46. 後始末は、きっちりと
大きな揺れを感じ、俺は目を開けた。
薄暗い中でぼんやりと見えたのは天井…ではなく、ルビーの顔だった。
「良かった……目を覚ましたのね」
俺の上着を羽織ったルビーが、俺の頭を優しく撫でているが、これってどういう状況?
⦅今は、村へ戻る途中じゃ。おぬしは魔力が枯渇し倒れ、ルビーが馬車の中で『膝枕』をしてくれておる。それで──⦆
ふむふむ、なるほど。
あの後、そんなことがあったのか。
それで、俺は膝枕をしてもらっているから、頭に柔らかいものを感じるんだな……
膝枕!?
こういう展開は、ラブコメ作品の中だけじゃないの?
慌てて起き上がろうとしたけど、ルビーがそれを許してくれなかった。
「また、倒れたらどうするの? おとなしく横になっていて!」と涙目で言われてしまったら、「わかりました」と従うしかない。
「ルビーは、大袈裟だなあ」
苦笑しながら顔を見上げると、「大袈裟じゃないわ!」と髪をぐちゃぐちゃにされた。
こんな頭じゃ外を出歩けないけど、帽子はあるし、もう夜だから別にいいか。
「カズキが、無茶をするからよ! 倒れたときは、本当に死んじゃったのかと思ったんだから……」
わ、わかったから、もう泣かないで!
どうやら俺は、ルビーの涙に弱いらしい。
≪父上、目が覚めたのか?≫
アンディが、馬車の天井から顔だけを出した。
猫型トーラは、俺たちの向かい側で丸くなっている。
そうか、俺が君たちの指定席を奪ってしまったんだな。
俺が意識を失っている間、一人と一匹は役割分担をして、馬車の中と外を警戒してくれていたようだ。
「アンディはあいつらを捕縛してくれたし、トーラは俺たちを守ってくれて、ありがとな!」
≪倒れていても、状況を把握しているのだな。さすがは父上だ≫
「えっ? ああ、そうだな……」
状況を知っていたのは、ついさっきマホーから話を聞いたから、なんだけどな。
マホーは俺が倒れることを想定して、アンディとトーラの同行を提案したらしい。
おかげで、俺が役に立たないときにルビーの安全は確保できたし、犯人たちに逃げられることも無かったけど……
⦅なんじゃ? 儂に文句があるようじゃな……⦆
当たり前だろう!
俺は、魔力切れになる前に教えてくれって言ったのに、マホーが伝え忘れていたから、こんなことになったんだぞ!!
⦅だから、言い忘れておったと言ったじゃろう! いつまでも、根に持つでない!!⦆
あっ、逆ギレしたな……
俺たちが脳内で言い合いをしている間も、馬車は月明かりの下、街道をガタゴトと進んでいく。
いま乗っているのはスコット家の(家紋無し)馬車で、もう一台の粗末なほうに、やつらはぎゅうぎゅう詰めにされているらしい。
そして、それぞれの御者の隣にはスケルトンが座り、見張りをしているのだとか。
うん、夜道では絶対に遭遇したくないかも。
「……ねえ、カズキ。ちょっと聞きたいことが、あるんだけど」
「うん?」
「さっき、あの人たちに話していた、『どうやって、走行中の馬車に追いついたのか』なんだけどね……」
「モホーさんの力を借りた話は、全部嘘。俺は転移魔法が使えるから、探知魔法でルビーの居場所を特定して、追いついたのさ」
ちょうど良い機会だと、ルビーには転移魔法が使用できることを伝えておく。
「それで、魔力を使いすぎてしまったのね」
えっと……厳密に言うと、『飛行』でほとんどの魔力を持っていかれたんだよな。
でも、この世界では人は飛ばないそうだから、マホーと相談した結果、空を飛べる事は内緒にすることにした。
「……モホーさんも、本当はカズキなんでしょう?」
「…………」
「武闘大会の翌日、トーラは薄桃色をしていたわ。脇の辺りは、少し赤色が残っていたし……モホーさんの召喚獣は深紅色の大型魔獣だったと、瓦版に書いてあったの」
⦅やはり、気付いておったか……⦆
マホーは、知っていたのか。
王都の隅でトーラを洗ったけど、洗い残しがあったんだな。
まあ、そもそもあんなにピンク色をしていたら、おかしいと思うのが当然か。
「どうして……カズキは、ここまでしてくれるの?」
「ハハハ、そんなの決まっているだろう? ルビーたちは、俺の恩人なんだから」
いきなり異世界へ召喚されて右も左もわからない俺を、ルビーたちは温かく村へ迎え入れてくれた。
トーラだって、アンディだって、そうだ。
それが、どんなに嬉しかったか。
俺が頑張る原動力は、そんな皆への『恩返し』。
ただ、それだけ。
「私たちは、カズキにたくさん助けられているわ。本当に、本当にありがとう。でも……」
「でも?」
「あまり、無茶をしないでほしいの。カズキは、私にとって……」
ルビーが手を握りしめてきたから、俺もそっと握り返す。
「……ごめん。疲れているのに、長話をしてしまったわ。まだ村に着くまで時間があるから、カズキは眠っていて」
そう言うと、ルビーは俺の顔に手を当て、強制的に瞼を閉じさせた。
「手を握られて、額に手を当てられて、俺はまるで看病されている子供みたいだな」
「そうよ、カズキは子供よ? だって、とても成人しているようには見えないもの……」
それって、見た目だけのこと?
