第10章 従姉妹の告白
ギフティーが学園の入学する数か月前のある日のこと。
モンテル伯爵令嬢のマリアンが先触れ無しでオーウェン子爵家にやって来た。
本来ならいくら親戚だとしても、突然の訪問は失礼な行為だ。
しかし、彼女の場合は幼いころからそれが許されていた。
というのも、母親のいないときを狙って家を出るので、前もって予定を立てられないという事情があったからだ。
プチデビュー以降は、母親から何か言われることはなくなったのだが、前もってオーウェン家へ行くというと、むしろ自分も一緒に行きたいという素振りを見せ始めたのだ。
母親の下心が見えて、それが嫌だったので、彼女は相変わらず突然やって来るのだ。
「リーチェなら今日は来ないよ」
「知っているわ。ご両親が久し振りに帰っていらっしゃるのでしょう?
オペラを観に行くのだと昨日嬉しそうに話していたもの」
ギフティーの従姉妹のマリアンは一つ年上で、リーチェとは学園の同じクラスで、親友同士だった。
「それが分かっていて何をしに来たんだ?」
「貴方と話をするためよ」
「話ってリーチェのことか?」
「それ以外に何があると思うの?」
ギフティーとマリアンはリーチェを取り合うライバルだった。
彼女が学園に入学するまではどこへ行くにもギフティーと一緒だったのに、近頃は彼抜きでマリアンやラドナー侯爵令嬢のポーラと出かけることも多くなっていたからだ。
あのアイリス王女のプチデビューパーティーのとき、三人は同じ年ということもあって話があったらしい。
しかし、オーウェン子爵家のプチパーティーに招待されたとき、ニーチェを見た二人は驚いて固まっていた。前回会った時とはまるでイメージが違ったからだ。
驚いている二人のご令嬢に向かって、ギフティーはこう言った。
「この派手派手ゴージャスなドレスはニーチェの好みじゃないよ。
どちらかというと、この前のドレスの方が好きだと思う。まあ彼女の一番好きな格好は、僕の……」
「わあ〜!」
「僕のお下がりの服」とい言いかけたギフティーの口を、ニーチェは慌てて手で塞いだ。
そう。彼女は彼のお古のパンツスタイルが一番好きだった。木登りや花壇の手入れをするときに動きやすいからだ。
「彼女のご両親が、いつも仕事ばかりで一緒にいてやれないからと、とにかく高価なドレスばかりを送ってくるんだ。しかもお二人の趣味なのか、どれも派手なものばかり。
でも、リーチェは優しいから文句を言えずにいるんだよね。
まあ、普段我が家に来るときはいつもシンプルな服装なのだけど、今日はお茶会だからこれを着てきたみたいだ」
リーチェはこくこくと頷いた。
(前回これを着てこなくて良かったわね。アイリス王女と丸被りだったもの)
心の中でそう思ったマリアンとポーラだった。
その日以来、彼女達は意気投合してすっかり仲が良くなった。
三人ともそれぞれタイプは違ったが、皆頭が良く、物事に対する価値観が似ていたからだろうとギフティーは思った。
本人は気付いていなかったが、ギフティーはマリアンとポーラに嫉妬していた。
もっとも、リーチェの素顔を知っているのは自分だけだという優越感も持っていたが。
それに従姉妹の本性も知っていたので、いざとなったらそれをバラすと脅してやろうと密かに考えていた。
まあ、それはお互い様だということはわかってはいたので、その手を使う可能性が限りなく低いと分かってはいた。
そう。二人は思考がよく似た従兄弟同士だったのだ。
それ故に余計苦手意識が強かった。いわゆる同属嫌悪というものだ。
「近ごろリーチェがとてもモテるのよ」
「そりゃあ学園の二大薔薇姫の側にいれば目立つだろう、野薔薇のリーチェも」
「何それ?」
「ポーラ嬢が白薔薇でマリアンが赤色の薔薇。因みにアイリス王女は光り輝く金色の薔薇で、眩し過ぎて見るのを避けられているって言われているそうだよ」
「初めて聞いたわ、そんなこと。
でも、野薔薇だなんて、リーチェを馬鹿にしているの?」
「なぜそう思うの? 僕は野薔薇を薔薇より下になんて見ていないよ。
むしろ厳しい環境にも耐えて可憐な可愛い花を咲かせる花を、僕は何よりも素晴らしいと思っているし、愛しいと感じているけれど」
「貴方のそういう物言いが嫌いよ」
「嫌いと言いながらもいつも僕に会いに来るよね、昔から。
知っているよ。家で嫌なことがある度にここに来るのは、母様目的じゃなくて僕目当てだったことくらい。
ほら、眉間にしわを寄せて不機嫌そうな顔をしている。その顔ができるのが僕の前だけだからでしょ」
図星を指されて、マリアンはさらに眉間のしわを深くした。
「王家からの打診を断ったのも、仮面を被り続ける自信がなかったからだろう?」
「まあ、それも一因ではあったわ」
「えっ? 他にも理由があったの?」
「あるわ。最初から疑問に思っていたのよ。
王家と宰相の縁が結ばれたらパワーバランスが崩れるでしょ。
伯爵家の我が家ばかりが力を付けたら、他の侯爵家や公爵家からよく思われないに決まっているのだから。
それをお父様に問いただしたら、宰相になるのを辞退するから問題ないって言ったのよ。
自分が宰相になるより、将来私が王妃になった方が国のためになるからって」
珍しく、マリアンは泣きそうな顔をしてそう言った。
しかし、ギフティーはどんなときもやはりギフティーだった。
「たしかにそれは正論だね」
「なんてことを言うの! 伯父に向かって失礼でしょ。
昔はともかく、このところのお父様は過去を反省して、真摯に国のことを考えて仕事をしてきたのよ」
「まあ、それは知っている。子供の僕のところまで意見を聞きに来て、ちゃんと耳を傾けてくれるしね。
ずいぶん変わったと母様も驚いていたよ」
「人は誰でも過ちを犯すわ。でも人の真価って、その失敗をどう生かすかだと思うの。だから、今のお父様なら良い宰相になれると思うの」
「君はそれでいいの? 王太子殿下を慕っていたのでしょ?」
「私は叔母様によく似ていると言われているでしょ?
自分を殺して頑張り続けるのは無理だと思うの」
「母様とじゃ比較にならないでしょ。母様の相手はあの王弟だったんだよ。
あんなのと比較されたらアンディス殿下が気の毒だよ」
「ふふっ、たしかにそうかもね。
王太子殿下は本当に素晴らしい方よ。きっと立派な国王になられると思うわ。
だからこそ、年下の偏屈従兄弟の前でしか素直になれないような私では、たとえ王妃としての執務はこなせても、妻としては殿下の心を癒せないと思うの。
やっぱり鉄の仮面を被った私より、自然に笑えるポーラのような女性の方が妃として向いているわ」
「……そうか」
思うところはあったが、ギフティーは余計なことは言わず、二つのティーカップに手ずから紅茶のお代わりを注いだ。
そして暫く静かにお茶を飲んだ後、マリアンは思い出したようにニコッと笑ってこう言った。
「それでね、先日別の縁談の話がきたの」
「今度は誰?」
「マランディア侯爵令息よ」
ギフティーが目を見開いた。そして露骨に嫌な顔をしたのだった。
この話の中でプチデビューという言葉が出てきますが、本格的なデビュー前に、子供達が他所の家のホームパーティーに初めて参加することを指します。
それはこの小説の中だけで使われている言葉で、正式名称ではありません。




