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第2話 童貞じゃあるまいし

翌日。

部長は誰よりも早く出社していた。


いい歳したおっさんが若い子にしかも部下に対して悶々として眠れなかったのだ。

村尾はあくまでも仕事の相談だ。

元々変わり者でもある彼女の行動に他意はない。

おもらしについて聞いて、たまたまた漏らして、たまたまた、ちょっとだけムラムラしてしまっただけなのだ。別に部長を誘ったわけでも誘惑したわけでもないのだ。


部長はそう自分に言い聞かせ、気分転換に煙草に吸いに席を立った。


「おはようございます、部長」


丁度村尾がオフィスに入ってきて、昨晩の事なんて何もなかったと思える程に自然な態度で部長へと挨拶をして自分のデスクに着いた。

「あ、うむ、おはよう」

つとめて自然に部長は挨拶を返す。


「あー……村尾君」


挨拶ついでに昨晩の事を言おうとして部長は飲み込んだ。


(待て何を聞くつもりだ?昨日はどうだった?いや、どうもこうもそういう事だろう!)


「どうかしましたか?」

名前を呼んでおいて言葉をつぐんだ部長に村尾はいつも通り事務的に聞き返した。


「いや、すまない、何でもない」


「そうですか。では少し聞きたい事があるんですが、よろしいでしょうか」


「なんだ」


「昨日はどうでした?」


「き、昨日!?」


質問しようとしていた事を逆に質問され部長の平静が崩れた。


「はい、昨日というか深夜の件ですが」


「ど、どうって何がだ」


「私のおもらしどうでした?」


村尾は身長の高い部長を見上げる形で純粋な眼で部長を目を覗き込む。


そんな風に見つめられ、思わず昨晩の事を思い出し部長の息子は軽く立ち上がった。


「ど、どうって、良かったと思うが……」

「良かった、とはどういう意味でしょうか?」

「ど、どういう意味?それは、そのなんだ、こ、興奮したが……」

「興奮……あ。え、ええと、すみません。どうというのは、その、着衣でのおもらしは、あの様な漏らし方で良かったのか、という質問でして、その……私への個人的な感想ではなくて、その……」

村尾のいつもの無表情がわずかに崩れ頬を赤らめた。


そんな初めて見る村尾の表情と自分の勘違いに部長は顔が燃えたかと思う程熱くなった。


「あ、ああ!!そういう事ね!!漏らし方ね!!あぁ、うん良かった!実に良かったよ!!うん、着衣で故意に漏らす。君も言った通り悪い事をしているという背徳感があったのであれば良い!良いよ!あと羞恥心ね、これもあったらなお良し!うんうんオッケー!では、俺は始業前に煙草を吸ってくる、また何かあったら、また言ってくれ!」

部長は自分の勘違いを誤魔化す為に早口にまくし立てて横を通り過ぎ――否、逃げた。


しかし部長は村尾に腕を掴まれた。


「部長、ちょっと待ってくださいっ」

ふわりとミルクみたいな匂いの体臭が部長の鼻をくすぐり、柄にもなくドキリとして目をそらした。

「お、おう、どうした」

「……部長は興奮したんですか?」

ほんの少しだけ頬を赤らめたまま、じっと部長の目を見る村尾。

「あ、ああ」

「興奮して……どうしました?」

また一歩、村尾は部長に近づく。

「どうしました!?どうしたって、そのなんだ、あれだ、一人でだな、その、な」

村尾の体温が感じる程の距離感と匂いと真剣な視線に思わず正直に部長はカミングアウトしてしまう。

「私も——」


ガチャリとドアの開く音が出入り口とオフィスを仕切るパーテーションの奥から聞こえ村尾と部長はどちらともなく離れる。


「おはようございまーっす」


やる気の無い声と共に現れたのは女性スタッフの一人、佐藤。

残念美人の動画編集マンだ。


「あー……では、そう言う事だから何かあったら、いつでも質問したまえ」


部長はそれだけ言うとパンツのポケットに手を突っ込み村尾に背を向け喫煙ルームに足を向ける。


「あぁ、おはよう、佐藤君」

部長は何事もなかった様に挨拶を返す。

「部長、村尾ちゃんと何の話ですか?」

「あぁ、次の企画の話だ」

「うわぁ、マジすか。まだ始業前っすよ、どんだけ仕事好きなんすか」

「ふん、お前は、少しは見習え、まだ編集終わってないだろう?」

「はいはい大丈夫っすよ、ちゃんと〆切に間に合わせるんでー」

「……やれやれ、頼むぞ」

適当な態度に軽くため息をつき、部長は佐藤を通り過ぎる。

「あれ、部長煙草っすか、アタシもお伴していいっすか」

自分のデスクに置いた鞄から佐藤は煙草を取り出す。

「佐藤さん、次の企画で質問があるのですが、よろしいでしょうか?」

部長に付いていこうとする佐藤を村尾は遮る様に前に立った。

「悪いっ村尾ちゃんっ煙草吸ってからでいい?」

煙草を持っていない方の手でごめんのポーズで笑みを浮かべる佐藤。

「佐藤君、後で吸いに行っていいから先輩として聞いてやれ」

「えー、だから始業前なのにぃ」

「頼むぞ佐藤君」

後ろ手文句を言っていると佐藤を置いて非常階段に設けられた喫煙スペースにたどり着くと煙草を咥え火を点けてため息の様に煙を吐き出す。

そして、おもむろにポケットに突っ込んだ手をを取り出す。

なんだかパンツの前すごく膨らんでいた。


「くそ……童貞じゃあるまいし、まだ収まらん」


部長の頭の中では昨日の電話で聞こえた村尾のおもらしが映像で妄想されており、それに加えてさっきの村尾のミルクみたいな体臭のおかげで朝以上に悶々としていた。


「はぁ……どっかで発散でもするかな」


お読みいただきありがとうございます!

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