エピソード4 違和感??
「ってかさ、なんか歩き方も上品じゃない? 手を前で重ねて、背筋もピンとしてるし……。お姫様モードって、口調だけじゃなかったんだ!」
いつきは、隣を歩くみずきを見て、面白そうに笑った。
「え? えっと……これが普通の歩き方ではないのでしょうか?」
「いや、普通ではないと思うけど……。まあ、みずきがそれでいいならいっか!」
いつきは深く考えるのをやめたらしい。
二人はそのまま校舎へ入り、階段を上って教室へと向かった。
今日最初の授業は、刑法入門。
九十分間にわたる、大学の講義である。
教室に入ると、そこには大勢の学生がいた。
しかし、教授が講義を始めてしばらくすると、あちらこちらから船を漕ぐ学生が現れ始めた。
うつむいて机に突っ伏す者。
頬杖をつきながら、必死に眠気と戦う者。
中には、開始早々から夢の世界へ旅立っている者もいる。
どうやら、大学生にとって一限の授業とは、勉強する時間であると同時に、睡眠時間でもあるらしい。
隣を見れば、いつきも例外ではなかった。
こくり。
こくり。
まるで振り子のように、頭がゆっくりと前後に揺れている。
そんな中――。
「なるほど……!」
教室に、感嘆の声が響いた。
声の主は、もちろんみずきである。
「刑法というのは、罪を犯した人を罰するための法律なのですね! なんて画期的な仕組みなのでしょう!」
彼女は目を輝かせながら、教授の話に熱心に耳を傾けていた。
「このようなルールがきちんと守られれば、人々は安心して暮らせますし、国全体も豊かになるのではないでしょうか……!」
うんうん、と何度も頷く。
その姿は、講義に対する意欲という点では素晴らしかった。
ただし、周囲の学生が眠そうにしている中で、一人だけ感動しながら講義を聞いているため、逆に目立ってしまっていた。
教授も、ちらりと彼女に視線を向けている。
その隣では、いつきが眠い目をこすっていた。
「……ねえ、みずき」
「はい? なんでしょう!」
「ほんっと、今日どうしたの? いつも授業なんて、まともに聞いてないじゃん……」
「えっ!?」
みずきは驚いたように目を見開いた。
「こんなに有意義な授業がありますのに!? 眠ってしまうなんて、もったいないです!」
「いや、声が大きいって……!」
いつきは慌ててみずきの袖を引っ張った。
しかし、当のみずきは何が問題なのか分かっていない様子だった。
こうして、周囲の学生たちが眠気と戦う中、みずきだけは最後まで真剣に講義を聞き続けた。
そして――。
キーンコーンカーンコーン。
九十分間の講義が終わった。
「……はあぁぁ。やっと終わったぁ……」
いつきは大きく伸びをした。
一方のみずきはというと。
「はあ……! 素晴らしい時間でしたね!」
満足げな笑顔を浮かべていた。
まるで、人生を変えるほどの講義を受けたかのような表情である。
「いや、ほんとに何なの、今日のみずき……」
いつきは呆れたように笑った。
* * *
「さてと、みずき。今日って、もう授業ないよね?」
「え? ええ、そうなのですか?」
「……自分の時間割くらい把握しときなよ!」
いつきは苦笑しながら、スマートフォンを取り出した。
「まあ、いいや! まだ十一時前だし、食堂でお昼ご飯でも食べない?」
「食堂……?」
みずきの表情がぱっと明るくなった。
「食堂があるのですか!?」
「うん。大学なんだから、あるでしょ?」
「ぜひ、行きたいです!」
勢いよく返事をするみずきに、いつきは思わず吹き出した。
「はいはい、じゃあ行こっか!」
大学の食堂は、昼休みになると学生たちで混雑する。
そのため、少し早めのこの時間帯は、比較的空いている穴場なのだった。
* * *
食堂に到着すると、みずきは目を丸くした。
そこには、さまざまな料理が並んでいた。
白いご飯に、焼き魚、揚げ物、煮物。
さらに、温かそうな汁物や、色とりどりのおかずまである。
学生たちは自分の好きな料理を選び、トレーに載せてレジへと向かっていた。
「まあ……! こんなにたくさんのお料理が!」
みずきは感嘆の声を漏らした。
そのときだった。
ジュウウウウッ!
