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ブルーライトニング 改訂版 第6章

マルス プレスト海軍最新鋭アンドロイド

敷島玲子 プレストシティに住む16歳の少女。両親と妹をテロで亡くしている。

サム・ダグラス プレスト海軍のパイロットであり、プレスト海軍ロボット部隊の責任者でもある。

上原真奈美 マルスを開発した技師。マルスの人工頭脳を開発した。

ブルーライトニング 改訂版 第6章


 爆撃で倒壊した住宅に押しつぶされ、玲子の家族は死に、玲子だけががれきの中から救い出された。たまたま大きな部材が覆いかぶさる形になり、玲子だけが助かったのだ。

 このとき、由美子は弱々しく両親や玲子を呼び続けていた――と、サムは玲子から聞いている。玲子は、由美子のそばにいてやれなかったことを悔やんでいるのだろう。

 だが、それは玲子の責任ではない。わかってはいても、きれいに割り切れるものではないのだが。


 しばらくしてから、玲子は膝の上からそっとマルスを下ろし、その褐色の髪を愛おしそうになでながら言った。

「ありがとう。マルスのおかげで、由美子のことを思い出せた気がする」

「由美子さんと、ぼくは似ているの?」

「年格好がね、似ているの。由美子が死んだのは、九歳のときだったから……」


「少しは、気が紛れたか?」とサムが尋ねる。

 何となく吹っ切れたように見えてはいたが、本当に大丈夫かどうか、不安でもあった。

「大丈夫。サムには心配をかけてばかりね。ごめんね。それから……マルスを抱っこできて、うれしかったわ」

 玲子はそう言って、ほんのり笑みを浮かべた。


 やがて、玲子はサムとマルスに別れを告げ、その場を後にした。立ち去るときの玲子の歩調が、どこか軽くなっているのを見て、サムはほっと胸をなでおろす。


「ねえ、サム」

 隣を歩くマルスが話しかけてきて、サムはマルスを見下ろした。

「なんだい?」

「今の玲子っていう人、誰? どうして、セキュリティエリアに入れるの?」

「ああ、マルスは知らないのか……。玲子はソレイユの親友なんだ。ソレイユがシティへの立ち入りを制限されているから、その分、玲子にはセキュリティエリアへの立ち入りを特別に許可しているのさ」

「そんな理由で、セキュリティエリアに入ってもいいの?」

「ソレイユにシティへの立ち入り禁止を言い渡したのは、俺たちだからな。彼女にはつらい思いをさせている。だから、これくらいのことはして当然だろう。それに、玲子はしっかりした娘だ。うちの司令官連中も、一目置いている」


 マルスはその説明でようやく納得したようだった。

「そうなんだ……」

 サムの口元が自然とほころぶ。

「どうした、玲子に一目惚れか? マルス」

「よく、わかんない……。でも、優しい人だなって思う……」

「いいさ、玲子のことを好きになっても。好きになる価値のある人だ。俺の家族も玲子のことを気に入ってて、よく家にも招待してる。非番のときには、会えることもあるさ」

「うん」


 夕方、サムはマルスをノーマに預けて、弟のケンと喫茶室で会った。ケンは弟といっても、子どもの頃、テロで両親を失い、サムの両親が引き取って育てた養子であった。成長し独り立ちしたが、その才能を見込まれ、今はダグラス社の経営陣に加わっていた。プレスト海軍の基地はダグラスインダストリーの建物を間借りしており、サムとケンは同じ建物で働いている。時々こうして会っているのだ。

「どうだい、新しいアンドロイドは」とケンはマルスの様子を聞く。

「可愛い子だよ。ノーマと違って素直なところがいいな」

 ふふっとケンが笑みを見せる。

「ノーマが怒るぜ、そんなこと言うと」

「怒らないよ。そんなことじゃね」

「言うじゃないか。あいかわらず、ノーマとはいい関係なんだね」

「命の恩人だからな。あいつがいなかったら、母さんも俺もこの世にはいないよ」


 以前、サムの母が入院していたとき、見舞いに訪れていたサムはテロに巻き込まれ、左腕を銃で撃たれた。その瞬間、窓から突入してきたノーマがテロリストを倒してくれたおかげで、サムの怪我はその程度で済んだのだ。それ以来、ノーマはサムが非番のときには、サムが個人的にリース料を支払う形で家まで連れ帰っていた。ダグラス家では子供の一人として扱われていて、特に末の妹のメアリは、ノーマのことを姉として慕っていた。

「マルスが加わると、メアリは弟ができたって、またはしゃぐだろうな」

「それもいいさ。メアリが喜ぶなら何よりだ」


 ケンはブラックコーヒーを飲み干す。何やら言いたげな様子でいるので、サムは「なんだ」と声をかけた。

「二人もリースするんじゃ、金銭的に大変じゃないか。リース料を安くしようか」

 サムは(なんだ、そんなことか)といいたげに笑みを浮かべる。

「そんなこと気にしなくていい。払えない金額じゃないし、特別扱いもやめてくれ。身内同士じゃなおさらだ」

「サムらしいこと言うなあ。まあ、そう言うとは思ってたけどね。じゃ、せめてこの場のコーヒー代は俺に奢らせてくれ」

「コンプライアンス的にまずくはないか」

「実の兄貴にコーヒーぐらい、奢ってもいいだろう。たまにはいいじゃないか」

「じゃあ、ご馳走になるよ」


 夜、玲子は夕食の支度をして、上原の帰宅を待っていた。帰宅した上原は、好物の肉と野菜の煮込み料理を前に、笑みを浮かべている。そんな上原に、玲子が口を開いた。

「おばさん、今朝はごめんなさい」

 玲子は寝坊して、朝食の支度をしなかったことを気に病んでいた。

「たまにはいいじゃないの」

「ええ、そうなんだけど……」

 玲子の返事はどこか歯切れが悪い。


「伯父さんも同じだと思うけどね。玲子が朝食を作ってくれることには、本当に感謝しているのよ。玲子のごはんはおいしいし、元気が出るもの。でも、無理はしなくていいの。いいこと?」

