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ブルーライトニング  作者: toy


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18/121

ブルーライトニング 第18章 マルスの危機

 マルスを処分すべし。ダグラス社の経営監査委員会がそのような流れに変わりつつあり、プレスト海軍は対応を迫られる。サムはそれを覆す策を提案するのだった。

 アルトシティからの帰途、サムはケンからの連絡を受けた。

「経営監査委員会が、マルスの解体を言い出してきた」

 サムの血の気が引いた。経営監査委員会は、経営陣に対して強い圧力を持つ。スミス博士がそこを動かしたということは、マルスの処分に本気になっている証拠だった。

「経営監査委員会が主張している根拠は何だ?」

「マルスが家事用機能を持っていないから、人間と共存できない、というんだ」

「監査委員会の委員長は母さんだろう」

「多勢に無勢で話にならない」

 ふつふつと怒りがわいてくる。家事用機能がなんだ。それが、なんだというのだ。


「俺の家で、家庭生活に何の問題もないことを証明してやる!」

 サムはきっぱりと言い切った。だが、ケンの声は冷静だった。

「それはダメだと経営監査委員会は言っている。委員長の家や、マルス運用責任者の家では、公平な評価にならないってね」

「ちっ」とサムは舌打ちした。ならば!

「マルスを玲子に預けるというのは、どうだ?」

「また、思い切ったことを。それ、軍司令部が認めるのかい?」

「俺が責任を持って司令部を説得する。軍が求めているのは、あくまでマルス型アンドロイドの量産だ。マルス1人くらい、玲子のところへ行かせてもいい」

「そもそも、そのペアリングが成立するのか?」

「マルスは玲子のことを好いている。玲子も、まんざらでもなさそうだ。問題ない」

「わかった。父さんと母さんに相談する」

 そう言って、ケンは通信を切った。


 サムは帰還すると、その足でスコット司令のオフィスへ顔を出した。

「まずいことになった」

 スコット司令は険しい顔で切り出した。サムは自分の考えを口にする。

「しかし、個人的なことを申せば、母はそんな話を了承しません」

 司令官オフィスの打ち合わせ机を囲み、スコットと川崎は揃ってため息をついた。川崎が言葉を継ぐ。

「たしかに、あなたのお母様はマルスの処分には反対しています。しかし、ダグラス社の経営監査委員会は“違約金を払ってもマルスを処分すべし”という流れになっているのです。監査委員会の決定は多数決です。このままでは、マルスが危うい」

 スコットも苦い表情を浮かべる。

「君の言う“玲子さんに預ける”という話だが、マルスは君をマスターにしている。それをいきなり玲子さんに変えるわけにはいかんだろう」


 サムは一度息を吐き、それから口を開いた。

「重大なことを、まだ報告していませんでした。マルスはもう、玲子をマスター認証しています」

「なんだと?」

「マルスがアルトシティを守ったのも、すべて玲子のためです」

 スコットと川崎は、思わず顔を見合わせた。川崎が補足するように言う。

「ニーナも同じことを言っていましたよ。ニーナも“玲子を悲しませたくない”という、それだけの理由で戦ったと。ただ」

 川崎はサムに視線を向けた。

「なぜ、マルスが玲子さんのことを知っているのですか?」


「玲子がソレイユに会いに来た日、偶然、マルスを連れていた私と出くわしたんです。ソレイユは玲子に、私がアルトシティに遠征することを話していて、玲子は私の身を案じていました。重苦しい雰囲気に耐えきれず、つい、マルスを玲子の膝の上に放り投げてしまいました」

 スコットの表情がわずかに引きつる。だがサムは気づかず、続けた。

「玲子に抱かれたマルスは、そのとき玲子のことを好きになったようです。私も、“好きになっていい”と言いました。玲子には、それだけの価値があると」

 そのサムの一言が、マルスが玲子をマスター認証することにつながったことをスコットと川崎は理解した。

 スコットは表情を押し殺し、低い声で言った。

「マルスのことはわかった。しかし、これ以上玲子さんに負担をかけるのは好ましくない」

「いえ、玲子は負担には思わないでしょう。少なくとも、短期間の間は。マルスに出会ったその夜は、すごく上機嫌だったと聞いています」


 川崎が笑みを浮かべる。

「あなたのお母様も、同じようなことを言われていましたよ。もっとも、誰に預けるか具体的には言いませんでしたがね。“とりあえず、相談しないといけない”と。まあ、あなたのお母様も、同じ人に預けようとしているのでしょう」

 スコットは心配そうに眉をひそめた。

「先生、本当に大丈夫なのだろうか?」

 対照的に、川崎の声音には迷いがなかった。

「玲子さんは、今もソレイユの親友であり続けています。その意志の強さは並ではありません。そのことを鑑みれば、大丈夫だと思います。少なくとも、委員会にレポートを提出するまでの短期間であれば」

