。』

桜の視界を遮るジズ。


「ど、どうしてこんな事、するの」

『知れた事、すべては魔王様の覇道への贄。魔王ルーインさまにお前の強大な力とこの国を捧げるのだ。そしてご褒美に踏み踏みしていただくのだ!あんぽんたんのディレイなんかには譲らない』


ふ、踏み踏み!?


「ま、魔王様への生贄なら、ハズレよ、私は何の力もないわ」

『それはそなたの魂が肉体の檻に閉じ込められているから。秘めたる力はこの世界五本の指に入る。』


暗い壁の影へと追い詰められる。

ぷつりと髪を解かれて梳られる。

ジズが真っ白な指が艶めく髪を梳くって香りを楽しむ。冷たい眼光にぞくっとする。


「やめて、触らないで! ユ、ユーリの身体を弄ばないで!」

『人聞きの悪い事を言わないでほしいな。我は主の欲望を満たしてやっているだけ。この者は我と契約したのだ。この者の願いを叶えれば、魂は我のもの』


「願い?」


『それは教えない。表の願いも裏の願いも。』

目を細めてひと際楽しげに笑う。下卑た笑み。


「やめて! ユーリの顔でそんな笑い方しないで!」

『どうしてこの者の本性だとは思わない? 人は誰もが仮面をつけているもの。良識の仮面。偽善の仮面。はぎ取れば皆同じ獣の顔。この者の欲望に火を灯したのはそなたなのに薄情が過ぎるのではないか』


顎を引かれて耳元に囁きを吹き込まれる

意識が蕩けて腰が抜けそうな、悪魔の声


『無垢な純白あればあるこそ、その身から出た炎で真っ黒に煤けてしまう。男の足掻きの怨嗟こそ我が最高の甘美なる贄。そして、無垢な乙女こそ最も業深きもの。罪深き乙女よ。報われぬ雄が嫉妬でお前を呪うほど、お前は罪に染まる』


「な、何をいっているの……!?」


「可憐な娘よ、その可憐さ愚かさは時として罪になる。この世で最も重き罪」

緩慢な仕草で首を摩ってため息をつくジズ


ひょいと掻き抱かれたかとおもうと、祭壇に組み伏されてしまう


「な、何するの!?」


『そなたの純潔を奪う』

当たり前のような返事


「や、やめて……っ、まさか、他の娘にも、ユーリの身体で恐ろしいことを……!?」

『さあ、どうかな』

くくっといかにも楽しげな笑い声


『まあ、声だけでは満足しない情熱的な娘もいたからな、何人か純潔も奪ってやった気もするな。ああ、そういえばこの男も純潔だったな。ははは』


なんて事を!


『いいねえその瞳。今から滅茶苦茶に汚してやると思うとぞくぞく痺れるよ』

ジズが下卑た歓喜に酔いしれて、天を仰ぐ


……が、


『おお………らーらーら、お前の魂は私のものーー!!!!』


え、ええーーーーーーーー!?


歌いだしてしまった


お前も歌うんかーい!


悪役も歌う情熱と音楽の国、おそるべし


そして見事なゴシックオペラだ


へなへなと一気に腰の力が抜けていく

違う、本当に体に力が入らない!!!


『私の歌には催淫作用がある、動けまい』

ジズの高笑いが響く。


嗜虐の笑みを湛えて悪魔の宴は絶頂へ


『さあ歌え、歌って声を捧げるのだ!!!』


「……歌わないわ」


「……??? ……??」


一瞬、理解不能という顔をするジズ。こてんと首をかしげる


『……なぜ歌わない!?』

むしろなぜこの状況で歌うと思うのか!?


