クエスト7-1 お預け
前回のあらすじ
デルタポートに到着したシンヤ達は、冒険者稼業をしつつ消えた仲間の情報を集めていた。
そんな中、女性冒険者メアシスから、世界を脅かす偽物の勇者と異形の魔物についての話を聞く。
新たに魔法使いのリーズヴェルことリズも仲間に加えつつ、近隣の村を襲撃した大型の魔物2種をメアシス達冒険者と共に討伐し、ピスとの再会を果たす。
悩んだ末にメアシスとその相方ロッソと共に歩む事を決めたズッカを見送り、一行は火の大精霊のいるミザン島を目指す。
新たな島で待ち構えているものとは……?
「えーと、つまりシンヤはニヴァリス様から魔王を倒すようお願いされて、異世界からここに来て」
「ああ」
「聖剣を授かったけど呪いがかかってて、それを祓うために大精霊の力を授かって回ってる……ってこと?」
「そんな感じだ」
ミザン島行きの船に揺られること約1日。
俺達は甲板の上に座り、現状の確認をしていた。
「で、次の大精霊がいるのが……」
「今から向かうミザン島、というわけなのデス!」
「なるほど〜」
俺とピスとリズが会話している中に、タンデが首を突っ込む。
「その……精霊剣? とか言うのはシンヤにしか使えないのか?」
「いや、誰でも使える。ただ、どっちもクセが強くて扱いにくいんだ。試してみるか?」
「おう」
試しに風の大精霊の指輪を渡してみる。
タンデはそれを着けると、暫く瞑想するかのように目を閉じ、黙り込んだ。
俺が初めて精霊剣を持った時もこんな感じだったのだろうか?
「ビュンビュン!」
俺達が見守る中、タンデはそう叫んで立ち上がる。
タンデの人差し指に収まった指輪は形を変え、エメラルドカラーの刀身を持った短剣へと変化する。
……名前それでいいのかお前。
「おお! すっげ!」
タンデは目を輝かせ、ビュンビュンを振り回し……微妙な顔になる。
「軽すぎねぇか? これ。なんか身体も変な感じだし」
「風の精霊剣はそういう性質なんだ。身体が軽やかになり、風魔法も使える。ただ、受けるダメージ……いや、痛みは大きくなるし、踏ん張りにくい」
「じゃいらねぇや。ほい」
タンデがビュンビュンを俺に投げて渡すと、それは再び指輪に戻る。
「ねぇねぇ、ぼくもやっていい?」
「ああ」
「ありがと〜」
リズは指輪を受け取ると、俺達に背を向けて指輪を付ける。
「普通に付けりゃいいだろ」
「だーめ、乙女の秘密なの」
「なんだそりゃ」
タンデが茶々を入れるが、リズは軽く受け流す。
やがてリズも先程のタンデと同じように瞑想状態に入り、少しの間を置いて武器の名を叫んで立ち上がる。
「ハミングバード!」
リズの袖の中に収まった指輪は変化し、先端に鳥を象った黄緑色の杖へと変化した。
……杖?
「おおー! すごーい!」
「杖にもなるのか……」
「みたいだね。ぼくは剣なんか使えないし、杖の方が馴染みがあるから杖を思い浮かべたんだ。そしたらできた」
「マジか……」
これができるのであれば……わざわざ剣の形にこだわる必要も無いな。
移動用としてのプッシュ・ウィンドなら、剣よりもブーツの形にした方が遥かに使い勝手は良くなるはずだ。
「折角だし魔法……うわっ!?」
リズがハミングバードを構えた時、船が揺れてリズがよろめく。
「わっ、とっ、とっ……!」
「おい!」「大丈夫か!?」
「リーズヴェル様!」
体勢を崩したリズの手をタンデが掴む。
勢いが強過ぎたせいか、抱きかかえる格好となった。
「ったく、気をつけろよ」
「う、うん……えっと、シンヤ、これ返すね。ちょっと難しそうだけど、ぼくでも扱えるかも」
「そうか」
顔を赤くして妙にしおらしくなったリズから指輪を受け取る。
よろめいた事がそんなに恥ずかしかったのか?
