ブルーライトニング 改訂版 第73章
玲子が帰ると、上原が居間でのんびりくつろいでいた。
「お帰り、玲子」
「おばさん、帰ってたの?」
「ええ、昼前にね。時差ぼけがつらくて休んでたの」
敷島と上原は、フォルテシティのローウェルインダストリーに長期出張に行っていた。
「おじさんは?」
「仕事してる。敷島さんはタフね、ほんと尊敬するわ」
上原は肩をすくめてみせた。
「残業しないで帰ってくるかしら」
「帰ってくるわよ。玲子の顔も早く見たいって言ってたから」
「じゃあ、私、夕食の買い出しに行ってくる」
居間を出て行こうとする玲子を、上原がとどめた。
「デリバリーを頼んでおいたわ。玲子とも話したいから、座って。ロビー、アイスティーを二つお願い」
「かしこまりました」
玲子はソファーに腰を下ろしながらたずねた。
「話って何?」
「いろいろ大変だったわね……それに今日も……」
玲子は首を振った。
「今日は私、何もしてないわ」
「ライトニングが真っ先に出撃したって聞いたわ。玲子を守りたかったんでしょうね」
「なんか、一方的にやっつけたみたいだけど」
「人間がファントムのロボットに敵うもんですか。でもロケット砲まで使ったんでしょ? 被害がなくて、本当に良かったわ」
玲子は、ほっとしたように笑みを浮かべた。
「危険物の片付けが終わってから、子供達がロボットに会いたいって言ったので、ゼム達が残って子供達の相手をしていたの。子供達に囲まれて、ゼムったらちょっと戸惑っていたみたいだけど」
「戸惑っているって、どうしてわかったの?」
「なんとなく……動きがぎこちなかったから」
お茶を運んできたロビーが、会話に入ってきた。
「ゼムは確かに戸惑っていたようです。ただ、子供達が自分達を怖がらなかったので、うれしかったみたいですね」
「だって、ヒーローですもの。私たちを守ってくれたんだから」
ロビーはアイスティーのグラスを、二人の前にそっと置いた。
「これで、ゼムの人間嫌いも、少しは治るといいのですがね」とロビーは言った。
「それでね、話は変わるのだけど……」と上原が切り出す。
玲子はアイスティーのグラスを手に取り、「何かしら」と答えた。
「あの、高野長官のお嬢さんが襲われたこと」
「あれのこと? ごめんなさい、作戦を邪魔して」
「いえ、むしろ玲子がいっしょで良かったわ。マルスやルーナだけじゃ、しのげなかったからね。その点は海軍も会社も感謝してるの」
上原は、氷の浮かぶグラスを指先で軽く回した。
「例の弁護士の費用もね、アリスが個人的に支払うと主張したんだけど、海軍とダグラス社が互いに支払うと争って、結局、会社が支払うことになったの」
「そうなの?」
玲子は思わず、グラスを持つ手に力をこめた。
「そう。ダグラス社の貴重な財産であるルーナやマルス、そしてユリちゃんを守ってくれたのだから、玲子に報いるのは会社として当然だと、経営陣の意見が一致してね。軍もその主張には負けたみたい。まあ、会社にしてみれば微々たる金額だから、気にしなくていいわよ」
玲子はアイスティーを口に含む。冷たい感触が、火照った胸のあたりを少し落ち着かせた。
「ちょっと、ほっとしたわ。アリスおばさんたら、払う気満々だったもの」
口に出してみると、胸の奥がじんと熱くなった。
「……私、知らないところでずいぶん助けてもらっていたみたい。おばさんは知ってたの?」
「会社が弁護士や調査スタッフを置いて、いろいろしていることは知っていたわ。でも、それはソレイユのことがあってのこと。ソレイユを玲子に託した以上、会社としては全力でサポートする、というのがラルフさんの主張だったからね」
聞き慣れない名に、玲子は首をかしげた。
「誰?」
「玲子も会っているわよ。ソレイユのことで文句を言った相手」
仏頂面の男のことを玲子は思い出した。そういえば、名前をすっかり忘れていた。
「ダグラスさんのホームパーティでも会ったことがあるでしょ。ダグラス社の経営陣の中心人物だから」
「そんなに偉い人なんだ」
「玲子のことは、ずいぶん気にかけていたの。玲子のことに関する会社の決定には、ダグラスさん達は一歩引いているの。個人的感情が入るからね。その点、ラルフさんは私情とは無縁の人だと誰でも認める人だから、玲子に関するあの人の決定には、誰も異議を唱えていないわ。玲子に会社用のハンディ端末を渡すことを決めたのもラルフさんよ。それがないとダグラス社のセキュリティエリアに入れないからね」
「そうなんだ……」
「玲子のために会社がしてきたことは、純粋に会社の利益を考えてのことなの。だから、あまり気に病んじゃだめよ」
「わかったわ」
上原はアイスティーを一気に飲み干すと、カラン、と氷を鳴らした。
「おばさん、聞きたいことがあるの」
「何かしら」
「ソレイユは四年しか生きられなかったでしょ」
「そうね、残念だったわね」
玲子はしばらく黙り、グラスを指先で回す。カラカラと氷が乾いた音を出した。
「マルスも、それぐらいしか生きられないの」
カラン、と上原のグラスの氷が音を立てた。
「それは、わからないわ。普通、アンドロイドは十年は保つ。ただ、ソレイユは戦闘任務についていたから、特殊な例なのかもしれない。でも戦闘用メタロイドと家庭用メタロイドに、それほど寿命の差はないし……正直、わからないわ」
玲子はグラスから少しアイスティーを飲んだ。なんだか緊張して、口が渇く。
「私ね、マルスが軍のものだから、ちょっと遠慮していたところもあるの。でもサムが、遠慮しなくていいって」
「それはそうよ。軍は玲子にマルスを託したんだから、玲子の好きなようにすればいいのよ」
「私、マルスが幸せになれるように努力するわ」
「その前に、玲子。あなたが幸せにならないとね」
「それは大丈夫。私、マルスがいるだけで幸せよ」
玲子は残ったアイスティーを飲み干した。
「おばさん、おかわりいる?」
「お願いするわ」
上原はグラスを差し出す。玲子はそれを受け取ると、立ち上がった。
「それにしても、敷島さん、時間通りに帰ってくるといいけど」
「心配なの?」
「大丈夫だとは思うけどね。玲子に会いたいと思っているはずだから……でも、あの人、仕事七割、私事三割の人だから、ちょっと心配。マルスもちゃんと連れ帰ってもらわないと」
「マルスもダグラス社に行っているの?」
「ええ、今日の報告のためにね」
(学校から軍に出かけたのか、一人で大丈夫だったのかしら)と、玲子はついマルスを小さな子ども扱いするところがあった。




