ブルーライトニング 第49章
マルスは学校に通い始める。一人の少女を守るために
プレストシティにある私立学校の一つ、ミネルバ学園は、ダグラス財団の出資で運営される教育機関で、初等部から高等部までを備えている。玲子と瑞穂はここの高等部に、瑞穂の弟の守は初等部六年に通っていた。
ルーナが学校を去った翌朝。登校途中、姉の瑞穂が、歩きながら守の頭を指先ではじいた。
「守、今日はずいぶんおとなしいね」
「お姉ちゃんは無駄に元気だね」
「減らず口はいつもどおりね。それでいいわ」
「へっ」
「おまえに元気がないと、みんな心配するぞ。ほら、玲子が待ってる。早く行こう」
言いながら、瑞穂は前方にいる玲子の隣に立つ、小さな人影に気づいた。
「玲子! マルス!」
瑞穂は駆け寄って声をかける。
「今日から、マルスが登校するんだ」
「そう」
玲子が笑顔で答える。
「やっぱり、守のクラスになりそう?」
「そうなると思う」
「へえ。それじゃあ、守! マルスの世話をしっかりね。お兄ちゃんなんだから、わかってるね」
きっぱりとした口調と、守が恐れている“姉のにらみ”で念を押す。
「ええっと、うん」
玲子は、そんな二人のやり取りをにこにこと眺めていた。
「玲子さん、昨日ね、ルーナとアドレスの交換をしたよ。そしたら、早速ルーナから電話が来て、話しちゃった」
「そう。よかったじゃない」
「うん。『また会ってくれ』って言われちゃった」
「守くん、よっぽどルーナに気に入られたんだね」
瑞穂が口の端に笑みを浮かべる。
「ふーん。守がルーナに好かれてるんだ。それだけ、守がよくしてあげたってことだね。それじゃあ、マルスのことも大丈夫だね」
玲子も守に笑顔を向ける。
「私からもお願い。マルスのこと、頼むね」
「うん、大丈夫。同じクラスの高野さんも親切だから、マルスの面倒を見てくれると思うよ」
そんな他愛のない話をしているうちに学校に着くと、玲子は瑞穂と守に向かって言った。「じゃあ、瑞穂、先に教室に行ってて。私、担任の先生にマルスのことお願いしてくるから」
そう言ってマルスの手を引き、職員室の方へ歩いていく。瑞穂は、玲子と一緒について行くマルスに、
「じゃあ、お先に! マルス、守にしっかりくっついてなさい。守は頼りになるから」と、声をかけた。マルスは大きな声で、
「はい、瑞穂お姉ちゃん!」と返事をする。守がいるとわかっているからか、不安そうな様子はみじんもなかった。
守が教室でぼんやりと担任の先生を待っていると、ドアが開き、女性の担任教師の後ろから小柄な男の子がついて入ってきた。教室が一様にどよめく。
(マルスって、やっぱり小さいな)
守はあらためてそう思う。九歳くらいの背丈しかないマルスが、初等部六年の教室に入ってくると、どうしても違和感があった。どうしてぼくらのクラスなのだろう、と首をかしげる。
担任の佐藤先生は、生徒たちを見渡しながら言った。
「今日からみんなと一緒に勉強する、マルスです。アンドロイドの男の子だけど、みんな、仲良くするのよ」
紹介は簡潔で、わかりやすかった。マルスは礼儀正しくお辞儀をする。
「マルスです。よろしくお願いします」
「先生!」
一人の男子が声を上げた。
「俺たちのクラス、ロボットが一人いるのに、なんでもう一人くるんだよ! せっかくルーナがいなくなったのに!」
「市川くん。この学校では、人間もロボットも平等です。そのあたり、ちゃんと理解しなさい。みんなも、いいわね」
佐藤先生は、ぐるりとクラス全員を見回した。そしてマルスの方を向き、
「マルス、河合くんのことは知っているわね」
「はい、先生」
「河合くんの隣の席、空いているから。ちょっと机が大きいけど、我慢してね」
