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スペースポストマン  作者: daishige
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第十八話 グローバル政党

●18.グローバル政党

 白井が意気揚々と田山の研究室に入ってきた。

「どうした白井君、今日はご機嫌じゃないか」

顕微鏡から目を離した田山は、白井の顔を見た。車椅子は部屋の隅に置かれ、外見上、田山はすっかり回復しているように見えた。

「見てくださいよっ。これ」

白井はズボンのバンドを緩め、チャックを開けて股間を見せた。

「ん、君の男性器が復活しているじゃないか」

田山はちょっとむせていた。

「そうなんっすよ。ペニトリスじゃなくてペニスっしょ」

「確かに…、それに陰嚢も体外に出ている。何かしたのか」

「いいえ。寺脇さんに男らしさをアピールしようと思ったくらいっすかね」

「男らしさか…。白井君は寺脇さんとぉ、そのぉなんだ…、セックスしたいと強く願っているかね」

「ええっ。そんなことは…、ないとは言えなくもないっすが、なんとかしたいかなぁ…」

白井は言葉を濁していた。

「なるほど。これは仮説に過ぎないが、エターナル期でもブリーダー期の異性を強く欲していると元の性に戻るのだろうか」

「どっちにしても、自分には嬉しいことっすよ」

「生殖機能が全くなくなると、種の保存が不可能になるから、必要に迫られればあり得ることだな。これは興味深い」

田山は引き出しからカメラを取り出し、白井の股間を丁寧に撮影していた。


 「ドクター、それは本当ですか」

桜内は田山に呼ばれ研究室に来ていた。

「白井君の件は、後遺症についての新たな発見かもしれません」

田山は撮影した写真をデスクのモニター画面に映していた。

「私も白井が寺脇に強い恋愛感情を抱いていることは感じていたのですが、こうなるとは思っても見ませんでした」

「船長も、その気になれば、アレができるようになりますよ」

田山は軽く微笑んでいた。

「今となってはそれはドクターも同じじゃないですか」

「あ、そうでした」

田山は苦笑していた。

「だとすると戸川も…。そう言えば、彼女もなんか女性っぽく感じる時があります」

「そうですか。誰かに恋しているのでしょうか」

「わかりませんが、この研究棟にはブリーダー期の男性もかなりいますから」

「ノバ感染症とは実に面白いものです。私は研究に生涯を捧げても良いと思ってます」

「ところでドクター、研究の方はかなり進展しているようですが」

「今のところは自由に研究させてもらってます」

「ですが、このまま安心して続けられるかは微妙です。SNSではドクターは売名行為のインチキ医師だとか書かれているし、グローバル政党の連中もいろいろと画策しているようです」

「船長たちも、いつまでも私の経過観察対象ではいられないでしょう」

「はい。ドクターのモルモットで楽して宇宙郵船からカネをもらっていると、社内で囁く奴もいます」

「モルモットとは酷い言い草だ…。それで本来の郵船業務に戻されるとなると、私も研究は誰かに任せることになりますかね」

「先行きは不透明です」

桜内はいろいろと考えを巡らせていた。


 研究棟にあるパティションに囲まれた応接ブースで桜内と田中き話し込んていた。 

「田村たちは嫌疑不十分で釈放されました」

田中2左は何ともやるせない表情であった。

「えぇぇっ。だって寺脇を拉致しようとしたし、拳銃を不法所持してましたけど」

桜内は目玉が飛び出しそうになっていた。

「警察に圧力がかかったようです」

「地下駐車場の監視カメラ映像だって、証拠として提出したのに…。警察はどうかしちゃったんですか」

「船長もご存知の通り、日本政府は国際自由国民党と民族系の日本第一党の連立政権じゃないですか、国際自由国民党日本支部の大物議員が働きかけたのでしょう」

「しかし日本第一党は黙って従っているのですか」

「議員っていう職業柄、政権維持と選挙のことが頭にあるので、グローバル政党には逆らえなかったと思います」

「全く不甲斐ない」

桜内はテーブルを叩きたい衝動にかられたが、ガラステーブルだったので諦めていた。

「それに野党の世界革新社会党や諸派が、ノバ感染症の後遺症はペテンだし、ただの風邪なのに騒ぎ過ぎだと世論操作をしています」

「与野党ともに独立国の議員と言えますかね」

「今や世界中の国々がこの流れになっていますから…」

田中の目には無常感が漂っていた。

「それじゃ、国際宇宙連合なら、まともに取り合ってくれるのでは」

桜内は助けを求めるような目をしていた。

「船長、国際宇宙連合には強制力がないし、各国政府やグローバル政党に気を遣い、無力と言えます」

「様々な権利や平等が主張されても、結局は偽善の世の中なのですか」

「そうかもしれません。世界には言い分を聞いてくれる先生も、取り締まる警察もないのですから」

「それじゃ、自分の身は自分で守るしかないってことか」

桜内は決意めいた表情を見せていた。


 総合感染症センターの研究棟にあるリモート会議室で大型スクリーンの前に座る桜内。画面上には宇宙郵船CEOの前田が映り、直々に話しかけていた。

「君らもいろいろとあり大変だったと思うが、ノバ感染症の後遺症などの諸々の件は、本来の業務ではありません。会社としてはいつまでも、研究に関わり経過観察中にある君たちに給料を払っているわけには行かないのだよ」

