サブクエスト9 愛着、執着
ソロル・ウィーゼ。
ベルデン王国における名家ウィーゼ家の次男であり、フィンと同期の騎士である。
少し癖っ毛気味の青髪を持つ、少々軽薄そうながらも整った顔立ちで、表向きは好青年だが、その裏には加虐性癖を隠し持つ。
カルネリア家は代々、武術に優れるが知略では今一歩……いわゆる脳筋な傾向にあり、現当主ディルファングや長男ジークヘルムと末妹のフィンは幾分マシだが、他の兄弟は見事にその典型であった。
武術において最高峰の水準を持つカルネリア家はのさばられると厄介だが、手駒にすれば安泰。
ベルデン王国内における他の貴族からは概ねそういった認識であり、貴族達はカルネリア家をつけあがらないように押さえつつ、自らの派閥に吸収する隙を伺っている状態であり、それはウィーゼ家も同じだった。
ベルデン王国の貴族達があれこれ画策する中、ウィーゼ家の現当主にしてソロルの父ドミナンテは、フィンに目をつける。
彼女と同い年である自身の息子ソロルと関係を持たせ、そこからカルネリア家を支配する算段を立てたのである。
結果から言うと失敗したのだが、それはまた別の話……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「防具の貸し出し、ですかい?」
アストールが帰った後、フィンはガストールと話していた。
「はい。修理が完了するまでの間、お願いできますか?」
「構いませんが……直るまでゆっくりなさっても良いのですよ?」
「お気持ちは嬉しいです。ですが……私には探さねばならない人がいるのです」
「そうですか、それなら止めますまい。ささ、お好きなのをどうぞ。料金は鎧の修理が完了してからで結構ですぞ」
「ありがとうございます」
自前のものより簡素な鎧と籠手を借り、防具屋を後にする。
その後、アストールの武器屋で修理の完了した剣を受け取って料金を支払い、盾を借り、エリダの案内で冒険者ギルドに向かう。
冒険者ギルドに1人で入る事に言いようのない恐怖と緊張を覚えるフィンは、本当はアストールの言う通りに休んでいたいという思いがあった。
しかし、ここで立ち止まってはシンヤ達に顔向け出来ないと思ったフィンは、自らの心と身体に鞭打って歩き出す。
「冒険者ギルドはここだよ!」
エリダが指差した先には、3階建ての木造の大きな施設があった。
「ねえねえフィンお姉ちゃん、冒険者ギルドってどんなところ?」
「冒険者は依頼……街の人や国からのお願い事をこなしてお金を稼ぎます。冒険者ギルドは、街の人からのお願い事を聞いて、冒険者に紹介するのが主な仕事ですね」
「冒険者さんとお願い事をしたい人とをつなぐって事?」
「はい、その通りです!よくできましたね」
「えへへ、すごいでしょ!」
フィンは笑顔で褒めて頭を撫で、エリダはふふんと得意げに鼻を鳴らす。
「ねえフィンお姉ちゃん、冒険者ギルドにこっそり入れてくれない?ご褒美にさ」
「駄目ですよ。冒険者ギルドにはこわーい人がいますから。それに、お母さんと約束したでしょう?約束を破る悪い子を、神様は助けてはくれませんよ?」
不満気な顔を見せながらも、エリダはしぶしぶ了承した。
「……はーい」
「帰りは1人で大丈夫ですか?私が送っていきましょうか?」
「それくらい大丈夫だよ!」
「ですが……」
「もう!フィンお姉ちゃんまでお父さんみたいな事言わないでよ! じゃあまた後でね!」
「気をつけて帰るのですよー」
手を振って帰っていくエリダに、フィンもまた手を振る。
「……さて……」
エリダの姿が見えなくなると、フィンは冒険者ギルドの扉に向き合い、ドアノブに手をかけようとする。
「…………」
だが、そこから先ができなかった。
フィンは生まれつき臆病かつ内向的な性格であり、シンヤ達との旅を経た今でも多少の改善傾向はあれど、根本的は変わっていなかった。
これまで当たり前のように前線に立ち、様々な敵からシンヤやトルカ、ピスを守っていた彼女であるが、それは「自分が守らなければ全員が死ぬ」という状況に無理矢理追い込んでいたからに他ならない。