「……どうやって私を歌わせるの?」


「……」


「もしかして何も考えてなかった?」


「……この国のものはみんな勝手に歌い出すから、全く考えていなかった。」

いついかなる時でもとにかくみな歌いまくる国民性なのだ。ジズを誰が責められよう。


『ええい、歌わぬというならば啼いてもらおう!!! 私の下で甘く喘げ! 主人の願いも叶う!』

ジズが桜の腰を押し掴んで引き寄せる。のしかかる。

耳元から首筋へと伝う生ぬるい舌。青薔薇の海へと身体が沈んでいく


「やめてユーリ! 正気に戻って!」


『無駄だ。この男は私の誘惑によく耐えたよ、この者の苦悶の何と甘美だったことだろう! だが。そなたが兄と結ばれた途端、コロッと堕ちてきたよ。ははは、国土安泰、兄の幸せこそすべてと口ではいっておきながら、一皮むけば人間こうさ。』


「嫌っ!」

身を捩って抵抗する桜の胸元の法石がほのかに青く灯る


瞬間、手荒く桜の身体が突き飛ばされた


純白のドレスが祭壇から転がり落ちる


「違う! 私の願いは……こんな事じゃない! 逃げるんだサクラ!」

仮面を抑えてユーリが膝をつく


『まだ抗うかこのガキ!』

忌々し気なジズの声が重なる


――サクラ……!!


桜の耳に、微かに声が響く。愛しい人の声

この声は……

ディル!

胸元の法石がひと際熱く煌めいたかと思うと、青い光が迸る。

桜を抱きとめる様に光の塊が包みこむ


光の粒子がこの世で最も愛しい人をかたちどる。青い王子様


「サクラ!!! 無事か!!!」

「ディル!!」

「遅くなって済みません。法石の力を捕らえるのに時間がかかってしまった」


桜はディルの胸に飛び込んだ! 

これ以上ないほどに深く潜り込んで、愛しい人を強く抱きしめる。

強く強く受け止めるディル。胸いっぱいに広がる、安心する香り。


「…! サクラ……」

一瞬、切なげな苦悶を浮かべたのち、ユーリの瞳が淀んで墜ちていく


『それが真実の愛? 笑わせるな』

ふたたびユーリを支配したジズがせせら笑う


ユーリの身がしなる。胸に指を突き立てて抉りだす

真っ白なユーリの胸から黒い刃が生える


『漆黒の刃。嫉妬の炎の刃。この者の業の深さ思い知れ!』


ぱんっ


漆黒の煌めきが千々に砕ける。千のナイフに飛散してディルを襲う


「くっ!!」


『さあ、兄弟で楽しい殺し合いだ! はははは!』

ディルの身体に真っ赤な亀裂が幾筋も走る


「やめて、お願いやめてユーリ!」


『やめる? なぜ? とまるわけない! この男は兄を殺したいほど憎んでいるのだからな!』

二振り目の刃を抽出すると、挑発するように悠然と構えるジズ


『弟の身体は傷つけられまい。くくく!』


キィン!!


カキン!


ギイン!


容赦なく攻めるユーリに、辛くも刃をしのぐ一方のディル。

両者の違いはやがて決定的な瞬間となる


カキィン!


ディルの剣が弾け飛んで宙を舞う

『トドメだっ』


ジズが大きく振りかぶる

思わず桜は目を逸らした


――っ!


耳を襲うはずのディルの悲鳴は上がらなかった


『…ぐああっ!!!』


代わりにジズが悲鳴を漏らす


「……!?」

桜はおそるおそる目を開ける。そこには


滴る鮮血

自ら足を刺し貫いたユーリの姿


「……次は己の心臓を貫いてみせる…!」


『生意気なガキめ!! まだ抵抗するか!!』


「仮面よ! ディル、仮面が悪魔の本体よ!!!」

桜が叫んだ


咄嗟にディルが飛び退って剣を拾う


『小癪な!』


ジズの手のひらに禍々しい漆黒の光弾が収束する

「させるか!」


キィン!!!


ディルの踏み込みがほんの一瞬早かった!


