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21話 夢




 グラスの縁が軽くぶつかり、乾いた音を立てた。琥珀色の液体が揺れ、ぼやけたランプの光を割って反射する。

金髪を短く刈り上げた髪型が特徴的な男はダンと名乗った。背丈は長身のユーマよりも高くガタイもある。第一印象から冒険者であることは疑う余地はない、と考えていたユーマの思想を彼はあっさりと裏切ることとなった。


「職業っすか?民営冒険者ギルドの補給部隊所属っす」

「補給部隊?そんな役職があるのか」

「派手な実行部隊や前衛のサポートをする工兵部隊とは違って完全に裏方っすからね。給料も人気も低いっすよ」


冒険者ギルドの中でも規模の大きな組織に所属しているらしいダンは、現代で言うところの異動に近い状態にある様だ。以前までは系列ギルドで道具や武器のメンテナンスを主な仕事にしていたが、ダンジョン近くの拠点の人員不足によりここに配属されたのだ。


「まぁ、体よく飛ばされたってことっすよ」


男はわざと戯けているのか、それとも本当に気にしていないのかわからない自虐を挟みつつエールを煽る。ユーマは考え込む様に視線を天井へ向けた。今にも吹き切れてしまいそうなランプが心許なく揺れている。暗くなりそうな話を切り替える形で、ダンは少し空元気な声を上げた。


「もちろん、今の仕事は嫌いじゃないっすけどね。こう見えて元商家の生まれなんで、交渉や在庫管理は得意なんすよ」

「へぇ。そこで働こうとは思わなかったのか?」

「俺は次男ですし、家族経営は俺の性格上揉めそうでしたから。家にいるより1人で動いてる方が何かと楽っすよ」


その言葉にユーマは目を丸くする。

マリーから聞いた話だとここらの地域は世襲制が多いのだと言う。ダンジョンの出現で交易が活発化したとが、地元の商家なら世襲制は絶対のはず。次男だとしてもそれは適応されるだろう。


その考えを見透かす様にダンはまぁ、もう家の敷居は跨げそうにないっすね、と笑った。

そう言った彼の声は、酒で少し掠れて頬はうっすら赤く日に焼けた肌を余計に褐色よく見せている。


「……凄いな、お前は」

「はは、んなことないっすよ。田舎じゃ補給部隊とはいえ冒険者なんて“死に行く馬鹿”扱いでしたし。でも俺は、あの腐った畑で一生終わるのがイヤだったんす」

「悪童め。そこまでして何が欲しいんだか」


ユーマはグラスを口に運び、薄めのウィスキーを一口含む。喉の奥に渋い熱が落ちた。この街の酒は、まるでここの人間みたいだ──安っぽくて、妙に癖が強い味が口内を潤す。

ユーマの問いに、対面ではもうすでに飲み終わったグラスの縁を指で叩き、ダンは一人ごちる。


「子どもの頃、本で読んだんすよ。“無限に水が溢れ出る聖杯”とか“植物を操る杖”とか……そういう話に憧れたんす。なんて夢のある話ななんだろうって」

「意外だな。浪漫主義者には見えないが」

「あいにく資本主義っすよ。俺はその話の顛末よりも、魔道具のみに惹かれましたから」


ダンは笑いながら、グラスの中の氷をかき回す。ユーマには液体に反射した彼の瞳がキラキラと輝いている様に見えた。カラン、と乾いた音が、やけに響く。


「歴史上、繁栄の側にはいつも魔法の力があったっす。そして魔法は個人の資質に由来するものが大きく、それによる格差は広がる一方」


だけれど、とダンは言葉尻を強めた。


「魔道具は違う。人種性別年齢を問わず、全種族で使用が可能っす。魔法が使えなくたって、強力な魔道具を普及させれば大きな戦力になる」


机上に向いていた視線がゆっくりとユーマの喉元を通過し瞳とかち合う。周りの喧騒すら遠くなる強い憎悪にも似た決意がダンの瞳の中に宿っていた。ユーマはちびちび飲んでいたエールの取手から手を離し、膝の上で指を組んだ。その間、目を離さず見つめ返していた。


「魔道具の普及が目的か」

「いえ、どちらかと言うと量産っす。魔法の供給よりもっと手軽で身近な、ね」

「夢みたいな話だが、確かに金にはなりそうだな。だがもし仮にそれが実現したとして、魔法の価値が相対的に下がる。魔法が行き場を失うことになるのは良いのか」

「おかしな事を心配するっすね。商売ってそういうことでしょうに」


人受けしそうな親しみのある笑顔を浮かべるダンにユーマは薄寒いものを感じ、不自然に口角が上がってしまう。

落ち着いて聞いてみれば言っていることは酔っ払いの冒険者と変わらない。ダンジョンの恵みを外に持ち帰り、それを元に一攫千金を狙うと言う皮算用にも似た酷い夢想だ。


しかし彼はそれを、近い未来に実現できる現実としてかなり精密に経営ビジョンとして捉えている様にも感じた。魔法と剣の世界で、彼は半ば当てつけの様に明確に金と事業でのし上がろうとしているのだ。