シンヤ達と何気なく行なっていた冒険者ギルドの出入りも彼らがいたからこそのものであり、その心の支えを失った今、冒険者ギルドに入る事すらままならないかつての弱虫で臆病者のフィンへと逆戻りしてしまったのである。
自分が動かなければいけない。
頼ってばかりではいけない。
今こうしている間にも苦しい思いをしているかもしれない。
そう思い込んで身体を動かそうとしても、形の無い恐怖は身体を鎖のように縛り付け、震える手は反発する磁石のようにドアノブから遠ざかろうとする。
その時、
「おい」
フィンの背後で女性の声がした。
振り返ると、フィンには及ばないもののかなり大柄な女戦士、彼女と同程度の身長を持つニューハーフの僧侶、淡い水色の髪を持つ魔法使いの少女、男装の麗人といった風合いの騎士がいた。
「そこにいたら入れないだろ。どけよ」
「あ、す、すみません……」
フィンが脇に下がると、女戦士はずかずかと冒険者ギルドに入っていった。
「ごめんなさいね、彼女今気が立ってるのよ」
「いえ、こちらこそ……すみません……」
「いいのよ、冒険者ギルドはどうしても物騒な冒険者がいるから、怖くなる気持ちは分かるわ」
「早く来い!」
「あぁん、置いてかないでルージュちゃ〜ん」
ドアを開け放しにして追いかける僧侶と、開いたドアを交互に見つめるフィン。
騎士が怖がりでどうする。
自らを叱責するようにそう念じ、頬を叩いて気合を入れ、フィンは冒険者ギルドへと足を踏み入れる。
「ひゃっ!?」
そして入口の縁に頭をぶつけるフィンであった。
……………………
………………
一度入れば、案外楽なものだった。
酒場はいつも通り騒がしいが、新顔の登場にも特に気に留めることはなく各々のやりたい事をやっている。
少しだけ肩の荷が下りたフィンは、受付嬢の元へ行き、外貨両替やギルドカードの更新等の手続きを行う。
それを終えた後、受ける依頼を選ぶ傍でシンヤ達の姿を探すが、見つかる事は無かった。
……………………
………………
討伐系の依頼を複数受けたフィンは、地図を片手にモリオンの町の外れに来ていた。
他の冒険者のように、魔物を討伐して当面の資金を稼ぐ事に決めた彼女は、1人でモリオンの周辺を巡り、依頼対象の魔物を片っ端からなぎ倒していく。
群れる魔物の代表格であるゴブリンに始まり、樹木の魔物であるトレント、意思を持った岩石の魔物ガンロック、棘の生えた甲羅を背負う巨大な亀の魔物シェルタートルなど、その種類は多岐に渡る。
基本的にポールアックスを使うことが多く、ロングソードを使用する機会は少ないフィンだったが、騎士学校の時代から続く鍛錬の日々の積み重ねと高いステータスもあり、フィンは単独でも魔物を問題なく討伐できていた。
防御魔法であるプロテクション以外の魔法の使用は避け、魔力で武器や身体を強化して放つ技も用いず、ただただ剣を振り、盾を叩き付け、魔物を屠る。
言葉も話さず、静かに、無心で、ひたすらに魔物を殺して、剥ぎ取り、殺して、剥いで、殺す。
沸き出る不安を押さえつけるために。
夕方。
素材を売り払い、ギルドで報酬を貰い終えたフィンは、アマンダの家に戻ってきていた。
「ただいま戻りました」
「あ、フィンお姉ちゃんおかえりー!」
「おかえり。調子はどうだい?」
「まずまず、といったところですね」
「そうかい。ちょうど飯の時間だから、武器と防具を外したら居間へ来な」
「はい、ありがとうございます」
フィンはアマンダの言われた通りに部屋で鎧を外してくると、一家の食卓に混ざる。
「フィンお姉ちゃん、今日は何してたの?」
「今日は魔物をたくさんやっつけましたよ」
「すごーい! フィンお姉ちゃん強ーい!」
「いえいえ、それほどでも……」
褒め称えるエリダと、謙遜するフィン。
彼女の脳裏に、ふと船での出来事がよぎる。
「フィンさん」
自己嫌悪の思考に嵌る寸前に、武器屋の主人であり一家の大黒柱であるガストールが声をかけた。
「あ、はい」
「兄貴の直した剣はいかがでしたか?」
「すっかり元通りでした。ありがとうございます」
「それは兄貴に言ってやってくだせぇ。それで、兜の方の修理が終わりました。早ければ明日にでも渡せますよ」
「では、明日伺いますね」
その後も他愛ない世間話などをしながら、フィンは食事をとった。