「むむっ! 皆様! 島が見えてきたのデス!」
そう言ってピスが指差した水平線の先には、確かに島が見える。
遠目からで詳しい地形は分からないが、どうにも火山があるようだ。
「そろそろ、上陸に備えた方が良さそうだな」
俺達は客室に戻り、上陸準備に入った。
……………………
………………
それから程無くして、船は港に到着した。
「着いたー!」
船を降りると、そこに広がっていたのは和の雰囲気を感じる建物の数々。
道行く人々の服装も、和服そのままというわけではないものの、かなり近いデザインとなっている。
「おぉ……」
思わず声が出た。
当然現代日本のそれとは圧倒的に違うが、探せばありそうなレベルのものがいくつもある。
来たことのない場所なのに、どこか懐かしさを感じる。不思議な感覚だ。
「島1つ渡っただけなのに景色変わりすぎだろ!」
タンデの言う通り、デルタポートとは町の雰囲気が大きく違う。
「ミザン島は独自の文化を築いた事で有名なんだよ。ここほどじゃないけど、島によって町の雰囲気は結構違ったりするんだ」
「へぇ……」
「じゃ、ぼくは温泉探してくるので!」
「えっ、おま」
「リズ様ー! 待ってほしいのデスー!」
「ハァ……」
ため息を吐きつつ、先行するリズを追いかける。
魔法使いとは思えないほどの軽やかな足取りで、右に左に駆け回り、俺達を振り回す。
あの野郎どこにそんな脚力と体力隠したんだ……?
「すみませーん、ちょっといいですか?」
「や、やっと追い付いた」
追い付いたのは、リズが道行く人に温泉施設の場所を尋ねた時だった。
「温泉? ここから馬車で行った先にオニガミネって町があるんだけど、そこに行ったらいくらでもあるよ」
「ありがとうございまーす! 皆ー! 早く行こー!」
「お前ちょっとくらい待てよ!」
「お、置いてかないでほしいのデスー! リズ様ー!」
ひたすらに温泉街を目指すリズを追いかけ、早々に港を出た。
……………………
………………
オニガミネ行きの馬車の中でも、リズは上機嫌だった。
「おんせんっ、おんせんっ」
「おいリズ。温泉が楽しみなのは分かるが、独断専行が過ぎるぞ。観光に来たわけじゃないんだからな」
「ごめん……で、でも、温泉の場所だけ聞いてたわけじゃないよ」
「じゃあ何を聞いていたんだ?」
「大精霊の場所だよ。オニガミネの近くにあるおっきな火山のどこかにあるんだって。それだったらオニガミネで探す方が良いと思うんだ。そうでしょ?」
「一理ある。だが、それだったら先に報告しろ。オニガミネで同じ事やったら温泉入れさせないからな」
「ごめんね、もうしないよ」
勝手な行動でパーティが瓦解したら目も当てられないので、少しばかりガツンと言わせてもらった。
そして、馬車に揺られること約3日。
「こ、ここがオニガミネ、魅惑の温泉街……!」
オニガミネに到着した。
……馬車がやたら速い上に道がデコボコだったものだから身体中が痛い。
オニガミネというだけあってか、山の麓に存在する町で、周囲はやはり和の趣を感じる建物が立ち並び、温泉街だけあって旅館と思われる施設がそこかしこに点在している。
ここにいると異世界にいる気があまりしないな。
でも、何だか妙に雰囲気が暗いような……
「おんせん、おんせんっ」
「で、これからどうすんだよシンヤよぉ」
「まずは冒険者ギルド……ん?」
ふと、近くにあった店の扉に貼られた紙が気になり、近付いて読んでみる。
「えーと、臨時休業のお知らせ……?」
「どうしたの?」
リズが横から貼り紙を覗き見る。
「ふむふむ……ベタリキの発生で温泉の水質が著しく下がり、お客様に提供できる状態ではないため臨時休業とします……? そんなぁ……」
読み進めていくうちに明らかにテンションが下がるリズ。
まあお預けくらったんだし、無理もない。
「りんじ……なんだって?」
「臨時休業デス。色々な事情で、本来なら開けてるお店を閉める事デスね。今回の場合デスと、魔物のせいでお湯が汚くなったから……デスかね?」
「ほぇー、ピスって言ったっけ? お前賢いな!」
「えへへ、これくらいは当然デス!」
その横で首を傾げるタンデにピスが解説を入れた。
……そういやこの2人髪色が似てるな。ヘアバンドと獣耳、それから身長などで十分判別はつくが。
「……ねぇシンヤ、冒険者ギルド行く前に温泉寄っていい?」
さっきまでしょげてたリズが、ハッとした顔で尋ねる。