「しかしCEO、ドクターの研究は全人類に関わることですし、世紀の発見とも言えます。会社の新たな柱として薬事医療部門を立ち上げると、先日おっしゃったではないですか」

桜内はある程度予測は付いていたが、わざと寝耳に水といった表情を浮かべていた。

「当初はそれもありだったが、会社としては、経営状態に厳しさがあるものでな」

「日本唯一の大幅黒字グローバル企業なのにですか」

「それは褒めすぎてはなのかな」

「それで…、ドクターも郵船業務に戻るのですか」

「当然ではないか。『しなの』船医として必要不可欠だからな」

「ドクターに研究は投げ出せと言うのですか」

「投げ出せとは、語弊があるが…、とにかく日本政府の意向もあり、田山ドクターの研究は、引き続き総合感染症センターとドンベイ・ベルクハイマー・ジャパンが共同で行うことになったのだよ。心配はいらん」

「そういうことですか」

桜内は無力感を痛感していた。

「素直に従ってくれそうだな。桜内船長、来年の昇給は期待してもらいたい」

前田はニンマリとしていた。


 桜内、白井、戸川、田中2佐の4人は、療養ホテルの日本庭園の滝を眺めていた。自然の滝並みに落水音がし、水しぶきも飛んでいた。

「だとすると、田山ドクターの研究成果を横取りされるのは目に見えてます」

戸川の髪には薄っすらと水しぶきがかかっていた。

「船長、それじゃCEOの言いなりになるんすか」

「逆らえないからな。但し考えがある」

「考えっすか」

「田中2佐、ちょっと手伝ってもらいたいことがあります」

「なんでしょうか。できる範囲のことなら…、いや、ちょっとぐらい逸脱しても良いですけど」

田中2佐はグローバル政党の言いなりの政府に不満を抱いているようだった。桜内は白井と戸川も話に加わるように促す。滝の音がする中、4人は寄り集まって話を始めていた。


 総合感染症センターの研究棟の搬入出口に、医療機器メンテナンス業者の大型トラックが停まっていた。

「すみませんね、これらの機器に不具合が見つかり、急遽リコールになったものでして」

業者のつなぎと帽子を被ったチーフ格の男が言っていた。

「こんな夜中に、急ぎなのですか」

センターの夜勤警備員は搬出作業を見守っていた。

「はい。田山博士から引き継ぐノバ感染症の研究を中断させてはいけないと厳命されていますから。明朝までに入れ替えを済ませませんと」

「大変ですな」

夜勤警備員が言っていると、その前を医療機器を浮遊台車に乗せた作業員が急ぎ足で通過して行った。

「あぁ、君、もっと丁寧に運んでくれよ」

チーフ格の男は、若手作業員に注意していた。


 搬出作業は1時間程で終わった。

「いゃ、結構ありますな。総入れ替えのようじゃないですか」

夜勤警備員は、扉が閉まりかけている大型トラックの荷室を見ていた。

「そうですね。私らもびっくりですよ」

チーフ格の男は、苦笑していた。

 そこへ強張った顔をした夜勤の警備主任が、業者の入館証を持ってやってきた。

「お宅らの入館証を確認させてもらいましたが、更新期限が昨日まででしたよ」

「え、そうなんですか。あぁ、日が替わってましたね。どうしますか、搬出作業は終わった所ですが元に戻しますか」

チーフ格の男は腕時計を見ていた。

「お宅らはいつもの出入りの業者だから、今回は大目に見ますが、次回からきっちりと更新してください。前日でも更新できますから」

警備主任は渋い顔をしているものの、入館証を手渡してきた。

「あぁ、助かりました。それでは我々は引き上げます」

チーフ格の男は、軽く微笑んでいた。

 業者の大型トラックは、総合感染症センターの正面ゲートを通過して国道を走り去っていった。

「これで第一段階成功だな」

助手席に座るチーフ格の男は被りものを取り、ドアのポケットに突っ込んでいた。

「船長、上手く行ったすね」

運転席の若手作業員も運転を自動にしてから被りものを取っていた。

「人手も入館証や被りものも田中2佐のおかげだよ。彼らの車も後ろにいるよな」

桜内はバックミラーを覗いていた。大型トラックの後ろには業者のロゴをつけたミニバンが走っていた。

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