彼女にとってガストール一家に混ざっての食事は楽しくもあったが、自身はただの居候であり家族の一員ではないという事実から、少なからず疎外感を抱いていた。
……………………
………………
次の日から、フィンはモリオン周辺を奔走する日々が始まった。
討伐系の依頼を複数受けては、その依頼の解決のため様々な場所へ赴き、魔物を倒す……それを、日が暮れるまで繰り返す。
魔物を倒す事は共通していたが、依頼内容は様々であった。
畑などを荒らす魔物の討伐や、魔物の解剖のためのサンプル調達、近隣の村に攻め入った魔物の撃退、人攫いを行った魔物の撃退ないし攫われた人々の救助、特定の魔物の素材の入手……それらの依頼を1人でこなし、資金を稼ぐ。
依頼を終えて帰ってきてからは、アマンダの家事の手伝いやガストールの仕事の手伝い、エリダの遊び相手などをし、ガストール一家に奉仕していた。
モリオンの町からそう遠くないところに遺跡があり、多くの冒険者は宝を求めてそこを探索していたが、未知の魔物を恐れたフィンは遺跡に立ち入る事をあまりしなかった。
資金が貯まれば、武具屋の兄弟アストールとガストールが修理した自身の装備を買い戻していく。
買った装備はすぐに付け替えたため、見た目はチグハグであったが、見た目より安全性を重視するためとフィンは割り切った。
ある日の事。
「そういえば、フィンさんはいつも1人で冒険者業をしているのですかい?」
ガストールの質問に、フィンは隠し事がバレたかのようにビクリと反応する。
「あ、えっと……はい、1人です……」
別段隠しているわけではなかったが、危険が多く推奨されない単身での冒険者業について、彼女は指摘されるのを何となく恐れていたのだ。
「お仲間さんとはぐれたと聞きましたが……一時的にもパーティを組んだらいかがです?」
「その……お恥ずかしながら、私、パーティを組むと緊張して動けなくなってしまって……前に組んでいたパーティですと、そういった事は無いのですが……」
「なるほど、それは難儀ですなぁ」
「ええ……それでは、失礼します」
「くれぐれも、気をつけてくだされ」
フィンは防具屋を後にし、冒険者ギルドへ向かう。
依頼遂行の傍、シンヤ達の行方について情報を集めてはいたが、彼らの知名度の無さとフィンの対人恐怖が重なり、これといった情報は入手できなかった。
……………………
………………
フィンが全ての装備を買い戻したのは、彼女がモリオンに来てから半年程経った頃であった。
名前:シアルフィア・カルネリア 種族:荒野の民
属性:雷 レベル:17 職業:聖堂騎士
体力:156 魔力:66
筋力:144 敏捷:42
創造:60 器用:51
ワーテル時代のシンヤのように一心不乱に魔物を狩り続けた結果、レベルは2上昇した。
「何から何まで……本当にありがとうございます」
ある日の夜、ガストール一家の前で修理の完了した鎧を着て見せたフィンは、感謝の言葉を述べる。
「いえいえフィンさん、このくらいは当然です」
「フィンお姉ちゃんかっこいい!」
「鎧の姿、中々様になってるじゃないか」
「ありがとうございます。その、私にも何かお礼をさせてください。お世話になりっぱなしというのも、私の気が収まりません」
「そうは言いましても……」
ガストールは髭を弄りつつ、アマンダの方を見る。
「礼ならとっくに貰ってるよ。アンタが家事を手伝ってくれてるおかげで、楽ができてるからね」
「そ、それくらいは当然です。でも……こんな身体ですから食費で負担をかけてしまっていますし、冒険者業で昼はお手伝い出来ていませんし……」
後半から声が萎んでいくフィンを見て、アマンダはフッと笑った。
「いちいち細かい事を気にする子だねぇ。そういや、これからどうするんだい?」
「色々と調べたいことがあるので、もう少しこの町に残る予定ですが……」
「だったら、もう少し家事の手伝いをしておくれよ。たまには1日家にいて、エリダの相手もしてくれると嬉しいねぇ」
「よ、よろしいのですか?」
「ああ、もちろん」
フィンがガストールとエリダの方を向くと、2人も笑顔で頷く。
「ありがとうございます!」
フィンは頭を下げた。