「ひいいっ!?」
突然聞こえた音に、みずきは飛び上がった。
音のした方を見ると、厨房では食堂のおばちゃんが、鉄板の上でハンバーグを焼いていた。
立ち上る湯気。
肉の焼ける香ばしい匂い。
そして、鉄板の下で揺れる炎。
「ひ、火が……!」
みずきは青ざめた。
「ちょっと、みずき!?」
いつきが驚いて振り返る。
「どうしたの!? ハンバーグに何か問題でもある!?」
「い、いえ! あの、火が……!」
「火?」
いつきは厨房に目を向けた。
「ああ、あれ? 料理してるだけだよ?」
「……りょうり?」
みずきは、まだ不安そうに厨房を見つめていた。
しかし、食堂のおばちゃんは慣れた手つきでハンバーグをひっくり返している。
周囲の学生たちも、誰一人として騒いでいない。
どうやら、この世界では火を使って料理をすることが当たり前らしい。
「……な、なるほど。そうなのですね!」
みずきは、何とか平静を取り戻した。
「ほらほら、早く選ぼうよ! お腹すいたし!」
「は、はい!」
いつきに促され、みずきは料理を選び始めた。
いつきは、肉うどんとちくわの天ぷら。
一方のみずきは、白いご飯に生姜焼き、そして味噌汁を選んだ。
トレーの上に並んだ料理を見て、みずきは満足そうに頷いた。
「お米と、お肉を焼いたお料理……。こちらは分かりますが、このお汁は何なのでしょう?」
彼女は味噌汁をじっと見つめた。
茶色い液体の中に、豆腐やわかめが浮かんでいる。
見た目は不思議だが、嫌な感じはしない。
「……ものは試し、ですね! 食わず嫌いはいけません!」
みずきは決意を固めたように頷いた。
そして、二人はレジへ向かった。
いつきが学生証を取り出し、機械にかざす。
ピッ。
「はい、お支払い完了!」
「……えっ?」
みずきは目を見開いた。
お金を渡していないのに、支払いが終わったらしい。
「い、いつきさん! 今、何が起きたのですか!?」
「何って、学生証で払っただけだけど?」
「学生証で……!?」
みずきは、自分の鞄に目を向けた。
そこには、いつきが言っていた学生証がぶら下がっている。
「そ、それを使えば、お料理がいただけるのですか……!」
「いや、昨日もそれで買ったでしょ!?」
「き、昨日……?」
みずきは固まった。
どうやら、昨日の自分が何をしていたのかも、さっぱり分からないらしい。
「……まあ、いいや。ほら、席取ろ!」
いつきは、みずきのトレーを見ながら空いている席を探した。
そして、二人は窓際の席に腰を下ろした。
* * *
「いただきます!」
いつきが手を合わせる。
みずきも、それを真似して両手を合わせた。
「い、いただきます……!」
まずは、白いご飯。
次に、生姜焼き。
どちらも、見た目からしておいしそうだ。
みずきは一口食べると、ぱっと顔を輝かせた。
「おいしい……!」
思わず、声が漏れる。
そして、今度は味噌汁に口をつけた。
「……!」
みずきの目が、さらに大きく開かれた。
「おいしいです! このお汁、とってもおいしいです!」
どうやら、すっかり気に入ったらしい。
何度も味噌汁を口に運んでは、幸せそうに微笑んでいる。
その様子を見て、いつきは苦笑した。
「……ほんと、今日のみずきをみんなに見せてあげたいわ」
「え? どうしてですか?」
「だって、いつものみずきなら、こんなに楽しそうにご飯食べないもん」
「そうなのですか……?」
みずきは首を傾げた。
自分では、いつもどおりにしているつもりなのだが。
けれど、いつきがそう言うのなら、きっとそうなのだろう。
みずきは少しだけ考えたあと、にっこりと笑った。
「でも、おいしいものを食べると、幸せな気持ちになりますよね!」
「……まあ、それはそうだけどさ」
いつきは、思わず笑みをこぼした。
そうして、二人は食事を楽しんだ。
やがて、トレーの上の料理がすべてなくなった。
「ふう……! ごちそうさまでした!」
みずきは満足そうに手を合わせた。
「さてと!」
いつきは立ち上がると、スマートフォンを確認した。
「このあと、どうする? サークル行く? たぶん、昼間も活動してると思うけど」
「……さーくる?」
みずきは、きょとんとした顔で首を傾げた。
「それは……いったい、何なのでしょうか?」
修正版 再投稿です!