「温泉に入るのは後だぞ」
「そうじゃないの。もしかしたら、他の温泉施設もベタリキにやられてるかもしれないから、確認しようと思って」
「その可能性もあるか……分かった、それならばちょっと調べてみるか」
冒険者ギルドに向かう道すがら、温泉施設が開いているかをチェックする。
結果から言うと、ギルドに辿り着くまでに確認した数軒は全て閉まっていた。
妙に活気が無いのはこのせいだったのか。
「やっぱり、ベタリキが悪さしてるみたいだね。シンヤ、ぼく達で何とかしようよ。温泉に入りたい云々を抜きにしても、放置するわけにはいかないよ」
「そのつもりだが、まずは情報収集だな。ベタリキがどんな魔物か分からないなら、戦いようもない」
「もっちろん。情報収集は冒険者の基本だからね。よいしょ、っと」
リズが冒険者ギルドの扉を開けて中に入り、俺達もそれに続く。
冒険者ギルドの外装はオニガミネの外観に馴染んだものであったが、内装に関しては他の冒険者ギルドとあまり変わらないレイアウトをしていた。
壁はミザン島独自のものと思われる白塗りの木造だが、家具に関しては基本的に変わらない。
勿論、模様やら細かな造形やらは他と違う印象だが、イメージがガラリと変わるほど特徴のあるものではない。
場所毎で色々変わりそうなものだが、様式は統一されているらしい。
人の方は……ちらほら独特の格好をしている人間がいるな。
侍というか鬼というか……陰陽師っぽい感じの服の人もいる。割合としては5人に1人……いや、もうちょい少ないか?
さて、依頼掲示板は……あっちか。
「えーと、ベタリキの依頼は……これか」
「ベタリキ大量発生につき緊急依頼発令中……1匹で500pd……詳しくは受付まで……」
掲示板のおよそ半分を埋め尽くす巨大な張り紙に、さっきリズが読んだ内容のものが書かれている。
スライムみたいな魔物の絵が描かれているが、これがベタリキだろうか?
「ベタリキってでけーのが1匹ドンと居座ってるんじゃなかったのか?」
「ぼくも大きいのが数匹かと思ってたけど、違うみたい」
「これだけ多いと、どう討伐して回るかも考えものだな……とりあえず、受付で話を聞いてみるか」
「だね」
受付に向かうと、黒髪ボブカットの受付嬢が出迎える。
「ベタリキ討伐の方ですか?」
「はい、その通りです」
「ただ今この近辺でベタリキが異常発生しておりまして、討伐に協力してくださる冒険者を募集しております。つきましては、大きさに関わらず1体につき500pdの報奨金を出しております」
デルタポートでやたら金貰ってたから感覚鈍ってるけど500pdって魔物1匹にしちゃ結構大きい金額だよな?
「依頼報酬は別で貰えるのですか?」
「勿論です。また、地図の貸出も行なっておりますので、ご利用の場合はお申し付けください」
「では、お願いします」
「かしこまりました。紛失した場合は800pdを頂きますのでご了承ください」
そう言われ、受付嬢から地図を貸してもらった。
「ちなみに、ベタリキってどんな魔物ですか?」
「黒い泥のような魔物です。貫通効果のある魔法で一気に弱点である核を貫くか、火属性の魔法、あるいは火の魔力を帯びた攻撃で硬化させ、砕いて体積を減らして核を砕くのが有効ですね。また、攻撃の前にも硬化を行う傾向があるようです」
「普通に武器で核は破壊できないんですか?」
「液体の身体に阻まれてしまうので、難しいかと……液体の身体には毒も含まれているので、お気をつけください。毒消しはギルドでも販売していますよ」
うーむ、中々手強そうだな。
「ありがとうございます」
一旦受付を後にし、特定のポイントに発生したベタリキの討伐依頼も受ける。
ありがたい事に、地図に魔法で印をつけてくれた。
地図で場所を確認した後、冒険者ギルドを後にした。
……………………
………………
「これからどうする? 早速出る?」
「いや、先に宿を抑えておこう」
「んなもん後でいいだろ」
「面倒ごとは先に片付けるに限る」
「へいへい」
討伐に出る前に、宿屋探しを兼ねた散策に出る。
が……
「どこもやってねぇな」
「これもベタリキの影響デスかねえ」
「これじゃ宿屋探しも一苦労だな……」
ここの宿屋は温泉が併設されている事が多いようだが、どこもかしこもベタリキの被害に遭っており、店を閉めている。
