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ブルーライトニング  作者: toy


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ブルーライトニング 第59章

ロボット間通信で密かに仕込んだ一枚のTシャツ――それは、マルスの無邪気な「甘え」そのもの。

 マイクと別れ、玲子はマルスを連れて客用寝室に入った。かばんを開け、パジャマを取り出そうとして、思わず声を上げる。

「えっ? これ!」

 荷物のいちばん上に、玲子のTシャツが置いてあった。マルスがそれを両手で引っぱり出す。

「今日はこれ着るの!」

「ちょっと待って。よそのおうちだから、ちゃんとしたパジャマにしよう?」

「いや! これがいい」

 玲子はあきれたように首を傾げた。

「いつ入れたの? 昨日の夜、準備したときには入ってなかったけど」

「警察から出たとき、ロビーに頼んだの。データ通信で」

(やられた)

 ロボット間通信網を使われたら、周囲の人間には何をやり取りしているか分からない。

(ロビーもロビーね。マルスの言うとおりにするなんて)

「ロボット間通信を、そんなことに使わないで」

 玲子がたしなめても、マルスはいそいそと服を脱ぎ、Tシャツに着替えてしまった。

「もう、それを着てこの部屋を出ちゃダメよ。ここは家じゃないんだから」

「うん」

 そもそも部屋から出るつもりはないらしい。

(最近、甘える頻度が多くなってるな)


 玲子はエネルギー補充機を探したが、部屋のどこにも見当たらない。

(貸してもらえるって話だったけど)

 困っていると、ドアがノックされた。

「玲子、エネルギー補充機を持ってきたけど、入っていいかしら」

 アリスの声だ。

「はい、どうぞ」

 玲子が慌ててドアを開けると、アリスが片手に補充機を提げて入ってきた。

「ごめんなさいね、持ってくるのが遅れて。ノーマが使っているものだから、マルスにも使えるはずよ」

「ありがとうございます、おばさん」

「マルスにも『ご飯』をあげないとね。今日は立ち回りがあったでしょう? 消耗してるはずよ」

「マルス、ベッドに寝て。エネルギーを入れるわ」

「はい」

 マルスは素直に仰向けに横たわり、玲子の方を見上げて、安心したように目を細める。

「マルス、かわいい寝間着を着てるのね」

 アリスが微笑む。玲子は気まずくなって、

「あの、これ」

「真奈美から聞いてるわ。玲子のTシャツでしょう?」

「ええ」

(もう、おばさんったら、何話してるのやら)

 上原の“おしゃべり”を、玲子は少しだけ恨めしく思った。

 玲子はマルスのシャツをめくり、腹部コネクタに補充機のケーブルを接続した。マルスは自分で補充操作ができないようプログラムされているため、ここは玲子の役目だ。スイッチを入れて充填を開始する。ディスプレイを確認すると、いつもより残量が少ない。昼間の襲撃者との戦いで消耗したのだろう。

 アリスは近くの椅子を引き寄せて腰を下ろした。

「最近、真奈美がうれしそうなのよ。玲子がマルスのことで相談に来るって」

「はい?」

「マルスのこと、よく相談するんでしょう?」

「ええ。だって真奈美おばさんがマルスの“心”を作ったんですよね。一番の相談相手だと思って」

「それはね、真奈美もうれしいの。でもね、マルスのことだけじゃなくて、いろいろ相談してほしいって思ってるの。真奈美は」

「ええと、でも」

「玲子、真奈美に遠慮してるでしょう。本当の母親じゃないから」

「でも、感謝はしています」

「それはちゃんと伝わってるわ。でも、もっと頼っていいのよ」

 アリスの穏やかな声に、玲子は視線を落とす。マルスがそっと玲子の服をつかんだ。玲子はマルスを見て、その手を握り返した。

「もう私も16歳ですし、ふたりのお邪魔虫でしょ」

 玲子の後ろめたさに、アリスは小さく笑って首を振った。

「それは大きな勘違い。敷島さんと真奈美はそういう関係じゃ無いわ。真奈美は敷島さんのことを“好き”という感情は抱いていないの。敷島さんも同じ」

 アリスは言葉を区切り、玲子の顔を確かめるように続ける。

「ふたりとも、玲子と一緒に暮らしているのよ。敷島さんにとって玲子は、妹夫婦の忘れ形見なのよ」

 玲子が答えを察したかのようにアリスを見る。

「そして真奈美は、夫と娘をテロで亡くしているから、玲子のことを、本当に娘みたいに思ってる。そのこと、分かってあげて」

「そうなんですか?」

 玲子は思わず聞き返す。胸の奥に熱いものが広がる。

「玲子は、自分のことになると本当に無頓着ね」

 補充機の表示は、完了まであと少しだ。静かな電子音とともに、数字がじわじわと増えていく。

「玲子、マルスに頼られるとうれしいでしょ」

「はい」

「真奈美も同じ。玲子に頼られると、母親としてうれしいの。だから遠慮しないこと」

 玲子は静かに微笑むマルスを見る。そんな玲子を見て、アリスは続ける。

「まずはマルスのことを、じゃんじゃん相談しなさい。そのあとで、玲子自身のことを相談すればいい。今なら私でもいいわ。私も玲子のことを娘だと思ってるから」

「でも、いいんでしょうか」と玲子が不安を口にする。

「もし真奈美が『玲子は私が面倒を見る』と言わなかったら、私が玲子を引き取ってたわ。敷島さんは、親としてはちょっと頼りないからね」

「私がおばさんを頼りにしたら、うれしい?」

「うれしいわよ。今日の玲子は私を頼ってくれたし、私は玲子のためにいろいろできた。本当にうれしかった。真奈美や敷島さんがプレストシティにいたら、きっと同じことをしたはずよ」

 ブザーが鳴り、エネルギー補充の完了を知らせる。玲子がケーブルを外すと、マルスは上体を起こし、そのまま勢いよく玲子に抱きついた。今日は本当に甘えモード全開だ。

 玲子はベッドに腰を下ろし、膝の上にマルスを抱き上げる。

「最近、本当に甘えん坊なんです」

 照れ隠しのように言うと、

「でも、うれしいでしょう? マルスが甘えると」

「うれしいです」と玲子が答える。アリスは立ち上がりながら微笑んだ。

「同じ気持ちを、私も真奈美も感じてる。そのことは忘れないで。じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい、おばさん」

「おやすみなさい」とマルスも続けて言った。

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