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22話 起床



 夜が明け日の光が室内を照らす明朝。シーツの中から茶色の髪先がもぞもぞと動いている。枕の上からベットカバーを被った頭はやがて意を決したようにそろりと顔を出した。


新米冒険者であるダン・ガロウズは困惑した目で天井を眺める。天井には埃ひとつない清潔な白が広がり、日の光を眩しいほどに反射していた。外の常日頃騒がしい喧騒も異常なほど鳴りを潜めており、自身の体からするシーツを擦る音しか聞こえないほどだ。


ここは何処なのだろう。


当たり前の疑問が脳裏を過ぎるが、心地よいシーツ達がその行く手を阻む。異常なまでの柔らかさを持つそれらは薄く柑橘系の香りがした。故郷の畑を彷彿とさせる匂いにまたシーツにくるまっていたくなる。しばらく酩酊状態の様な起きているとも寝ているとも判別がつかない極端をシーツの中で彷徨っていた。


不意に物音が連続して部屋に響く。何事かと微睡中の意識を無理やり起こし視線を向けた。


「よぉ、おはようさん」


朝日が照らした先には気怠げな目元をした男が立っていた。シャツから垣間見える体は冒険者の自分とは違う筋肉のつき方をしており、同業者ではないことがわかる。


「え、と」


何かを口に出そうとするが上手く言葉を紡げず、今の為さない母音が舌先を滑った。男はプレートを持ったままベット横に腰を下ろす。


「若いうちの酒の無茶は付きものなのかも知れんが、そのうちガタが来るぞ。せめて朝は食べろ」


プレートを差し出され、鼻先スレスレに止められる。粗雑な動きで渡された朝食はほのかに白い湯気を放つスープと小麦パンだ。


覚めやらぬ意識のままシーツに絡めていた足を床に下ろす。普段なら気にしないが流石にこんな綺麗なベットの上で朝食を取るのは憚れる。他に座る場所もなく黙々と食事を続ける男の横に腰を下ろした。


「あ、あの。ちょっと聞いてもいいすか」


男は口に入れたパンを咀嚼しながら無言で頷く。


「……え〜っと。あの、ここってどこっすか?」


噛み動いていた顎が止まり、常人より鋭い視線がこちらを刺した。


「本気で言ってるのか。まさか、昨日のこと覚えてねぇとか言わねぇよな」

「え"ぇ!?」


待て、待て待て。一体自分は何をしたんだ。脳内を遡ってみても酒場に行って席についたあたりから記憶にもやがかかっていた。その間に何かしたと言われれば、残念ながら思い当たる節が多すぎる。酒癖の悪い自分はこの手のパターンを手足の指を足しても足りない数体験してきたのだから。


「そ、んなことないっすよ!えーと、ほら、あれっすよね!」

「アレ?」

「そうそう!んー、と」


訝しむ男から顔を晒し思い出すフリをしながら、密かに観察する。過去の事例から早々に思い出すのを諦めたダンは目の前の男の様子から自身の行動を推測しようとしたのだ。


体型や顔から同業者では無い為、仕事を絡めてのトラブルでは無さそうだ。同時に相手も自分も目立つ傷やアザはない為、暴力系の線は消えた。残りの酒の席でのトラブルは金か、色か。


