第24章 偏った愛国心
「ドラコーン王国行きの客船のチケットはすでに君の分も用意してある。
男爵家の貨物船の方には、僕の方で断りの連絡をしておくよ。
あっ、でも君からも一筆認めてくれると助かるな。
式が終わるころに迎えに行くから、誰かから声を掛けられてもそれに応じないでまっすぐ学園の外に出てきてね。
友人への挨拶はもう済ませているのだろう? キース様やグロリア夫人にも」
ギフティーが自分の交友関係を把握していることにリーチェは目を見張った。
そうしてようやく全てを理解したのだ。
自分をずっと思っていたという割には手紙をくれなかった理由を。
自分の嘘だらけの手紙などなくても、彼はこちらの情報を入手する術を持っていたのだろうと。
少し考えればわかることだった。マランディア侯爵令息のキースは、ギフティーの従姉妹マリアンの婚約者なのだから。
部屋のドアを施錠し、その鍵を大家さんに返却してアパートメントから出ると、門の前に馬車がずらっと停まっているのが目に入った。
学生アパートメントの道を挟んだ反対側にはアルペティア王国の王立学園がある。今日は卒業式が行われるために、卒業生を乗せた馬車が道の端に次々と停車させていたのだ。
ギフティーは一番近くに停まっていた馬車に近付いて声をかけると、扉が開いてオーウェン子爵家の護衛のマートン卿が姿を現した。
「ご無沙汰しております、お元気そうでなによりです、リーチェ様。この度は卒業おめでとうございます。
そのご様子ですと、お二人揃ってご帰国されるのですね。良かったです。奥様も喜ばれるでしょう。両家の使用人達も」
「こちらこそご無沙汰しております、マートン卿。お会いできて嬉しいです」
懐かしい顔を見て、リーチェは破顔した。
彼にはギフティー共々子供のころからよく面倒を見てもらっていた。
彼女にとっては少し年の離れた兄のような存在で、滅多に会えない実の兄よりよっぽど身近な存在と言えた。
彼への贈り物も、あの木箱の中にちゃんと納められてあった。
それは、蚤の市で見つけたファルシオンと呼ばれる短剣だった。
正式な騎士である彼には失礼かとも思ったが、デザインが珍しく、私的な場面で持ち歩くには使い勝手がいいのではないか、と感じて選んだ物だった。
その剣が、とある名匠が作った唯一のファルシオンだとその数年後にわかるのだが、そのときのリーチェが知る由もなかった。
そう。彼女はこの二年間、勉強にキースの手伝いと忙しく過ごしていた。
そしてたまの休みにはあちらこちらの市に出かけては、掘り出し物を見つけては躊躇わずに購入していたのだ。
いずれそれをギフティーや、お世話になった人への贈り物にしようと考えていたからだった。
しかし彼女は、自分が購入したそれらの品々が、ある人物に狙われていたということに全く気付いていなかった。
彼女が依頼した運送業者が、そのある人物と関係していたということも。
三か月ほど前、一人の大学生がニーチェが例の金印を見つけたという事実を知った。
しかもその人物は、その後彼女の持つ能力に気付いてしまった。
そこで彼は、とある人物を使って彼女の行動を見張るようになった。
そしてその者から買い物の報告を聞く度に、このままアルペティア王国の宝を持ち出されては堪らない、と焦るような気持ちになっていった。
どうすればそれを防ぐことができるか。と悩んだ末に、自分が彼女と結婚すればいいという結論に彼は達したのだ。
身分違いだが、一族のどこかに養子縁組でもしてもらえばいいのだと考え、そのことを母親に相談した。
自分の母親が彼女を実の娘のように思っていることを知っていた彼は、反対されることはないと信じていた。
ところが、母親からはにべもなく却下されてしまった。
「ええ。貴方の言う通り、私は彼女を実の娘のように思っています。
だからこそ、貴方のように打算的な考えで結婚しようとする者に嫁がせたくありません」
「打算的って……
私はただ、国の文化財を守りたいと思っているだけです」
「何が文化財を守りたいですか。貴方はこの国の経済活動を止めたいのですか?