それからというもの、フィンは特訓や冒険者業を行う日と、アマンダの家事を手伝ったり、エリダと遊んだり勉強を教えたりする日を設けた。
「おーいフィン、買い物に行くよ」
「かしこまりました。荷物持ちはお任せください」
ある日はアマンダの買い出しに付き合い、
「フィンお姉ちゃん、遊んでー!」
「いいですよ。後でお勉強もしましょうね」
「はーい!」
ある日はエリダの家庭教師や遊び相手になり、
「こちらの鎧はここに置いておきますね」
「いやはや、ありがとうございます」
ある日はガストールとアストールの武具屋の手伝いをしていた。
フィンは恩返しのつもりではあったが、貴族である彼女にとっては平民の暮らしは新鮮であり、どことなく楽しさを覚えていた。
特に末っ子であり弟も妹もおらず、そういった存在を持つことに憧れがあったフィンにとっては、エリダはその憧れを実現してくれる存在であり、実の妹のように可愛がった。
冒険者業を行う日においては、これまでと同じく魔物を討伐し、シンヤ達の行方を追う他、本来ならここにいないはずの騎士学校の同期、ソロルの動向と、時折耳にする謎の魔物について探りを入れ始めた。
シンヤ達の足取りは相変わらず掴めず、ソロルに関してはモリオンを治める領主がソロルを呼びつけたことが判明したものの、何故わざわざ獣の大陸にいたはずのソロルを呼びつけたのかは分からなかった。
謎の魔物については、目撃しただけで精神に異常をきたす事、異様な外見をしている事までは判明したが、それ以上の情報は得られなかった。
……………………
………………
そして、およそ2ヶ月が経ったある日。
「洗濯物、取り終えましたよ」
「ありがとう、助かるよ。しっかし、フィンもすっかり家族の一員だねぇ」
「そ、そうですか?」
「もっと居てくれたら嬉しいなー!」
「お気持ちは嬉しいですが、そういう訳には……」
「アンタの事情についてはよく分からないけど……全部終わってヒマならウチにまた遊びに来な、お友達も連れてさ。美味い飯のひとつくらいは作ってやるよ」
そう言ってアマンダがフィンに微笑みかけたその時、誰かが玄関のドアをノックする音が聞こえる。
「おや、お客さんかね」
「私が出ましょうか?」
「いや、いいさ」
アマンダはそう言うと、玄関へ向かう。
「誰だろう?」
そう言って一緒に行ったエリダの後を追いかけるようにして、フィンも玄関へ向かう。
「こんにちは、ご婦人。今日はお尋ねしたい事が……」
アマンダの前に現れた青年を見て、フィンは驚きのあまり目を見開く。
「……いえ、わざわざ聞く必要もありませんでしたね。何せ、向こうから顔を出してくれたのです」
フィンは言葉を詰まらせ、思わず後ずさる。
「まさか本当にいたとは、そしてこんなところで会えるとは! まるで運命が僕らを引き寄せたみたいじゃないか! 君もそう思うだろう、シア?」
「ソロル……!!」
「ここは叔父上の領地でね、故あって叔父上に招かれたのさ。まあ……そんな事はどうでもいいな。屋敷においでよ。色々と、楽しい事をしようじゃないか。シア」
笑顔でそう語るソロルの背後から、大量の兵士が現れる。
「まあ、強制はしないさ、シア。今日は気分が良い。なにせ、こうして君と会えたからね。そこの婦人か、君のそばにいる子供……そのどちらか1人だけを身代わりにするのなら、見逃してあげよう」
ソロルは目を細めて、フィンを見据える。
アマンダとエリダが不安な表情でフィンを見守る中、彼女は思考を巡らせる。
アマンダとエリダを守りつつ戦うか、大人しくソロルに同行するか。
ソロルに同行すれば自らを危険に晒す可能性が高いが、戦うとなっても2人を守りきれる自信は無かった。
数の問題や護衛対象がいる事、今武器を持っていない事もそうだが、ソロルは防御魔法を剥がす魔法を覚えているため、プロテクションやガードウォールが殆ど意味を成さない事が何よりも切実な問題だった。
いくら考えても突破策を構築できなかったフィンは、覚悟を決めてソロルの前に出る。
「2人には……手を出さないで、ください」
「ふふ、素直でかわいいね。安心してくれ、僕は約束を守る男だからね、シア」
ソロルはそう言って、フィンの手を引いた。




