第十七話 侵入者
●17.侵入者
総合感染症センターの病室で、ベッドに横たわる田山は人工心肺装置が外されていた。桜内たちはベッドの周りで折り畳み椅子に座っていた。
「船長、私が自分の感染を求めていたかはわかりませんよ。臓器の細胞培養を望んでいたらどうします」
田山は、いたずらっぽく桜内の方を見ていた。
「ドクター、そうだとしたら私は、余計なお世話をしてしまったわけですか」
「いゃぁ、冗談ですよ。よくぞ私の本心をわかってくれました。おかげでご覧の通りですよ」
田山はおどけて体を起こそうとしたが、看護ロボットが静かに抑えていた。
「それで君も『しなの』側に鞍替えかね」
田山は隅の方に座っていた寺脇を見ていた。
「はい。ドクター…いや、田山先生と一緒に研究したいのです。よろしいですか」
「もちろんだとも、助かるよ。但しデータの持ち逃げは許さんけどな」
「飛んでもありません。絶対にそんなことはありません。妹のためにも」
寺脇が言っていると白井は心なしか嬉しそうにしていた。
「それで田山ドクターの論文の件は、今のところ誰も横取りできないように学会などに知らしめています。ただ、2~3日後には高度医療船が地球に到着するはずです。どうなるかはわかりません」
戸川は心配そうにしていた。
「念のため学会だけでなく、世間一般にもドクターのことを発表しましょう」
桜内は頭の中で策を練っていた。
『人類の長年の夢、不老不死が実現』『自らの命を救う世紀の発見』『ドクター田山はノーベル賞候補』『ノバ感染症の後遺症は人類に福音をもたらす』『男女超越した中性化というエターナル期』新聞やSNSのニュースなどで見出しが躍っていた。
桜内は療養ホテルの展望ラウンジで大画面テレビを見ていた。車椅子に乗った田山の写真が映し出され、女性のメインキャスターがニュースとして取り上げていた。
『「田山氏はまだまだ研究半ばだと言っていますが、今後に期待が持たれています」とメインキャスター。
「ノバ感染症は対処療法を間違うと致死率が一気に高まるので、その点が気になるところですね」男性のテレビ局解説員は、リスク面を差し挟んでいた』
「船長、ここにいたのですか」
戸川が桜内の席に歩み寄って来た。
「昨日は新聞記者の取材があって、夜が遅かったから、ブランチをとっているところだよ」
「高度医療船が到着する日にニュースのオンエアをぶつけて来るとは流石です」
「別に狙ったわけではないが…、高度医療船が到着したのか」
「はい。先ほどターミナル・ステーションから一報が入りました」
「これから、忙しくなりそうだな」
戸川と白井はエレベーターホールにある自動販売機コーナーで缶コーヒーなどを飲み休憩していた。エレベーターのドアが開くと寺脇と親し気に話す流行りのブランドを着こなす男が出てきた。寺脇は戸川たちに気付かずにそのまま廊下を歩いて行った。
「あの野郎、イケメン気取りでどうも気に入らねぇっすよ。怪しい人間の臭いがプンプンしませんか」
「白井君…、嫉妬するのはわかるけど、怪しくはない、田山ドクターが使っている医療機器のメンテナンス会社の人よ」
「そいつがなんで、似合わないのに洒落たスーツなんぞ着てるんすか。普通は作業服っしょ」
「白井君は中性になっても男の部分がかなり残っているのね」
「そう言うことじゃなくて、とにかく怪しいっす」
白井は男の後ろ姿を睨んでいた。昼食には微妙な時間だが、寺脇と男は本館の食堂に向かっていた。
「わかったわ。それじゃ研究棟に戻りましょう」
戸川は本館から研究棟につながる通路に向かって歩き出した。
夕食時、桜内が食堂に向かって通路を歩いていると、小走りに駆け寄ってくる白井がいた。
「船長、聞いてくださいよ。ドクターの所に出入りしている業者の奴、寺脇さんをそそのかして、ドンベイ・ベルクハイマーに連れ戻す気っすよ」
「白井、何らかの根拠を見つけたのか」
