*白熱の攻防戦
「なんであたしがこんな目に遭わなきゃならないの? 家に泥棒が入ったり彼氏と別れたり、踏んだり蹴ったりだわ」
「あ、そうなの?」
「か、勘違いしないでよ! あたしからフッたんだからね!」
「違うよ、泥棒の方」
「あ、ああそっち」
慌てて弁解したようになった自分が恥ずかしくて目を泳がせる。
「仕事から帰ってきたらドアの鍵が開いててね、もうぐっちゃぐちゃにされてたの」
その時の事を思い出して肩を落とした。
「何か盗られた?」
「通帳と万札を何枚か。でも印鑑は無事だっから次の日すぐに銀行言って通帳の再発行してもらったわ」
「災難だったね」
「ホントよ」
「彼氏とも別れてねぇ」
結局は触れられて幸子はムッとした。
「なによ、相手が悪いんですからね」
ぜんっぜん会いに来てくれないし、なんか冷たいし、高そうなレストランにはよく連れてってくれたけど──
ぶちぶちと不満をぶちかましつつ、右手にある指輪に触れる。
「でも好きだったんだね」
「今はだいっ嫌いよ。なによ、あんなやつ」
ぷいとご機嫌斜めに顔を背けた。
「とりあえず機嫌直してよ。ね」
「あ、うん」
顔を近づけられて思わず返事をする。これだけ整った顔が数センチの距離にあると心臓がバクバクして落ち着かなくなる。
「思ったより度胸あるね」
良かった──つぶやいた言葉に幸子はハッとした。
なんてことだろう、彼はあたしを怖がらせないように気を遣ってくれていたんだ。意地の悪い奴だとばかり思っていたのに、途端に凄くいい人に見えてきた。
顔は文句なしにいいけど。
「思ってるより図太くて安心した」
こいつブッ殺す──幸子は一瞬で殺意に転換しダグラスをこれでもかと睨みつけた。
そうして緊張感のなか、二人は息を潜めて周囲の足音に耳を傾ける。ふざけているように見えてダグラスの目は鋭く、何も聞き逃さないという気迫が感じられた。
時々、聞こえる足音と視界に入る懐中電灯らしき明かりに幸子はビクリと体を縮こまらせる。
「このままだとやばいな」
ダグラスは口の中で苦々しくつぶやいた。
「仕方ない。ゆきちゃん」
「なによ、人のこと気安く呼ばないでよ」
図太いと言われた事がよほど記憶に残っているのか、呼ばれてよろしく刺々しく言葉を返す。
「ここにいると危ないからさ、元気があるなら動こうか」
こいつ聞いてない。人の言うことまったく聞いてないわ。
あれだけ刺のある物言いにも関わらず、まるで意に介す事もなく淡々と発するダグラスを憎らしいと思ってふと彼の言葉を反芻した。
「動く?」
「俺が合図したら駐車場まで走って黒いピックアップトラックの助手席に乗り込んで」
ここにいたっていつかは見つけられる。
「えぇっ!?」
幸子は控えめに驚いた。
「そんなことして大丈夫なの!?」
そんな映画のような展開に自分が陥るなんて軽いパニックになる。
「大丈夫だよ。あいつらが撃ってくるのは多分、俺にだけだ」
「うっ、撃ってくるって!? 拳銃とか使うってこと!? うそ、やだ。ピックアップトラックってどんな車?」
泡を食いつつも尋ねた幸子にダグラスは若干、脱力した。やはり図太いと言わざるを得ない。
「えーと、日本だとなんだっけ。そう、格好いい軽トラだよ。荷台のある4WDみたいな。黒いけどあそこには街灯があったからすぐに解ると思──」
「いやよっ」
幸子は出来る限りの声で拒否を伝えてうずくまる膝に顔を埋めた。小さく震える肩にダグラスはじっと幸子を見つめた。
「なんで、あたしがこんな目に遭うの? ひどいよ、怖い。なんでそんな兵器を日本なんかに持ってくるのよ」
「そうだね。好きでこうなったんじゃないのに巻き込まれる人はたくさんいる」
静かに応えたダグラスに幸子は涙を溜めた目を向ける。
「そこにいるからって戦争が好きって訳じゃない」
コンビニに行って強盗に出会うのと変わらない人たちだっている。
「突然、巻き込まれて怖くてもどうしようも出来なくて、助けを求めてる人たちがいる」
そんな人たちを救うためにベリルは活動しているんだ。
「それに賛同してくれる仲間たちがいて、初めて誰かを救う事が出来る」
いきなり何を言い出すのかと、ダグラスを凝視した。
「どこにいたって誰かは何かに巻き込まれてる。それに嘆いたって自分を救えるのは自分だけなんだよ」
救いに行く事が出来ても、最終的には己を奮い立たせて足を動かさなければそこから抜け出す事は出来ない。
「ゆきちゃんには、今がその時だ」
ニッと口角を吊り上げてウインクした。