「そうそう!金のこと─────」

「金?酒代ならお前と俺で折半したろ」

「じゃあなくて!ロゼッタのことっすか?それともジェニファー?リリス?」

「誰だよ」


最近で関係を持った二人の名前が外れて、加えて金でもない。持っていた砲弾が悉く塞がれ、残ったのは間抜け顔をした自身のみ。全くのお手上げだ。


「……覚えてねぇのか」


少しの落胆と諦めの混ざる視線が向けられ、うっ!と息が詰まる。


「いやー?ちょーっと都合の悪い記憶に濃いめのモヤがかけられてるぐらいっすよ?」

「AVか。記憶にそんな便利な機能ついてねぇんだよ」


えーぶ?よくわからない単語に首を傾げていると、男は二、三度咳払いをし、改めて向き直った。


「俺はユーマ。昨日酒場でお前と一緒に飲んだんだ。そこでお前がぶっ潰れたんで回収したんだよ」

「なーんだ。潰れただけっすか!びっくりしたー」

「あ"ぁ?潰れただけ、だぁ?ここまで引きずってくんの大変だったんだぞ」


確かに装備を身につけたままの冒険者の身柄を移動させるのは重労働だろう。そう思っていたが彼の口から紡がれたのは全く予想外の反論であった。


「通りすがりの女性を片っ端から口説くわ、壁のシミを繋げて世界地図を書こうとするわ5歳児かテメェ!」

「ひええ!ごめんなさいっす〜!」


ダンの鮮やかな土下座にもユーマふん、と荒々しく続けた。


「酒は適度にしておけ。特にお前の仕事は体が資本だろう。よく食べ、よく寝て、よく動け」


もう一度サイドテーブルに置かれていたプレートを頭上に押し付けられ、慌てて体を起こす。ユーマはもう鬱憤が晴れたのか無言で少し覚めてしまったスープを飲み干した。


「……美味いっすね。なんか、あったまる」

「だろ。食ったら出てけ」

「優しいのか冷たいのかハッキリしてくださいっすよ!?」


その時、遠くで鐘の音が鳴り響くのが聞こえた。朝の三度の鐘の音は毎朝8時頃に鳴らされる。


「もうそんな時間かー」


ダンは食べ終わった皿をサイドテーブルに置くと、その下にあった二つの引き出しを順に開ける。中に何も入っていないことを確認すると、首を捻り辺りを見回した。


「あれ?っかしーな」

「おい。勝手に動き回るな」

「チェックインの紙って何処っすか?」

「は?」


眉を顰めるユーマにダンは開けられたままの引き出しをトントンと指で叩く。


「ホテルって大抵机の中にホテル名とチェックインの時間が書いてあるサービス表が置いてあるじゃないっすか。もしかしてここみたいな高級ホテルだと違うんすか?」

「高級ホテルって……お前なぁ」


ユーマは何か言いかけたが、何処か居心地が悪そうに視線を外した。横に向いた顔の代わりに熱った耳が男の感情を語る。


「俺今日非番なんでもうちょっとここでのんびりしてたいんすけど」

「……理由それかよ。本っ当に厚かましい奴だな。お前は」


ダンは不思議そうに腕を組んだ。


「ん?勿論それだけじゃないっすよ。ここはなんだか心地いいっすからね。確かに豪勢に見えるけど……、朝食のスープみたいなあったかい感じもするっす」


あったかい。

ホテルを形容する言葉にしては聞き馴染みのない用語にユーマは眉間に皺を寄せた。彼の疑問を嗅ぎ取ったダンは説明を付け加える。


「部屋の中が綺麗だったり絢爛豪華な家具があるのもいいっすけど。何か、こう。それもあまり気にならない程度に不思議とリラックス出来るんすよね」

「リラックス……」


うーん、感想を細かく伝えるのって難しいっすね、とダンは照れたように頬をかいた。ユーマは何かを考え込むように、視線を下へ向ける。


「普段はホテルって特別な時にしか泊まらないっすけど、ここは実家みたいに泊まる、いや帰りたくなるかもしれないっすね」

「帰りたくなる、か」

「勿論俺の家はこんな金持ちじゃないっすよ!?こんな感想、ホテルに失礼かもしれないっすけど!」


慌てたダンは話を逸らすかのように机の引き出しを閉める。


「そんなことより!ここってどこなんすか?こんな内装のホテルありましたっけ」


キョロキョロとダンの視線があちこちに向けられた。そうして段々と期待のこもった熱望の視線に変わっていく。


「……もしかして新しく出来た所っすか!?」


わくわくとまるでサンタを見つけた子供のようにはしゃぐ青年を前に、ユーマは気まずそうに顔を逸らした。


やがて熱視線に耐えかねた男は悪事を白状するように、両手を上げる。


「期待に応えられなくて申し訳ないけどよ。ここは────ダンジョンの中だぜ」

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