まさか、精神年齢も、ってことじゃ……
⦅両方じゃな⦆
う、うるさい!
だいたい、マホーには尋ねていないし!!
「あの……ルビー?」
「はい、もう口も閉じて」
今度は、口に蓋をされた。
ルビーを怒らせると怖いから、おしゃべりはここでおしまい。
でも、気になってこっそり薄目を開けると、窓の外を見ているルビーの顔が見えた。
月明かりに照らされて、穏やかに微笑んでいるのがわかる。
月の女神さまが実在したら、こんな感じだったのかな……なんてね。
本当に綺麗な女性だと、改めて思う。
異世界にでも飛ばされない限り、こんな美人さんに膝枕なんてしてもらえなかっただろうな。
ついつい見惚れていたら、ルビーと目が合った。
あっ、マズい。
ルビーの顔が、『月の女神』から『般若』になった……
「カ・ズ・キ、どうして寝ていないの?」
「あの、その、えっと……」
ルビーが綺麗だから、つい……
「……言うことを聞かなくて、ごめんなさい!」
「わかっているのなら、すぐに目を閉じる!!」
「は、はい!」
⦅結局、最後はこうなるのじゃ……⦆
◇
俺たちが村に戻ったころには、すっかり夜になっていた。
村の門は閉まっているから、ルビーをお姫様抱っこして門をひとっ飛び!
大ジャンプに見せかけた飛行で、門を乗り越える。
転移魔法を使用しなかったのは、こういう使い方もできるのか試してみたかったから。
決して、ルビーを抱きかかえたかったわけではない!
アンディとトーラには、門の外でやつらの見張りをお願いした。
ルビーを送り届けたら、その足で王都へ護送するつもりだ。
村役場には、ゴウドさんとドレファスさん、ジェイコブさんが待っていた。
皆、ルビーの無事を喜び、犯人とその犯行動機に唖然とし、俺はめちゃくちゃ感謝される。
「カズキくん、ルビーを救出してくれて、本当にありがとう!」
「ルビーにはいつも世話になっていますから、礼には及びませんよ。では、俺は今から王都まで彼らを護送してきます」
「今日はもう遅いから、明日にしたほうが……」
「いいえ。こういうことは、早いほうが良いと思います。それに、この村には罪人を収容するような場所がありませんからね」
トーアル村に、牢屋などはない。
もともと、犯罪とは無縁の平和な村だったからね。
それに、国の直轄領だったから、何かあれば騎士団が王都まで連行していたのだ。
「カズキさん、私がすぐに報告書と要望書を作成しますから、少々お待ちください。王命に基づき、厳正なる処罰と再発防止を国へ求めますので」
ドレファスさんが急いで書類を書いている間、俺はルビーが淹れてくれたお茶で一息つく。
ルビーは、俺が数名の冒険者を相手にいかに戦ったかを語っていて、皆が興味深げに聞いている。
でも、ルビーさん。お話は、そのくらいにしてもらえませんか?
自分の武勇伝を聞かされるのは、かなり恥ずかしいものがあるからさ……
◆◆◆
深夜の王都門に二台の馬車が現れたのは、ちょうど門番たちの交代時間だった。
門の通行はいつでも可能だが、このような時間に護衛もいない馬車がやってくることなど、まずない。
まれに、急を要する貴族の使いが家紋付きの馬車で領地から出向いてくることはある。その場合は、必ず護衛が先触れをしに来るのだ。
それがなかったことで門番たちに緊張が走ったが、馬車から降りてきたのはローブを頭からすっぽりと被り杖をついた老人だった。
「トーアル村で罪を犯した者たちを連れてきたのじゃ。騎士団への引き渡しを頼む」
トーアル村と聞き、門番の一人が老人の正体にすぐに気付く。
今年の武闘大会の覇者、大魔法使いのモホーだとわかり、第一騎士団へすぐさま伝令が走る。
程なくして、第一騎士団団長のハリソン・ミルバネが部下を引き連れやって来た。
「モホー殿、お久しぶりでございます!」
「ミルバネ殿、このような時間にすまぬ。実はのう……」
モホーから事情を聴いたミルバネの顔が、瞬時に曇る。
部下へ命令し、ただちに二台の馬車の引き渡しが行われた。
「これは、トーアル村から預かった書状じゃ。儂は今回の件について、遺憾の意を表しておると伝えてくれ。くれぐれも、よろしく頼むぞ!」
「かしこまりました! 私が責任を持って、お預かりいたします」
「では、儂はこれで失礼する」
直立不動の姿勢で敬礼をした団長を見やると、老人はくるりと向きを変えた。
「モホー殿、よろしければ村までお送りいたしますが?」
「気遣いは有り難いが、不要じゃ。儂はこれに乗っていく」
突如として現れたのは、黒の大型魔獣。
モホーは、よっこらせと乗り込んだ。
「なんと! モホー殿は、メガタイガーを三頭も……」
ミルバネの声に、「しまった、色が違った……」という小さな呟きが漏れたが、幸い周囲に聞かれることはなかった。
「これは……赤の番じゃ」
「さようでございましたか、さすがはモホー殿ですな!」
感心しきりのミルバネから逃れるように、老人は魔獣と姿を消す。
そして翌朝、第一騎士団の詰所では、副団長へ自慢話をする団長ミルバネの姿があった。