「…直感っつうか、そのぉ、そういう面してますから」
「おいおい、見た目か。でも白井は何か感じるのか」
「はい。なんか身の毛もよだつっつうか…寺脇さんを取られてしまう気がしてぇ」
「取られてしまう…それは気持ち的にか、それとも物理的にか」
「物心両方っす」
白井はちょっと照れくさそうにしていた。
「ん、まぁわかった。念のため田中2佐に調べてもらおう」
桜内は半信半疑だが部下の気持ちを無下にしたくはなかった。
「流石に船長、わかってくださる」
白井は満足気であった。
総合感染症センターの警備室には、各所からの監視カメラからの映像が16分割の大型画面に映し出されていた。何も動きがない場合はそのまま次の箇所の映像に移るが、少しでも動きや異変を感知すると、その映像が、赤枠で囲まれ、映り続けていた。
「あぁ、あれは誰かがボールペンを落としているな。新村、回収に行ってくれ」
警備室長の野上が命じていた。
「これはこれは船長、例の件、私の方から、田中2佐には業者の画像も含めて連絡しています」
野上は桜内が入って来たのをすぐに気が付いていた。
「返事はありましたか」
「いいえ、まだです」
野上はまた入室者がいたので振り向いていた。
「船長に室長、お二方共にいらっしゃいましたか。何か気になったので来てしまいました」
田中2佐は、ハンディータイプの何らかの分析装置を手にしていた。
白井は療養ホテルにあるジムでインストラクターとスパーリングをしていた。
「白井さん、本当に中性化しているんですか。かなりパワフルだし筋肉が付いてきていますが」
インストラクターは白井のパンチを受けていた。
「そうっすか、なんかむしゃくしゃしてるだけっすよ」
白井が強烈なパンチを繰り出すと、インストラクターは時計をちらりと見た。
「今日は、ここまでです。また明日来てください」
インストラクターは白井にタオルを渡していた。
寺脇は業者の男と療養ホテルのラウンジに来ていた。
「感染症センターの食堂よりもこちらの方が、気分転換になりますよ」
寺脇は首のコリをほぐしていた。
「確かに眺め良いですね。筑波山が良く見えます。わかりました。リース料は20%引きでOKです」
「別にそう言うわけで、こちらに連れてきたわけではないのですが…」
「今後とも田山ドクターにはお世話になりますので、助手の寺脇さんの接待には、一本取られましたよ」
業者の男は屈託なく笑っていた。
「それで寺脇さん、内々なんですけど、最新の検査機器を持って来ているのですが、ぜひともご覧になっていただきたいのです」
「あぁ、でもセンターとホテルからは出られないのですが」
「感染症センターの地下駐車場にトラックを停めていますので、そちらでご覧ください」
「そうですか、それでは行きましょう」
寺脇はカップに残っていたコーヒーを飲み干していた。
寺脇と業者の男は療養ホテルと感染センターをつなぐ小路を歩く。途中、敷き詰めたタイルの色が変わるだけで、監視カメラはあるものの特にゲートなどはなかった。療養ホテルの敷地にある生け垣の陰に隠れながら、二人の後をつける白井。業者の男が振り向きかけると、素早くしゃがみ込んでいた。
研究棟から総合感染症センターの警備室に戻ってきた桜内と田中。
「ドクターの機器に付着していた指紋は、誰だかすぐにわかるのですか」
桜内は田中が分析装置のデータを情報局のデータと照合させているのを垣間見ていた。
「登録してある人物なら、すぐにわかります。だふん、奴は疑われなければ指紋は調べないと踏んでいますから、指紋に人工皮膚の細工はしてないでしょう」
「もうある程度目星がついているのですか」
「あの業者の男に見覚えはないのですが、どうも歩き方が見たことがあるような気がするので、チェックしています」
「職業柄、歩き方までも把握しているとは、我々ポストマンとは大違いです」
「判明しました。田村です」
田中はネットでつながる警備室の通信画面を凝視していた。
