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47話 グレード



 アンジェラにとってフロント業務はホテルの動向を知る上で欠かせないものであった。


最後の客の情報を宿泊名簿へ書き写しながら、最近新しく設けられた欄へ羽ペンを走らせる。


『客室等級』

────そこへ彼女は”Suite”と記した。


ユーマが部屋のグレード分けを導入したいと言い出した時、その概念自体はアンジェラも知っていた。だが従来の宿屋では部屋の広さによって等級を分ける程度である。


それをより細かく分類しようと言い出したのは、ルネサンスの経営にも携わるダンであった。


最近は本職が忙しいらしく、目の下に隈を作ったまま現れた彼は開口一番こう言った。


「これ以上、冒険者をターゲティングするのはまずい」


普段は軽口ばかり叩く男の口から出たとは思えないほど真剣な声だった。


ギルドの守秘義務があるらしく一定以上の詳細は語られなかった。しかしダンジョン本部で何らかの問題が発生し、探索者向けの事業全体に影響が出始めているらしい。


実際、過去の宿泊名簿を遡ればその兆候は明らかだった。ある時期を境に、探索目的で宿泊する冒険者の数は少しずつ減少している。


ダンジョンの近くにあるルネサンスにとって主要顧客層である冒険者達の規制はあまりにも大きなダメージを負う事になった。


さらに現在のルネサンスの宿泊料金は、営業を続ける上で必要最低限の利益しか見込めない水準でもある。

そのため初期段階での経営を考えれば値上げは当然の選択肢だった。


だがアンジェラにはそれを選びたくない理由があった。


ユーマの能力によって維持費の多くが削減されていることもある。しかし何より、出来るだけ多くの冒険者に無理なく利用してほしかったのだ。


この宿は元々、彼らのために作られた場所なのだから。


だが経営が理念につまづいて倒れてしまうことは本末転倒だと言うダンの意見も正しい。


中間措置として選ばれたのは、客層の変更ではなく拡大である。


つまり冒険者向けという軸は残したまま、他の客層の需要にも応えられる客室を増設するというものだった。


「……グレードを隠れ蓑にしてニーズの拡大を図る、なんて。考えたものね、彼も」


彼なりに最大限譲歩した提案なのだろう。ならばこちらもそのシステムを最大限活用しなければならない。


ルネサンスの営業を担う者として。そして彼への信頼に報いるためにも、この試みは必ず成功させなければならない。


書類を棚へ戻したアンジェラは、そのまま次の課題へ思考を移した。


それは客室の増設である。


現在稼働している客室は、アンジェラ一人でも対応できる範囲に抑えられている。一般客室が五部屋に例外的に運用しているスイートルームが一部屋。


これらの数を増やせれば必然的に売り上げが上がることも見込まれる。しかし不用意に部屋を増やせばそれだけアンジェラが対応する仕事も増えるというものだ。

最善なのはアンジェラ以外にホテルマンの人員を補充することだが、赤字経営の今ではそうは言っていられない。


そうこう悩んでいる内に2階の3号室から呼び鈴が鳴らされた。アンジェラは顔を上げる。


それと同時に耳元の赤いピアスが微かに光り、頭に聞き馴染みのある声が響いた。


『俺だ。すまんがこっちの対応がもう少しかかりそうでな。そっちは任してもいいか。どうぞ』

「任せて。新しいお客様を案内する時はどうしても時間が必要だもの。トラブルではないのね?どうぞ」

『もちろん。ただ金庫の中にある冷やしたエールが気になるみたいでな。もしかしたらその対応もする事になると思う。どうぞ』

「了解したわ。グラスはまだ部屋の中に準備出来ていなかったわよね。スタッフルームの中に準備しているから後で取りに来なさい。私は2階の件を処理するわ。どうぞ」

『恩に着る。お互い無事に終わりますよう。以上』

「ええ、お互いの健闘を祈ります。以上」


会話が終わるとピアスが光を失い、無線機として役割からただの装飾品に戻っていく。


それを真似るように彼女もまた支配人から現場のホテルマンへと意識を切り替える。


これから相対するお客に失礼のない様に口角をほんのりと上げ背筋を伸ばし、彼女は階段を登って行った。

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