小さな戦い
あたりは、しんと静まり返っている。
光男が少しでも安眠できるようにと、部屋は常夜灯のみ。
山倉は光男の部屋の入り口にすわって、じっと様子をうかがっている。外の雨はやんだようだ。
光男のパソコンは念のため、コンセントもケーブルも抜いてある。そこを繋がなければ、少なくとも簡単にweb小説を更新することは難しいだろう。WiFiも切り、電話回線もつながらないようにした。
携帯の電源も落として、家の外の倉庫にしまい込む。もっとも、そんなものは気休めにしかならないのだけれど。
ーー長い夜になりそうだ。
山倉は、真奈美が用意してくれた夜食のおにぎりをゆっくりと口にする。
満腹になるのは危険だが、口を動かしていないと、睡魔が襲ってくる可能性がある。
もっともこの状況下では、あまり味を感じないし、眠気もこない。
ベッドの上では、光男が規則的な寝息を立てている。
一見、何も無さそうだ。
気にしすぎなのかもしれない。
山倉は無意識に自分の携帯の電源を入れた。
「なっ」
入れた途端に、光男の小説が連載している小説サイトのログイン画面が表示される。知らないはずのパスワードがどんどん入力されていく。
「や、やべぇ」
山倉は慌てて、電源を落とし、目の前の光男のベッドに目をやった。
変わらずに寝息を立てている光男から、薄暗い中でもそうとわかる影が、ひくひくと光男から抜け出そうとする。
その時、光男の額の旧神の印が赤い光を放ち、影はそっと姿を消した。
ーーうかつだった。
山倉は、背筋が凍る思いで、携帯のバッテリーを外す。
光男のものは気にしていたが、自分の携帯にまで影響が出るとは思っていなかった。
ーーさすがに、『神』だ。
ただ、光男の調べ上げた旧神の印に、それなりの効果があるということは、ひしひしと感じた。
ーーしかし、これは、俺の方がもたんかもしれんな。
山倉は止まらない体の震えに苦笑する。
悪漢から依頼人を護る『探偵』というのも悪くないが、相手が『神』では、実際にやれることはほぼない。立ち向かえば立ち向かうほど、恐怖で自分がおかしくなっていく気がする。
そして、コンセントも入っていないはずのパソコンの電源のライトが明滅し、またしても旧神の印が光を放つのをみながら、山倉は冷めたお茶を喉に流し込んだ。
永遠とも思える夜が明けた。
目覚めた光男は、昨晩より幾分、顔色が良くなったようだ。
山倉は、真奈美と光男に昨夜の様子を報告し、状況認識を共有させる。神はまだ、今のところその力を存分に発揮はしていない。まだ、間に合う。
「一週間です」
山倉は期限を区切った。
「それ以上は、里中さん自身だけでなく、我々がもたない。旧神の印の力も万能ではありません」
「そうですね」
光男は頷いた。
「起きている間は、死ぬ気で書き続けますよ」
「我々全員が死なないために、死ぬ気で書いてください。お願いします」
山倉は執筆中の見守りを真奈美に託し、仮眠をとることにした。