第30話 それはもう個人ではない
連れて行け。
その一言が、頭の中に残ったままだった。
「……」
歩いている。
でも、感覚が少しずれている。
さっきと同じ道のはずなのに、もう違う場所にいるみたいだった。
「……アオイ」
リナが隣で言う。
「……大丈夫?」
「……たぶん」
そう答えるしかなかった。
「……」
さっきの“確認”。
あれで、決まった。
僕は――
“通る側”の人間だと。
「……」
「ねえ」
リナが続ける。
「さっきのさ」
「……はい」
「なんであれにしたの?」
「……」
少しだけ考える。
「……簡単だったからです」
「……え?」
「誰でも気づけることを、言っただけなので」
「……」
リナが、少しだけ苦笑する。
「それができるのがすごいんだけどね」
「……」
よくわからない。
でも――
「……」
レオンが、後ろから言う。
「そこが重要だ」
「……?」
「お前の言葉は」
一拍置く。
「“特別なことを言っているわけじゃない”」
「……」
「だから通る」
「……」
その言葉は、妙に納得できた。
「……」
カイルが、すぐに補足する。
「再現性のある最適解」
「条件一致時、優位性維持」
「……」
ミラが、軽く笑う。
「つまり、“正しすぎる”のよ」
「……」
正しすぎる。
その言い方は、少しだけ引っかかる。
「……」
「でも」
ミラが続ける。
「正しすぎるものって、だいたい扱いに困るのよね」
「……」
軽い言い方だけど。
内容は、重い。
「……」
そのときだった。
「……見えてきた」
前を歩いていた男が言う。
「……?」
顔を上げる。
「……」
遠く。
少し高い場所。
「……」
壁。
大きな。
「……」
その向こうに、建物が見える。
密集している。
村とは、全然違う。
「……」
王都。
「……」
思っていたよりも、大きい。
「……」
人の気配も、明らかに多い。
遠くからでもわかる。
「……」
少しだけ、足が止まる。
「……どうした」
レオンが聞く。
「……」
言葉を探す。
「……多いですね」
「……」
「人が」
「……ああ」
レオンは、短く答える。
「だからこそ、問題になる」
「……」
その意味は、すぐにわかった。
人が多い。
つまり――
言葉が広がる速度も、早い。
「……」
王都の門が近づく。
兵士が立っている。
数人じゃない。
複数。
「……止まれ」
一人が言う。
「……」
全員が止まる。
「……通行許可は」
形式的な問い。
「……」
王都の男が、何かを見せる。
小さな板のようなもの。
「……」
兵士の表情が変わる。
「……確認しました」
すぐに道を開ける。
「通れ」
「……」
それだけで、通れる。
「……」
中に入る。
「……」
空気が、違う。
明らかに。
「……」
音が多い。
人の声。
足音。
物の動く音。
「……」
でも――
それだけじゃない。
「……」
何かが、混ざっている。
言葉。
たくさんの。
「……」
意味が、重なっている。
そんな感じ。
「……」
少しだけ、気持ち悪い。
「……」
リナが、小さく言う。
「……なんか、変だね」
「……はい」
同じことを思っていた。
「……」
カイルが、周囲を見ながら言う。
「密度上昇」
「干渉確率増加」
「……」
ミラは、少しだけ楽しそうだ。
「いいじゃない」
「……」
「ぐちゃぐちゃで」
「……」
その表現が、一番近い気がした。
「……」
進む。
人の間を。
「……」
視線を感じる。
あちこちから。
「……」
見られている。
ただの通行人じゃない。
「……」
そのときだった。
「……あれ」
誰かの声。
「……?」
振り向く。
「……」
通りの向こう。
人が、こちらを見ている。
「……」
一人じゃない。
数人。
「……」
ざわつく。
「……」
「……あの人」
「……」
「似てない?」
「……」
小さな声。
でも、はっきり聞こえる。
「……」
「“足元を見ろ”の」
「……」
空気が、一気に変わる。
「……」
心臓が、少しだけ強く鳴る。
「……」
違う。
でも――
「……」
もう、違わない。
「……」
人が、増える。
少しずつ。
「……」
視線が、集まる。
はっきりと。
「……」
その中の一人が、前に出る。
「……」
さっきの少女と、同じ目。
「……」
「……あなたですよね」
はっきり言う。
「……」
逃げ場が、ない。
「……」
「言葉を」
一歩、近づく。
「くれる人」
「……」
ざわつきが、広がる。
「……」
周囲の人間が、こちらを見る。
興味と。
期待と。
少しの――
信仰。
「……」
背筋が冷える。
「……」
レオンが、低く言う。
「……囲まれるな」
「……」
でも。
もう遅い。
「……」
人が、集まる。
どんどん。
「……」
誰も命令していないのに。
自然に。
「……」
理解する。
これは――
止まらない。
「……」
言葉が、広がった。
知らない場所で。
知らない人に。
「……」
そして。
僕は――
「……」
もう。
個人じゃない。
静かに終わる物語にしました。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
この物語は、
「正しい言葉」が誰かを救い、同時に誰かの選択を奪うかもしれない――
そんなズレを描きたくて書きました。
はっきりとした答えは出していません。
でも、読んでくださった中で何かひとつでも残るものがあれば嬉しいです。
もしこの先、続きを読みたいと思っていただけたなら、
それはきっとこの世界がまだどこかで続いている証拠だと思います。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。




