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巨人の国へ婿入りした不遇の王子は、大きな姫君と愛を育む  作者: 犬柳


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 シリウスは揺れる船上で、どこまでも続く海をぼんやりと眺めていた。

 婿入りのために向かうのは、遠く離れた見知らぬ国。

 シリウスは半月ほど前に祖国を旅立った時の事を思い返していた。





「我が異母弟、シリウス。此度はビガ国第一王女との婚約、誠にめでたい事よ」


 そう居丈高に告げるのは、この国の次期女王でありシリウスの異母姉であるベラトリックスだ。

 ふんぞり返るようにして高座に座るベラトリックスの前に、シリウスは跪いて答える。


「祝福のお言葉、ありがとうございます。姉上」

「ビガ国は四方を海に囲まれた離島国家。未開の地だと聞いている。まるで島流しだな」

「島流し……」

「ましてビガ国の民は……あれだろう? あの民族との婚姻など、まともとは言えまいな? まったく父上は何を考えておられるのやら」


 その言葉には大いに含みがあった。ベラトリックスはウェーブがかった黒髪を揺らしながら、くつくつと愉快そうに笑う。口角を歪めて意地悪く笑うその顔は、シリウスが幼い頃から何度も見てきた表情だった。


「……私のような妾の息子にも他国の王女との婚約を調えていただき、父上には感謝の念でいっぱいです」


 シリウスは頭を垂れ、淡々とした声で答えた。

 弟から期待していたような反応が得られなかったベラトリックスは、つまらなそうに鼻を鳴らした。


「せいぜい我が王室の恥とならぬよう、あちらの国でも励むのだな。無能で何の役にも立たぬ、半端者の異母弟よ」


 吐き捨てるように告げ、広げた扇子を勢いよく閉じる。乾いた音があたりに響き渡り、シリウスは一瞬ギクッと身体を硬直させてしまう。顔から血の気が引いていくのを悟られないよう更に深く頭を下げた。


「……はい、姉上」




 シリウスはアストラ王国の王子だ。とは言え、正式な王妃の息子ではない。王の公妾であるリリーから生まれた子である。

 国王には五人の子がいた。その中でシリウスだけが異質だった。

 王妃から生まれたのは、ベラトリックスを筆頭とした四人の王女。その下に、公妾の子であるシリウスが生まれた。

 公妾の子は本来、王位継承権を持たない。けれど国王の子どもの中で、唯一の男子であった事が幸いし――もとい災いし、シリウスは王位継承権を与えられた。

 この国では女性の国王が認められている。けれど男子こそが王位を継ぐべきという思想も色濃く存在していた。

 それを面白く思わないのは、王妃とその娘たちである。

 特に第一王女であるベラトリックスは生まれた頃から次期女王になるべく育てられてきたのだ。

 その座をポッと出の庶子に奪われようとしているとなれば、憎まれても仕方のない事だ。だからこそシリウスは、抗う気も起きなかった。


 こうしてシリウスはベラトリックスから冷遇される人生を送る事となった。

 先ほどのような嫌味は日常茶飯事。臣下の前で恥をかかされる事も、身体的に痛めつけられる事も珍しくなかった。

 時には命を狙われる事だって、無かったとは言えない。

 それでもシリウスは、波風を立てぬようひたすらに黙して耐えた。


 結局、国王は次代を継ぐ者としてベラトリックスを選んだ。

 そしてベラトリックスの立太子が決定したのとほぼ同時に、シリウスの結婚も決められた。

 こうしてシリウスが十八歳になった頃、遠く離れたビガ国へ婿入りする事になったのだ。





「ビガ国……か。一体どのような国なのだろう」


 ビガ国へ向かう船の中。シリウスは誰に聞かせるともなくぽつりと呟いた。

 手持ち無沙汰に手元の本を捲る。ビガ国の歴史や風土について書かれた書物であった。


 四方を海に囲まれたビガ国。

 穏やかな海と豊かな自然が特徴の離島国家である。

 精霊信仰に厚く、この国の特徴である豊富な資源も、精霊が与えた恩恵であると言われている。

 また、国民の特徴として――



「殿下、失礼いたします」


 突然船室の扉がノックされる。シリウスはハッとして、読んでいた本から顔を上げた。

 入室してきたのは侍従のジェレミーだった。


「間もなくビガ国に到着いたします。お仕度を」

「ああ、分かった」


 シリウスは手元の本をパタンと閉じると、ソファから立ち上がった。


 生まれ育ったアストラ王国から遠く離れた地。ほとんど王城から出た事もないシリウスが、わずかな供のみを伴って他国へ向かうのだ。不安に思う気持ちは確かにあった。

 けれどそれよりも彼の胸を占めているのは、大きな期待と解放感だ。

 幼い頃から異母姉に抑圧されて生きてきた彼にとって、王城は閉塞感の象徴であった。

 彼女に『島流し』と揶揄されてはいたが、シリウスはビガ国への婿入りを前向きに捉えていた。


「願わくば、婚約者と良好な関係を築きたいものだ……たとえどのような人物であっても」

「ええ、殿下ならきっと大丈夫です。少なくとも、あの王城よりは過ごしやすいでしょう」


 ジェレミーはやや皮肉めいた口調でそう告げた。シリウスは思わずくすっと笑みをこぼしてしまう。信頼出来る侍従が他国までついてきてくれたのは、シリウスにとって心強い事だった。


 シリウスは船室を出て甲板に上がる。自らの居場所となるビガ国の入口を、この目で見ておきたかったのだ。

 ビガ国を囲む海は、シリウスの瞳によく似た美しい青色をしている。

 強い風に金の髪をなびかせながら、船の進む先に目を向けた。どこまでも続く海の向こうに、大きな大きな――やけに規模の大きな港町が見える。


「あれが、私の新たな居場所……」


 口に出すと、それだけで心が僅かに弾んだ。

 もう誰かに抑えつけられるだけの人生ではない。そう言い聞かせるように、シリウスは手をぎゅっと握りしめた。


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