第21章 再会
この章で、冒頭の時系列に戻ります。
「ずいぶんとはっきり言うね。もっともこちらは文句の言える立場ではないけれど。
あの叔父が浪費したその国民の血税を、君が取り返してくれたんだからね。
本当にいいのかい? あの絵を叔父に売って手に入れた売り上げを国に納めても。
大金だよ?」
「そもそも泡銭ではありませんか。ただで頂いた絵なのですから。
ただし損するのは嫌ですから、所得税分は引いておきますよ」
「当然だよ、それは。税制上徴収しないわけにはいかないんだから。
話は戻るが、叔父一家は、王太后殿下の個人資産である南方にある別荘地へ軟禁することになったよ。
あそこなら贅沢しなければ自給自足で暮らしていけるからね。自由になるお金が欲しければ無い知恵を絞ってどうにかするだろう」
「税金を使わず、これ以上人に迷惑をかけないのなら、文句はありません。
ああ、できれば陛下と王太后殿下に、彼らに贈り物をするなら、医薬品と書物だけにするようと、アンディス殿下から提案していただきたいのですが」
「もちろんだ。私もそのつもりだ。
甘いかもしれないが、まだ一欠片くらい再生の可能性があると信じたいから、それくらいは認めてあげないとね。
向こうがそれを喜ぶかどうかは分からないけれど」
二人はそこまで話し終えると、ゆっくりとお茶を飲んだ。
アルペティア産の高級茶葉で淹れたそれは、渋味があって素朴で奥深さを感じさせた。
なにせ彼の国は半年ほど前に見つかった金印によって、長い間続けられてきたという、建国の地はどこかという論争がようやく終焉したのだ。
そして王都だとようやく承認された地で古代から栽培されきたお茶が、国の最古のお茶として認定されたのだ。
古い歴史を持つアルペティア王国では、古代王都の話と共に、その古代茶を飲むことがブームになっているらしい。
「それと、そのエマーソン子爵からの礼は受け取ってやってくれ。
子爵夫人と、子爵の元婚約者である伯爵夫人から、君の母上への感謝の気持ちも込められているらしいからな。
私も違うデザインの品を頂いている。
かなり上等な品で、これまで目にしたことがないと思うよ。
相手方は母上達に息子しかいないことを知っていて、それならば嫁いで来られる方に身に着けてもらえたら嬉しい、と言っていたそうだ。
それね、伯爵夫人の領地で生産された最高級の絹糸を使って、子爵領で編まれたベールなんだよ。かなり繊細な刺繍が入っていて、上品でとても美しい。
私の婚約者は涙をこぼして感激していたよ。おそらく君の大切な女性も気に入ってくれるのではないかな。
君から手渡してやれ」
「殿下……」
「早く迎えに行けよ。
彼女、アルペティア王国で大活躍しているそうじゃないか。
このお茶と共に母上の元に届いたグロリア夫人からの手紙に、彼女の成果が色々と綴られてあったそうだ。
彼女の手柄は今のところはまだ王家には隠せているが、それも時間の問題だろうと。
それにまずいことに、夫人の息子である公爵令息がそれに勘付いて、彼女に興味を持ち始めてしまったと」
王太子のこの言葉に、いつもの人形のように薄い微笑みを浮かべていたギフティーの顔が一変した。
せっかくアレン王弟からの愛人要請を退けたのに、再び他国の王家や公爵家から面倒な話を持ち掛けられたりでもしたら堪らない。
厳しい表情をしたまま深々と一礼すると、彼は足早に執務室から出て行った。
そんな親友を見送った後、王太子はこう独りごちた。
「たとえ相手が誰であろうと、我が国の大切な宝には絶対に手を出させない。
彼女を失えばもう一つの至宝まで無くすことになるのだからね。
ポーラ嬢も親友を他国の人間に奪われやしないかと、やきもきしているし。
それにしても、何百年も続けられてきた論争が、一人の令嬢が拾い上げた石ころのようなに遺物によって決着したなんて、全く信じ難い話だよ。
そんな稀有な人物だというのに、本人に全く自覚がないのだから困るよなあ。
ギフティーも苦労が絶えないね」
と。
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「さすがに朝の六時では、まだ食事の準備はしていないだろう?
ホテルに頼んで朝食を準備してもらったんだ。一緒に食べよう。
リーチェの好きなサンドイッチだよ。搾りたてのオレンジジュースもあるし」
ギフティーはテーブルの上にバスケットと水筒を乗せた。
二年ぶりに会った幼なじみ同士は立ったまま見つめ合った。視線の交わる角度が以前とは全然違っていることに二人とも戸惑った。
しかし、彼はフワッと微笑んで
「ますます可愛くなったね」
と言ったので、リーチェは真っ赤になってつい反射的に
「私が縮んだとでも言いたいの?」
と可愛くないことを口にしてしまった。
「僕が大きくなっただけさ。君より頭一つ分。
背だけでなく体力もついたから、いつでも君をお姫様抱っこできるよ。
君が悪い奴らに追われたら、僕が抱っこして逃げてあげるね」
ギフティーはそう言うと、リーチェをギュッと抱きしめた。
幼いころから、庭で珍しい生き物や植物を見つけると、感動してよく抱き合っていた。その度にすぐ様メイド達に叱られて引き離されていたけれど。
そのときとは全く違った力強い抱擁だった。彼が成人した立派な男性なのだということをまざまざと感じて、彼女の体温が急上昇した。
心臓が壊れるのではないかと心配になるくらい、胸の鼓動が速くなった。
しかしそれが彼の鼓動とシンクロしていることに気付き、自分と同じように感じてくれていることが分かり、さらにドキドキが増した。
「好きだよ、リーチェ。ずっと会いたくて堪らなかった。離れていて寂しかったし悲しかったよ。
君は僕がいなくてもこの二年平気だったの?」
ギフティーの声が震えていた。彼はいつも冷静で感情を露わにしたのは、初めて会ったときと、二年前の別れるきっかけになったときくらいだったのに。
(平気だったわけないじゃない。毎日泣きたくて堪らなかったし、忘れようと努力したのに一日だって忘れたことなんてなかったわ。
貴方も私と同じく感情を乱し、苦しい思いをしてきたの? 本当に? 何事にも動じない貴方が?)
「ねぇ答えて。平気だったの?」
「平気だったわけがないじゃない。私も毎日貴方を思って辛かったに決まっているでしょう」
「嘘だ。手紙をくれたのだって一度きりじゃないか!
『愛してる。ずっと待っている』と手紙を出したのに、返事をくれなかったじゃないか!」
(それ以降貴方だって手紙をくれなかったくせに)
一瞬リーチェはそう思ったが、そもそも勝手に消えた挙げ句に居場所さえ教えなかったのだから、自分が一方的に悪かったのだ。
しかも今日、卒業したら母国に帰国せずに、この国からも去ろうとしていた。
いやそれどころか、ついさっきまで死んだことにしようとしていたのだ。
それを実行していたら、彼はどうなっていたのだろう。
この二年、離れていて寂しかったし悲しかったと、ギフティーは今辛そうにそう語っているというのに。
自分が大きな過ちを犯そうとしていたことに初めて気付いたリーチェは、体を大きく震わせたのだった。