「あの田村ですか。でも顔が違うのでは」
「いえ、人工皮膚の顔の被りもので変装しているはずです」
「野上室長、業者の…いや田村は今どこにいますか」
「待ってください。…田村は感染センター地下の駐車場です」
野上は探索結果の結果映し出された監視カメラ画像をモニター画面に転送させた。画面にはトラックとその近くにいる田村と寺脇が映っていた。
「まずいっ」
と桜内。
「駐車場のゲートを閉めます。…あぁ作動しない」
野上が焦り、警備員の一人が警察に通報していた。それを見ていた桜内と田中は警備室を飛び出して行った。
大型トラックの荷室に入って行く寺脇と田村。荷室には、大きな段ボール箱とビニールが掛けられただけの検査機器がいくつか置いてあった。
「これなんですがね、その人の症状に合わせて自動的にCT、MRI、レントゲンと使い分けてくれ、しかもネットで操作できます」
田村は機器のビニールを外していた。
「リース代はお高いんでしょう」
検査機器を覗き込む寺脇。
「いえいえ、あなたがこちら側に戻ってくれれば、いくらでも使えます」
「こちら側って」
「寺脇さん、我々を裏切ってないですよね。今なら、誰もとがめませんから」
田村は、寺脇の首筋にナイフを突きつけていた。寺脇は田村を睨んでいた。
トラックの外で怒号がしていた。人が揉み合う音がしていた。荷台に飛び乗って来る白井は、寺脇の姿を見て立ち止まった。
「なんだ、お前は、あぁ、中性のお坊ちゃまか」
田村は蔑んだ目を向けていた。
「寺脇さんから手を離せ」
「そう言われてもな。おい江崎、上がってこい」
田村が部下に命じたが、誰も上がってこない。
「おい、江崎。しょうがねぇな」
田村は荷室の外を覗こうとした。その隙に白井は田村の手に蹴りを食らわせ、ナイフを落とさせた。
「寺脇さん、こいつらから指一本触れさせません」
白井は寺脇を守るように立ちはだかった。
「威勢が良いようだが、大人しくしてもらおうか」
田村はよたよたしている部下に肩を貸しながら、白井に加速銃を向けていた。
「さぁ寺脇さんこちらに来ないと、お坊ちゃんの頭に穴が空きますよ」
田村の言葉に寺脇はゆっくりと歩き出した。
「寺脇さん、行っちゃダメだ」
「あなたの気持ちはわかるけど、これは仕方ないわ」
寺脇は、うつむきながら田村の方に歩いていく。田村は寺脇の腕をつかんでいた。
「田村さん、こいつどうします」
部下が白井に加速銃を向けていた。
「殺せ。あぁ、仕返ししたかったら殴ってから殺しても良いぞ」
「へい。わかりやした」
部下は卑怯にも、まず白井の足を狙おうとしていた。部下が引き金を引く寸前、加速銃のシュッという銃声がし、部下の銃は宙に飛んだ。
銃を構えた田中が対角線上の駐車スペースに立っていた。だが田村が寺脇に銃を強く突きつけていた。
「江崎、そいつは放って置き、車を運転しろ」
「ちっ、田村さぁん」
部下は不服そうだった
「いいから、こっちに来い」
田村の声にしぶしぶ部下は近くに止めてあったセダンタイプの車に乗りエンジンをかける。
「田村、逃げられんぞ。ゲートは閉まっている」
桜内がハッタリをかまして叫んだ。
「そうですかな。行ってみないとわかりませんな」
田村は寺脇に銃を突き付けながら、後部座席に乗り込む。
車は動き出す前に窓が開けられた。
「それじゃ、中性の皆さん、失礼しますよ」
田村はいや味ったらしく言ってから窓を閉める。荷室から飛び出してきた白井は、閉まりきった窓を思いっきり叩く。車は走り出し窓の内側にはニヤニヤした田村の顔があった。
「畜生っ」
白井は思わず声を上げていた。
「白井、まだ諦めるな。野上室長が手動で閉めているはずだ」
「間に合うんっすか」
「戸川にも連絡したから大丈夫だ」
桜内が言っていると田中の無線に連絡が入った。
「船長、無事確保しました。田村たちも拘束してます」
田中は銃に安全装置をかけていた。