 スコットは首を横に振る。

「私は、その“短期間”では終わらないと思うがね。少なくとも、玲子さんがマルスを手放したがらないだろう」

「それならば、マルスを早々に退役させればよろしい」

 川崎は迷いなく言い切った。

「西郷が納得するか?」

 スコットの問いに、川崎は笑みを浮かべて答える。

「あの男は、目的のためには手段を選びません。彼の目的は、マルス型アンドロイドの量産と配備です」

 今度はスコットが苦笑した。

「たしかに、あの男ならそう考えるな」

 スコットはぽんと自分の頭を叩き、結論を口にする。

「よし、その手で行こう。もっとも、玲子さんの気持ちが最優先だがな」

「むろん、その通りです。しかし、玲子なら引き受けるでしょう」

 サムがそう言うと、スコットはなおも煮え切らない表情で言った。

「たしかに、玲子さんは断らないだろう。しかし、こうも玲子さんにいろいろ押しつけるのは、気が引けるな」

「今回は、玲子のためにもなると思います。マルスはきっと、玲子にとってかけがえのない存在になります」

 ビーッ、とサムのハンディが鳴った。緊急コールである。

「なんだ? ノーマか?」

 ノーマの報告を聞いて、サムは蒼白になった。

「わかった。すぐ行く」

 スコットが怪訝そうに尋ねる。

「何かあったのかね」

「その、マルスが模擬戦でゼムにボコボコにされたそうで。フォローに行きます」

「君にも、いろいろ手間をかけさせるな。玲子さんの件は、私たちと君のお母さんとで話しておく。あとは任せたまえ」

「よろしくお願いします」

 サムは足早にオフィスを出て行った。


 訓練室では、サムが片膝をつき、両腕でマルスを抱きかかえ、子どもをあやすように背中をポンポンと叩いていた。訓練に立ち会っていたソレイユもノーマも、ただ立ち尽くしている。

「ゼム、少しくらい手加減してくれ」

 サムはゼムに言った。ゼムは2メートルあまりの戦闘用メタロイドである。4年前に開発された高性能メタロイドで、マルスの性能を支える技術、アクティブリレーションや高機動制御システムを実装した初のメタロイドで、いわばマルスの兄にあたる。

 訓練室の壁はぶよぶよした緩衝材に覆われているので、激突しても致命傷は負わない。とはいえ、模擬戦とはいえ壁にたたきつけられ続けたマルスは、あまりにも不憫だった。サムの言葉にゼムはまったく悪びれずに答える。

「能力のある者に、手加減などふさわしくありません。いや、マルスは、手加減できるほど弱くはない」

「全力で戦わないといけなかったのか?」

「そうです。しかし、マルスは期待した性能を満たしていません。設計母体となったJ-9タイプの能力を、わずかに下回る」

「そう、なのか」

「ですが、それは無理もないことだろうと思います。マルスの解体を議論しているような状況ではね」

 ゼムの言葉には、かすかな皮肉が混じっていた。サムは背筋に冷たいものを感じる。そんなサムの心中を気にかける様子もなく、ゼムは続けた。

「ですが、今のマルスでも十分に強い。ダグラス大佐。マルスは、我らライトニングファントムのリーダーにふさわしい。マルスを我々のリーダーとして認めてください」

 サムは反射的に、

「はあ?、いきなり何を言うんだ」

と口にした。

(いや、そのためにマルスを作ったんだ)と、すぐに思い出す。

「マルスならいいのか?」

 サムが確かめると、ゼムは即答した。

「マルスなら、“ブルーライトニング”の名を引き継ぐ資格があります」

 ゼムはマルスに向き直り、

「マルス、君のマスターが我らがマスターだ。我らライトニングファントムは、君のマスターに従う」

「ええと、玲子さんに?」

 マルスの問いに、ゼムは当然のように答える。

「そうだ」

(おいおい、俺の立場はどうなるんだ)とサムは心の中でつぶやいた。


 ゼムはさらに、ソレイユへと顔を向ける。

「ソレイユ、マルスに君の戦い方を教えてほしい」

「私は、マルスやあなたたちほど強くはないけど」

「ソレイユの戦い方は、美しく、無駄がない。マルスにも学ぶところは多いはずだ。ぜひ、お願いしたい」

「わかったわ」

 ソレイユが頷くと、ゼムは再びマルスに声をかけた。

「マルス、君は我々より強くなる。その日を楽しみにしている」

 ビーッ、と再びサムのハンディが鳴った。

「次から次へと」

 サムがうんざりしたようにつぶやく。今度も、非常事態の報せだった。

2026年8月2日加筆


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