ブルーライトニング 第67章
夜、玲子とマルスがアパートに帰ると、ロビーが出迎えてくれた。ここまではダグラス家の車で送ってもらえたので、2人ともずいぶん楽をさせてもらった。
「お帰りなさい。いかがでしたか」
「楽しかったわ。ねっ、マルス」
「うん」
ロビーは軽くうなずき、
「それは、ようございました。夕食も済ませていらっしゃいますね」
「ええ、ダグラス家でごちそうになったわ」
玲子1人ではろくな食事をしないので、ロビーとしてはその方が望ましかった。
「それはそうと、上原博士から連絡がありました。ダグラス家におじゃましているとお伝えしたところ、後で連絡するとおっしゃってました」
玲子は苦笑した。
「ああ、あのことかな。時差は大丈夫かな」
「博士のハンディはアクティブ状態なので、起きておいでだと思います」
「ありがとう、ロビー。電話してみるね」
玲子は荷物を持ったまま、マルスを連れて自室に入った。
ベッドの端に腰を下ろし、自分のハンディで上原のハンディを呼び出すと、すぐに応答があった。
「おばさん、いま、電話いい?」
「いいわよ。それより、大変だったわね」
「おばさんも、なにがあったか知ってるの?」
電話の向こうで上原が笑った。
「当然よ。社内ネットで情報共有されているからね」
「おじさん、怒ってない?」
「なにを?」
「危ないことに首を突っ込んだから」
「玲子は恵さんに興味を持ったんでしょう? あなたが好奇心に負けたことは、おじさんも納得してるわ。それより、結果的には玲子が一緒にいてよかったって思ってる。おじさんもそう言ってるわよ」
玲子は胸をなで下ろした。心に残っていた重石が、少しだけ軽くなった気がする。傍らのマルスの髪をなでながら、
「マルスもがんばったんだよ」
「それも、ちゃんと分かってる」
玲子は、ずっと気がかりだったことを口にした。
「それでね、アリスおばさんが、私たちを助けるために弁護士に頼んでくれて、その費用を払うって言うの。どうしたらいい?」
「そのことは、私もアリスに聞いたわ。玲子の分は私と敷島さんが払うって言ったんだけど、『今度は私にもかませろ』って、アリスが引かなくてね。前に私たちが泣き寝入りしたから、今度は黙っていないっていう決意なんでしょう」
「そうなんだ」
アリスの顔を思い浮かべると、胸の奥が少し熱くなった。
「まあ、そのあたりは大人たちの話だから、玲子は気にしなくていい。それより、玲子の頑張りには、みんな感謝してる。私もおじさんも、玲子のことを誇らしく思ってるわ」
玲子はふっと笑みを浮かべ、
「ありがとう」と言った。
しばし沈黙があってから、上原が言った。
「それから、まだ私たちは帰れないけど、たまにはロビーに食事を作らせなさい」
「えっ?」
「ロビーからも聞いてるわよ。もうちょっと、食事を楽しみなさい。1人の食事だからこそね」
「やだ、おばさん。ロビーもマルスもいるのよ。1人の食事じゃない」と、玲子は笑いながら言った。
「そうね。でも、ロビーにも食事の支度をさせなさい。ロビーも喜ぶから。ね?」
上原が言いたいことが理解できたので、玲子は答えた。
「わかったわ。そうする」
「よろしい。ほかに話すことある?」
「ないわ」
「じゃあ、あとは帰ってからゆっくり話しましょう。おやすみ」
「おやすみなさい、おばさん。おじさんにもよろしく伝えて」
「伝えておくわ」
そう言って、通話が切れた。
マルスは玲子に体を寄せて、
「お姉ちゃん、明日の朝食はロビーとぼくが作るよ」
「そう?」
「うん。作らせて。お願い」
マルスのかわいらしいお願いに、玲子は折れた。
「わかった。じゃあ、楽しみにしてる。お願いね」
マルスは玲子の膝に頭を乗せ、幸せそうに笑みを浮かべて目をつぶる。
ついこのあいだまで、「家事用機能がないから解体処分」と議論されたことなど嘘のようだ。ロビーに教わってケーキを焼いたときの、はにかんだ笑顔も忘れられない。
(マルスを幸せにしなくちゃね)
玲子はマルスの髪をなでながら、あらためてそう心に誓った。