リーチェ嬢はただこの国で正規な方法で買い物をしているだけですよ。
そもそも彼女が見出さなければ、今後も二束三文で売り買いされるだけの品なのよ。
それなのに、彼女に買い物をさせないために結婚して、家の中に閉じ込めようというの?
それとも国のためというのはただの建前で、彼女に目利きでもさせて金をもうけるつもりなの?」
母親の辛辣な言葉に息子は喫驚した。
「なんてことをおっしゃるのですか!
私は私利私欲で言っているわけではありません。この国の文化、伝統のために歴史的価値のある物を守りたいだけです」
「本当に文化財を守りたいのならもっと勉強して審美眼を養い、貴方自身が彼女より先に貴重な品を見つけることね。
でも、書物を読んで、ただ高級店を回っているだけでは文化財は発見できないわよ。
彼女のように現地に実際に足を運んで土を掘り起こしたり、雑踏の中でもみくちゃになりながら、蚤の市で大量の商品を手にしてみないとね。
そんな努力もしないで、他人から奪おうとするならそれはただの盗賊よ」
母親の言葉に大きな衝撃を受けた息子は、へなへなとソファに沈み込んだ。そして自己嫌悪に陥った
しかしそのやり取りを目にした護衛の男が、憎々しげに公爵夫人を睨みつけていたことに、彼女は気が付かなかった。
彼は元々公爵令息付の護衛だった。それなのに、夫人の命令で他国の男爵令嬢の護衛をするように命じられて、内心快く思っていなかったのだ。
王家の血を引く高貴で優秀な公爵令息の護衛をすることは彼の誇りだった。
それなのに、他国の男爵令嬢ごときの護衛をさせられるなんて、彼のプライドが傷付いたのだ。
しかしこの後、夫人が息子に囁いた言葉をもしも耳にしていたら、おそらく愚かな行為をすることはなかっただろう。
「リーチェ=プレセント男爵令嬢の保護は、ドラコーン王国の王家からの直々に我が国が依頼されたことなのよ。
そして、我が公爵家が王家からそれを一任されたの。意味は分かるでしょう? 貴方がしようとしたことがどういうことか」
令息はガタガタと震え出した。
母があんな男爵令嬢を大切にしているのは、このアルペティア王国よりも、母国のドラコーン王国のことを愛しているからなのだと思っていた。
マランディア侯爵令息キースとも懇意にしていたし。
しかし、むしろこの国のために二人を援助していたのだということをようやく理解したのだ。
この国の起源の地は一体どこだったのか。その論争は昔からずっと続いていて、それにより国が二分する騒ぎになることもしばしばあったのだ。
国の団結力を強めるためにも、それを決着させることが国としての悲願だった。
これまでも多くの予算が組まれて、多くの歴史学者が各地で発掘調査を行ってきたが、これまで一向に判明しなかったのだ。
プレセント男爵令嬢がこの国に留学してきたのは偶然だった。
しかし彼女の能力を知るドラコーン王国のおそらく王家に近しい者が、この国の王家に提案したのだろう。
彼女には優れた審美眼がある。遺跡調査にでも参加させれば、何か貴重な発見をするかもしれないと。
ただし、もしそうなれば、彼女の力を利用しようとする者から狙われる恐れも出てくるだろう。
それゆえに、彼女の成果は明かさないで欲しい。そしてきちんと護衛を付けて守って欲しいと。
彼女に何かあったら国際問題になる。いやそれだけでなく、国の長年の課題を解決してくれた恩人に対して仇をなす行為となる。
目先のことに囚われて、感謝の気持ちを忘れていたと、彼は恥じ入った。
深く反省した彼はその護衛に対して、これまで通りしっかり彼女を護衛するようにと言い付けたのだ。
しかしその護衛は、彼女の能力とその成果については教えられていなかった。
そのためにリーチェのことは、自国の財産を安く買い叩いて他国に持ち出す憎むべき相手として映ったままだった。
だからこそ、彼女が母国へ持ち帰ろうとしていた荷物を奪還する行為は、自国のためだと信じて疑っていなかったのだ。




