ブルーライトニング 改訂版 第76章
玲子たちが帰ると、敷島は夕食を用意して待っていた。
「おお、お帰り」敷島が声をかける。二人は部屋着に着替え、テーブルについた。
「お帰りなさい。レナはどうだった?」との上原の問いに
「ソレイユとして、すごくなじんでいたわ」と玲子が答える。
ふっと上原が笑みを浮かべる。
「それなら良かった」
「さあ、食べよう」敷島が促す。炊きたてのご飯、肉と野菜を煮込んだポトフ、ほうれん草とキノコのソテーが並んでいた。
「おいしい」玲子がポトフを口にして言う。
「そうか、よかった」敷島が満足げに返す。
「私もこのメニューが好きだわ」上原も賛同する。彼女は特に煮込み料理が好きだった。
(伯父さんと小母さんがポトフ好きだから作ったのかな)と玲子は思った。実際は鍋一つで済むからという理由だったが、玲子は知るよしもない。
「レナはソレイユの代わりになれそう?」上原が話題を振る。
「うん、私と瑞穂、マルス以外は気づいていないみたい。あまり素のソレイユと会ったことがないから、違和感がないんでしょう」と玲子が答える。
「あら、玲子から見ると違和感があるの?」
玲子は箸を止め、天井を見上げた。
「うーん、うまく説明できないけど、ソレイユってレナほど明るいイメージじゃないの。瑞穂はどう思ったか分からないけど」
マルスが口を挟む。
「ぼくはソレイユらしいと思ったけど、お姉ちゃんは違うんだ」
「マルスがそう言うなら、私の気のせいかな」玲子は微笑む。
上原が補足する。
「玲子はソレイユと二人きりで話すことが多かったからよ。ソレイユにも表向きの顔と、玲子にだけ見せる素の顔があったはず。マルスだってそうでしょ。玲子には甘えるけど、他の人には違う」
「そうか」
玲子は腑に落ちたようにマルスの頭を撫でる。
「学校では、マルスもちょっと違う雰囲気だったものね」
玲子にとってソレイユはどこか物憂げな印象だった。今日の明るさとは少し違う。だが、先日のダグラス家のパーティではその物憂げさは見られなかったことに気づく。
「そうなんだ」と玲子は納得する。
「今日、ソレイユモデルとマーサモデルの話が出たけど、そんな構想があるの?」
「あら、そんな話も出たの。そう、問い合わせが多くてね。標準モデルをベースにソレイユやマーサのそっくりさんを作る計画なの」と上原が答えた。
「さすがにJ-8やJ-9ベースじゃないけどな」と敷島が添える。
先進技術適用試作体シリーズのJナンバー、J-8はルーナやレナの設計ベース、J-9はマルスのベースだ。つまり彼らは最新技術を詰め込んだアンドロイドである。
「ただ、標準モデルでもソレイユくらいの性能はある」と敷島が付け加える。
「それほどの能力が必要なの?」と玲子が疑問を口にする。
「性能を落とす必要はないし、対人制圧ではソレイユ並みの力がないと危険だ。護衛対象を守り切れない可能性がある」
敷島の説明に玲子は納得した。
「そうか、護衛任務を期待されているのね」
「そういうことだ。ただ、そこにいるだけの用途じゃない」
「そういうことなら、私は贅沢ね。マルスみたいな高性能アンドロイドがそばにいるんだもの」玲子が笑顔を見せる。 途端に敷島の笑みが消える。上原が代わりに答えた。
「そうね、玲子は贅沢かも。でも、マルスも玲子を好きになったの。そばにいるのはマルス自身のためでもあるのよ」
玲子は敷島の変化に気づかない。敷島は感情の起伏が少なく、玲子には分からないほどの差だった。マルスも同様だ。
「ぼくはお姉ちゃんのそばにいられて幸せだよ」
「私もよ」
二人は笑顔を交わす。敷島の沈黙を、上原だけが意識していた。
玲子とマルスが風呂に入っている間、敷島は上原に提案した。
「なあ上原君、玲子に新しい弟を作ってくれないか。私がリース契約する」
上原は意図を察し、素直に受けた。
「いいですよ。玲子も喜ぶでしょう」
「君は玲子が喜ぶならそれでいいのか」
「ええ。マルスのことも玲子が喜んでいるから、それでいいんです」
敷島はマルスを玲子が可愛がることを快く思っていなかった。軍事用である以上、破壊される危険がある。そんなことになれば玲子は深く傷つく。敷島はそれを避けたかった。
「君はマルスが戦闘で失われることを恐れていないのか」
上原はため息をつく。
「もちろん、玲子の気持ちを考えると怖いです。でも、玲子はマルスを愛しています。いまさら引き離せません。もしものことを考えれば、もう一人弟がいた方がいい。だから敷島さんの提案を受けます」
敷島はとりあえず満足するしかなかった。上原は具体案を示す。
「標準モデルに少し手を加えます。玲子とマルスを見ていて思いついたことがあるので、試作モデルとして会社に届けて製作します」
「じゃあ、それで頼む」
上原は敷島の心配を理解していた。
「父親は甘い」と言ったアリスの言葉が頭をよぎるが、新しい弟を作ることにアリスも反対はしないだろう。むしろ、上原にとっては新しいアイデアを実現できる場ができたことが喜びだった。