その過度なまでの上昇志向と自然への反逆心は、昔専攻していた一等好みの文化運動に近く、思わずユーマは歯を見せ笑ってしまう。


「────ははは!このヒューマニストが!ルネサンスでも起こそうってか」

「ルネ?なんすか、それ」

「あー……。んー、簡単に言うとな。世界の中心や価値観を人間寄りにしようぜ、って考えだ。まぁ、時代によっちゃあ罰されてもおかしくない考えなのはわかってるがな」


お前の考えにも近いんじゃないか、と空いた杯を傾けるユーマに、ダンは頬杖を外した。


「神を否定するってのも少し違う。ルネサンスは神や自然を畏れず対等に受け入れ、そこから自分たちは何ができるのか模索した文化運動、いや時代の流れと言ってもいい」

「……随分先進的な考えっすね。何処の国出身すか。その国の文献とか、何かおすすめの見てみたいっす」

「え"、あ"ぁ〜、ちょっと遠い国だしその時代の歴史は口伝限定だからないかもなー」


その後納得していないダンから無理やり話題を切り上げ、話は本来の目的であるダンジョンの詳細についてユーマは探りを入れた。だがダンジョン内では毎日何かしらの事件が起きているらしく、範囲が広すぎて知りたいことの特定はできなかった。

ユーマが持っている手札は宿屋で人がいなくなることをあの蛇男が問題視していたことの一点のみ。だが人が行方不明になる程度のことは、ダンジョン内では日常茶飯事だと言う。唯一得られたことは、ここから真相に辿り着くまでには、長い軌跡の旅が必要なのだろうという諦念だけだ。


そしてその成果を得られた時には既に、夜が深く更けていた。

ダンは少し目を細めて笑ったまま急に寝落ちしてしまったのだ。彼の目の下の隈がくしゃりと歪んでいた。ダンはグラスを持ったまま、カウンターに突っ伏した。寝息がすぐに聞こえてくる。酒と夢を残り香として彼はあっけなく落ちた。情報収集の為とはいえ、ダラダラと飲み続けてしまったのが原因だろう。


 ユーマはゆっくりと立ち上がる。そして置いて行こうか、介抱するかを頭の中で天秤にかけたがカウンター越しの酒場のマスターらしき貫禄のある男に強く睨まれ、その視線からそいつ共々さっさと出ていけと言う強い意志を感じた。選択肢は実質一つに絞られてしまったらしい。


しばらく目の前の青年を見つめ、大きくため息をついたユーマは酔い潰れたダンの肩を担ぎ上げる。窓の外は夜風が重く、街灯の下に薄い霧が漂っていた。遠くで犬の鳴き声、裏路地の奥でガラスが割れる音。

 

この場所は、ダンジョンは俺が思っている以上に厳しいところなのだろう。全ての人が疲弊しきり、明日のまだ見ぬ絶望を語る。しかし隣の男は訪れるかも分からない夢を希望として語っていた。




ダンに肩を貸し訪れたのは、マリーの部屋がある宿屋の3階の端の部屋だ。空室の個室の扉を開けた瞬間、悠真はわずかに顔をしかめた。先日ざっと掃除はしたが、やはりダンジョンの宿屋らしく、部屋はまだ随分と年季が入っていた。


石造りの壁には細かいひびが走り、窓枠の隙間からは夜気が冷たく流れ込む。備え付けていたランプを点けると、淡い光が埃を照らして舞い上がり、まるで部屋全体が呼吸をしているようだった。天井には、冒険者たちが刻んだと思われる古いナイフ傷が薄く残っている。


「一応整理はしたんだが……。まだ改良の余地があるな」


 ユーマは肩に担いだままのダンを見下ろし、苦笑した。あのまま路地裏に放り出すわけにもいかない。せめて一晩くらいは快適に眠らせてやりたい。隈をこさえた目に疲れの溜まった顔、皺と汚れの目立つ服は随分と着古されたもののように感じた。


彼はゆっくりと片手を上げ、指先で空気をなぞる。目には見えない何かが反応し、部屋の空気がわずかに震えた。


 《居心地度ポイント:未使用度200ポイント》

 《使用しますか? → はい》


 無機質な表示が頭の中に浮かび、選択した瞬間――光が壁の隙間を伝って走り抜けた。


 長年放置されて乾いた石のひびが、じわりと光に縫われるように塞がっていく。冷たい隙間風は止み、壁の内側にほんのりと温かさが広がった。やがて床板が静かに鳴り、ベッドの布がゆっくりと膨らむ。古びた藁の寝具は、白いシーツに包まれたふかふかのベッドへと姿を変えた。同時に、天井のランプが柔らかい琥珀色の光を放ち、部屋全体を包み込む。


「……よし」


ユーマは満足げに息を吐いた。

今やそこは、つい先ほどまで埃だらけだったとは思えないほど、静かで暖かな空間だった。わずかに香るのは、金属のような湿り気ではなく、乾いた布と木の匂い――人の暮らしの温度。


ゆっくりと慎重にダンをベッドに寝かせる。

酔い潰れた若者は、まるで糸の切れた操り人形のようにぐったりと動かない。しかし創られたばかりの布団をかけると、すぐに安堵したように眉を緩め、深い眠りへと落ちていった。


 ユーマはその寝顔を見下ろしながら、少しだけ遠い目をした。


「……こいつも苦労してんだな」


 呟きはランプの光に吸い込まれ、部屋の空気に溶けた。外ではまだ、ダンジョンの奥から吹くような低い風の音が響いている。


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