「はい」

「さあ、早く食べましょう。ロビー、スープをもらえるかしら?」

「はい、博士」


 ロビーが手際よく配膳を終えると、上原と玲子は向かい合って席につき、食事を始めた。

「今日はソレイユに会えた?」と、上原が尋ねる。

「ええ。それから、サムにも会ったわ。それがね、おかしいの。今日はノーマじゃなくて、男の子を連れてたの」

 玲子は思い出し笑いをしながら言った。

「へえ、男の子?」と、上原はマルスのことだと察しながらも、とぼけて見せる。玲子の機嫌がよさそうなのも、少し気になった。

「マルスっていうの、とってもかわいかったわ」


 うっとりと幸せそうな玲子の様子を見て、上原が言った。

「玲子もアンドロイドが欲しい? いいわよ、リースしても」

 玲子の心が、一瞬ふわりと揺れた。だが――。

「いいわ。リース料がかかるし、ロビーもいるし……」

「ロビーは、会社が私と伯父さんの警護のために置いているのよ。だからリース料は払ってないの。玲子が欲しいのは、年下の子供のアンドロイドじゃないの?」


 玲子は、本心を上原に見透かされていると悟ったが、

「いいの……」と、小さな声で否定した。


「そう。でもね、欲しいと思ったら遠慮なく言いなさい。私も、一人くらいアンドロイドの子がいてもいいかなって思っているんだから」

「ほんとに?」

「ええ、本当よ。私もね、お客さんの話を聞いていると、ちょっと、うらやましくなるの。玲子は女の子がいい? それとも男の子?」


「おばさんだったら、女の子がいいんじゃない?」

 玲子にそう問われて、上原は一瞬、玲子の真意をつかみかねた。

「どうして女の子だと思うの?」

「だって、おばさんが開発したスーパーアンドロイドって、ニーナとかノーマとか、みんな女の子でしょう?」


 上原は、ふっと肩をすくめた。玲子は、まずいことを聞いてしまったのかと不安になったが、やがて上原が声を立てて笑い出したので、ほっと胸をなでおろす。

「そういえば、確かに女の子ばかりね……。でもね、私が開発したアンドロイドが女の子ばかりなのは、ソレイユの基本構造をそのまま使っているからなの。伯父さんみたいにロボットの駆動系の設計ができれば、男の子も作れるんだけど。私は人工頭脳の改良しかできないから」

「男の子って、作りにくいの? 男の子のスーパーアンドロイドって、ほとんどいないでしょ」

「作りにくいってわけじゃないのよ。運動性能を強化した少年型を開発したこともあるの。でも、プレスト海軍が求めていたのは高い情報処理能力で、ニーナのようなタイプが選ばれた。つまり、少年型には需要がなかったの。軍以外にスーパーアンドロイドをほしがるところもないし……だから、少年型は途絶えちゃったのよ」

「性能が良ければ売れるってわけじゃないんだ」

「そういうこと」


「で、おばさんは、男の子と女の子、どっちがいいの?」

 上原は、玲子が自分の好みを探っているのだと気づいた。

「そうねぇ。女の子だったら、きれいなお洋服を着せられるし……。でも、男の子だって、かっこいい服があるわね。うーん、悩ましいわ。玲子は?」

「えっ、私? ええとねえ、妹……。うーん、マルスもかわいかったから、弟もいいなあ……」


 迷っている玲子の様子を見て、上原は、玲子が年下の弟か妹を欲しがっているのだと確信した。問題は年格好だが、子供型アンドロイドの需要は高く、さまざまな年齢層のモデルがそろっている。こんな探りを入れるより、カタログを見せてしまったほうが早いだろう。そこで、一計を案じる。


「食事が終わったら、カタログをダウンロードして、おばさんと一緒に見てみない? 結構、楽しそうじゃない?」

 だが、玲子は少し首をかしげた。

「うーん、でも、今夜はいいわ」

「どうして?」

 てっきり乗ってくると思っていた上原は、意外に感じる。なかなか、玲子は手強い。

「だって、今はマルスのことで胸がいっぱいなの」


 玲子の思いがけない“のろけ”に、上原は思わず吹き出しそうになった。まあ、今夜はそれでもいい。

「じゃあ、カタログを見るのは別の日にしましょう。楽しみはまた後日。私はいつでもいいから」

「ええ、お楽しみは、また後日ね! やっぱり、伯父さんの意見も聞いてみないと」

「そうね。聞いてみないとわからないわねえ」


 上原は本音を漏らした。玲子の伯父・敷島一郎は、まったくとらえどころのない男である。それは、玲子にも同じらしい。

「伯父さんの好みは、本当にわからないものねえ」

 玲子も、そう言って上原に同意した。

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