「はい」
マルスは机の間をすり抜けて、守の隣の席に向かう。
「河合くんと、それから高野さん。マルスのこと、頼むわね」
そう言われて、守はマルスの席を挟んで反対側に座る高野恵を見る。恵はマルスの方をじっと見つめ、その顔には優しい笑みが浮かんでいる。少なくとも、イヤそうではない。
「私、高野恵。よろしくね」
その声を聞きながら、守は四月のことを思い出していた。ルーナが学校に来たのは新学期が始まったばかりのころで、そのときも先生は恵にルーナのことを頼んでいた。あのときは、恵がアンドロイドの少女「ユリ」と一緒に学校に来ていたので、ついでに頼んだのだろうと守は思っていたのだ。
だが、アンドロイドがたった一人でやっていけるかというと、そう簡単でもない。先ほどの市川のように、ロボットをよく思わない子もいるからだ。誰かがそばにいて、守ってやらなければならない。
恵がいないとき、守はそれとなくルーナのそばにいた。からかわれたこともあったが、ルーナも守や恵のそばからあまり離れようとはしなかった。先生がマルスのことを守と恵に頼んだのは、その流れがあるからだろう。
それでも、なぜマルスがこのクラスなのかは気になっていた。ロボットには年齢は関係ないのだから、本来なら玲子のクラスでもいいはずなのだ。
休み時間になると、マルスのまわりに恵やクラスの女子たちが集まってきた。小柄でかわいらしいマルスは、いやでも目を引く。そのおかげで、アンドロイドを敵視する子は近づきづらいようだった。
(ぼく、いらないかも)
女子たちにマルスを取られたような気がして、守は少しだけ嫉妬を覚える。マルスのことは前から知っていたのだぞ、と言いたくなるが、ぐっとこらえた。
耳を澄ますと、女子たちの楽しげな声が聞こえてくる。
「マルスって、家族はいるの?」
「うん、おじさんとおばさんと、お姉ちゃん」
「パパとママじゃないの?」
「うん。お姉ちゃんも、おじさんとおばさんって呼んでるから」
「そのお姉ちゃんもロボット?」
「ううん、人間だよ。ここの高等部に通ってるの」
「お姉ちゃんと一緒じゃなくて、寂しくない?」
「寂しいけど、一人でちゃんと勉強しなさいって、お姉ちゃんが言うの」
「へえ、ちょっと厳しいお姉ちゃんだね」
ぼんやりと聞いていた守は、少し納得した。玲子なら、そう言いそうだ、と。玲子は優しいけれど、厳しいところがあるのを守も感じていた。
だが、それでも、あれほど大事にしているマルスを、たった一人で学校に行かせるだろうか、と首をひねる。
(僕や高野さんのことをあてにしてるのかな。ルーナのことを知っているなら、ルーナから話は聞いていそうだし)
昼休み、守はマルスをサッカーに誘った。マルスも嬉しそうについてくる。守のグループはマルスをすんなり受け入れ、みんなでボールを追いかけて楽しい時間を過ごした。
放課後、守は昼休みに続いて、またマルスをサッカーに誘った。だが今度は、マルスは少し申し訳なさそうに首を振る。
「高野さんと約束があるの。テニスを教わるんだ」
「ああ、そう」
守のグループもマルスに好意的だったが、先約があるなら仕方がない。
「悪いわね、河合くん。先に私たちが約束しちゃったの」
恵が明るく笑う。守は苦笑いを浮かべた。甘えん坊のマルスは、やはり女の子のそばの方が居心地がいいのかな、とつい邪推してしまう。
「いや、いいんだ。マルス、じゃあ明日、昼休みにまたサッカーをしよう」
「うん」
瑞穂に「マルスの面倒を見なさい」ときつく言われていた守だが、こうして可愛がってくれる人が他にもいるのなら、それも悪くないかと、少し肩の力を抜いた。
2025年11月22日 加筆




