20話 酒場
「おい、ゴラァ!弁償しろよ!これは王都製の高級革で10万ゴールドは下らねぇんだぞ!?」
怒鳴り声。
酒場のざわめきが一瞬だけ引き、次に冷たい笑いが混じった。────誰も止めない。いつもの光景なのだろう。
ユーマは、壁際の席からそれを静かに眺めていた。
ワインの染み、鎧の色、革の質感。何気なく目を細めると、視界の端に文字が浮かび上がる。
《汚染物質:発酵果汁由来(赤葡萄種)》
《素材:牛革(模造品・低耐久)》
淡い光の文字はどうやら彼にしか見えない様だ。表示された情報に悠真はわずかに眉尻を上げる。怒鳴る男の目は怒りというより「見せつけ」だった。
新入りの若者が一人、理不尽に怒鳴られる光景。酒場ではよくある話。だが先日の自分を思い出し、鳩尾あたりが引き締まる感覚を覚えた。
ユーマはゆっくりと腰を上げ、足音を立てずに二人の間へ割って入る。
「すんません、少し見てもいいですか?」
「……なんだてめぇは」
男の問いに返事することなく青年はワインが染みた箇所に視線を落とした。軽く指先を動かすと、彼の背後で影がふわりと揺れる。小さなスライムが鞄からから顔を出し、“ぷるん”と鳴いた。
それが革鎧に触れた瞬間、深紅の染みはみるみる吸い込まれていく。乾いた革が元の色を取り戻し、わずかに艶を放った。
「……え、え?」
「解決した様でなによりです」
怒鳴っていた男は驚いた顔で鎧を見下ろし、何か言いたそうに対峙するが自分たちが思ったより人目を集めていることに気付いたのか、舌打ちをして去っていく。その後ろ姿を見送りながら、悠ユーマは小さく笑った。
────そりゃ、新人からカツアゲしてるところを見られたくはないわな。牛革を高級だと言い張ってんだから。
「ご助力感謝するっす。新人狩りなんて古臭い慣習が未だにあるなんてついぞ思わなかったもんで」
助けられた青年────肩口には『ダン』と名前らしき文字列が鎧に彫られている。男は何度も頭を下げる。あどけなさの残る顔、誠実すぎるブルーの瞳。体格は良いが、立ち振る舞いがどこか生意気さを感じた。
「気にすんな。俺も3日前に同じことをされた身でな。まぁ、その時は俺も悪いところがあったんだが」
「ってことは、兄さんもお上りさんっすか?奇遇っすね。俺もダンジョン目当てでここに来たばかりなんすよ」
言われてみれば、確かに見慣れない防具や武器だが、新品の様に見える。ここに来たばかりの慣れない新人は自分だけではないのだと、傲慢な親近感を覚えた。マリーに渡されていた今日の分の昼食代を無意識に強く握り締め、緊張がバレない様に努めて明るく口を開く。
「新人狩りの初体験祝いに一杯奢ってやるよ。酒はいける口か」
「安酒は嫌っすよ。俺の童貞卒業記念なんだから、もうちょっと豪勢にしてくれませんか?セ・ン・パ・イ」
ユーマとあまり背丈の変わらない彼はかわいこぶる仕草をとりつつ、小さく首を傾げた。
「3日しか変わらねぇだろうが」
ため息を吐きながら、二人の青年は手前にあるテーブル席へ腰を落ち着けた。