カン カラ カン


仮面が床に回る。遅れて一閃走ったかと思うと、真っ二つに割れる


糸の切れた操り人形のようにユーリが崩れて落ちた


「ユーリ!」


ディルがしっかりと抱き止める


『……愚かな人間どもよ、今回は我の負けを認めよう』


ぼうっ


仮面が青い炎に包まれる


『……だが、これでは終わるまいよ。暗き情念を宿す限り、この者の無垢な魂は、魔に狙われ続けるだろうな……。ははは!』


仮面が灰と化す、その灰も風に吹かれて塵と散る

不気味な高笑いを残して


***


リーンドーン

リーンドーン


青空に桜吹雪が舞う

鐘の音が王都を揺らす

結婚式の鐘


バージンロードに幸せな花嫁たちの笑顔が咲く

花嫁たち

正確にはディルと、ユーリと、51人の花嫁の結婚式


どうしてこうなった




「僕が悪魔に取りつかれていたなんて……」

正気に返ったユーリは、目も当てられないほど呆然自失となった


「僕はなんて取り返しのつかないことを……!! この国を危険にさらし、ましてや乙女たちを汚してしまうなんて!」

じわじわ涙を浮かべるユーリ。ただでさえ真っ白な表情が蒼白だ


快活王とうたわれる王様が笑う

「はっは、気にしすぎなんだよ! みんなお前に気があったんだろう? 王族らしく派手に遊べよ! 何人か孕ませればもっといい。国土安泰だ」


なんとか慰めんと、ばしばし背を叩く。

が、全く効果はない様だ。衝撃に合わせてぽろんぽろん涙が落ちる


「……サクラ、怖い思いをさせて本当にごめん」

「い、いいのよ! 無事だったんだし。それに、悪魔の誘惑は強力なんでしょう? 抗えなくても仕方ないわ」

許してあげないとこの場で自害されそうだ


「……サクラ、貴方には私が悪魔に魅入られた理由を、お話しする責務があります。……だけど今は、今しばらくだけは、心を整理させてくれませんか。……あと、身辺整理も」


ユーリの真っ赤な瞳からまた一粒、ぽろんと大玉の涙が落ちた


***


ユーリはそれはもう見事な土下座周りをした。


なまじ本人は悪くないだけに本当に可哀想だった。


しかし身体をいいようにされてしまった女の子たちにすれば怒るのも無理はない。

突然王国最も結婚したい男ランキング2位の訪問に大騒ぎだ。

姉妹で攫われてしまったお家なんて怒りも2倍


「愛しいユーリ様は私のもの!!!! 大体あんたは処女じゃないでしょうがー!!!」

「私のものよー!!!! あんたこそアバズレのくせにー!!!」


激しく罵り合う姉妹凄まじいキャットファイトが起こる。

あれ? 怒りの矛先が違うような。


止めようもなくオロオロするユーリ。かわいそう


力が強い家系はほとんど貴族の娘さんだったらしく、示談金などで解決せず責任とって結婚という運びとなった。


しかしとんでもねーのはその人数である。


ジズが攫った娘さんは五十人、何とその五十人全員が純潔を汚されたと訴えたのである。


そんなわけねえだろと関係者全員が思ったが、口には出さなかった。


しかも何事にもひたむきに悩んでしまうユーリは真正面から思い詰め、全員を娶ると宣言してしまったのである。


かくして、幸せそうな花嫁たちがキャッキャと列をなして式にのぞむ


50人の花嫁は圧巻である


ユーリが終始真っ赤な瞳を腫らしてうぐうぐ泣いているが、おそらく喜びの涙ではない方の涙だろう。


――悪魔に関われば魂は汚され、人生は滅茶苦茶に


改めてその言葉の恐ろしさを噛みしめる


と、とにかく気が逸れて敵わないが、愛するディルとの結婚式である


若干かなり気おされつつも壇上へとのぼる


収まりきらない花嫁たちに司祭も若干引き気味である


「ええっと、じ、じゃあまず先にディル夫妻よ、あなたは健やかなると」


「誓います!!!」

物凄く食い気味に返事するディル


はやっ!


「そ、それじゃあ誓いのキスを……」


「サクラ、幸せにするよ。」


眩い光の元で、煌めく瞳に射貫かれる

この世で一番美しい青

零れんばかりの笑顔のディルが優しく微笑む

愛し合う二人が唇を重ねようとして


「サクラ、やっぱり僕は諦めないからね。」


くいっと顎を戻される


!?


両頬にキスが咲く


青と白、情熱の炎で挟まれる



この世界の桜は、一年中熱く熱く咲き誇る……らしい



ここまでお読みくださりありがとうございました

ユーリが報われるルートもいつか気力があれば書きたいです

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― 新着の感想 ―
[一言] …つまり『ミュージカル』が普通な演劇となる世界(^^; オペラは演じられる可能性がありますが、会話だけの演劇は…いろんな意味合いでアンダーグラウンド(;'∀') 音痴の人はどうなるのかとちょ…
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