宿屋が満杯のためスルーせざるを得ない、といった事態はあったが、需要が溢れているのではなく店側がシャットアウトしている、しかも1軒や2軒だけではなく、多くの宿屋がそうなっているのは初めてだ。
「なあ、先に依頼片付けちまった方がいいんじゃねぇか?」
「かもしれんな。次がダメなら野宿だな……」
半ばダメ元で、月蛍亭という近くの宿屋を訪れる。
「すみません、宿を探しているのですが……」
「これはこれは、旅のお方。当宿自慢の温泉はベタリキのせいでご利用できませんが、それでもよろしければ……」
出迎えたのはこの宿屋の主人とみられる、どことなく江戸時代の町人っぽい雰囲気を持つ目の細い男性。
「構いません」
早速手続きを済ませ、料金を払う。
「そういえばよ、おっさん」
タンデがふと主人に話しかける。
「はい、何でしょう?」
「ベタリキによって宿がやべーことになってるってのは分かったけどよ。どうやべーんだ?」
「確かに、ボクも少々気になっていたのデス」
「なるほど……それに関しては、見てもらった方が早いでしょう。こちらへ」
そう言われて招かれた場所は、浴場。
「んげっ!?」
「これは……」
旅番組で見るような風情ある見事な浴場は、黒く毒々しい液体に塗れていた。
本来なら温泉が注がれているべき湯船からは、その毒々しい液体が垂れ流されており、さながらRPGではよくある毒の沼地のような何かと化している。
それだけでなく、浴場周辺は形容しがたい嫌な臭いで充満していた。
ヘドロというかドブ川というか、そういうのをベースに本能が警鐘を鳴らす臭いを付け足した……とでも言おうか。
とにかく、いろんな意味で長時間嗅ぎたくない臭いだ。
「オニガミネの温泉宿は、どこもこんな感じです。いくらでも垂れ流されていく上、この臭気を長時間吸い込めばたちまち体調を崩してしまい、掃除も中々進みません」
月蛍亭の主人は扉を閉め、辛そうな表情で首を振る。
「酷い……」
「これでもうちの宿はまだマシな方でございます。酷いところですと、この泥が溢れ出して、部屋がダメになった宿もあるそうです」
なるほど、店を閉めてた宿が多発していたのはこういうことか……
場合によっては立ち入り禁止になっている宿もありそうなくらいだ。
「旅のお方、どうかお願いです。ベタリキを倒してください。このままでは商売上がったりです」
「お任せください。我々は初めからそのつもりです」
「討伐が成功したら、温泉に入らせてくださいねっ」
「ええ、ええ、勿論です、勿論ですとも。どうか、どうかお願いします」
月蛍亭の主人は何度も頭を下げる。
討伐に成功したって掃除しなきゃならないんだし、そんなにすぐには入れないとは思うが。
「では、また後ほど」
月蛍亭を後にし、出発……の前に道具屋に寄る。
相手が毒持ちなら、毒消しは多いに越したことはない。
回復薬はメアシスさんからしこたま生命の水を貰ったので問題は無いし。
火属性魔法があれば、相手の出方を伺わずこちらのペースで倒すことができる。貫通攻撃なら1発で仕留められる。
……そういえば、使えば魔法を放てる道具があるって前にズッカが言ってたな。
確か……あった、これだ。魔法を封じ込めた使い捨ての道具、魔導板。貫通性を持つ魔法を封じ込めたものは無いが、火属性の魔法はある。
手札は多い方がいいし、買っておくか。
……………………
………………
「歪みし時空に隠れし亜空の箱の扉よ、今こそ開け! ボックス!」
「よし、それじゃこれを放り込んで……っと」
ボックスを起動させ、収納形態となったピスに手持ちできない分の道具を積み込んでいく。
「こうして見るとすごい便利だよね、ピスさんの魔法」
「こいつ人間じゃねぇだろ……」
「ギクーッ!」
今時そんなわざとらしい驚き方する奴初めて見たんだけど……
「よし、これで終わりだ」
俺がそう言うと、ピスは妖精態となった後、腕輪形態になる。
「絶対違う……」
「人間だったとしても、どっかの国の王子様とかありえそうだよね、魔力量がすごいもん」
「ボ、ボクの事はいいじゃないデスか。早く出発デス!」
「まあ、人には色々秘密があるのさ。それより、ベタリキを早いとこ片付けてしまおう」
「そうだね! よーし、頑張るぞー!」
「温泉より美味い肉とか酒とかがいいんだけどなぁ」
「それくらい出るだろ」
「マジで!? よーし、やってやるぜ!」
単純だが、やる気があるのはいい事だ。
そう思いつつ、俺達はオニガミネを出て、ベタリキ討伐へと向かった。




