*からの銃撃戦
「わかってる。わかってるけど──」
足が動かないよ。
「それと、なんか勘違いしてるようだけど、それは人を殺さないための武器だよ」
「そうなの?」
「非殺傷武器って言ってね。催涙弾とかゴム弾とかスタングレネードとか。そういうのは一つでも多い方がいいでしょ」
「うん」
「そういうのを共同開発して普及させていくの。まあ、どれも使い方を誤れば危険な場合もあるけど、傷つける前提で作られるものじゃないからね」
それを守ると思えば誇らしいだろ。彼ならではの励ましの言葉なんだろう。
あたしはただのOLで、そんな風に言われてもいまいちピンとこないけどなんとなく元気が出た。
「うん、大丈夫」
怯えながらも応えた幸子にダグラスは柔らかな笑みを浮かべて頷いた。
「合図したら駐車場まで走って。絶対に止まっちゃだめだよ」
ゴクリと生唾を飲み込んでゆっくりと頭を縦に振る。それを確認してダグラスは周囲の状況を把握するため、少し頭を上げた。
その瞬間、相手のライトがこちらに向けられて幸子は思わず体を強ばらせた。
「きゃあああっ!?」
「ゆきちゃん!?」
滑り落ちる幸子に手を伸ばしたが間に合わず視界から遠ざかる姿に舌打ちして追いかけた。
うっかり足を滑らせてしまった自分に泣きたい。
しかしそれよりもまず落ち続ける自分を止めなくては──必死に何かに掴もうとするが、その手は虚しく空を切る。
よしんば掴めたとしても、細い草木だったりしてすぐにちぎれてしまう。笹などが体にぶつかり、その度に強い痛みに襲われた。
しかしそれより、落ちていく恐怖に血の気が引いていく。
滑っていく足の先は見えないが、徐々に道路に向かっているのは明らかだ。堅いアスファルトに落ちれば大怪我は免れない。
もうだめだ──強く目を閉じた刹那、体が衝撃を受けて止まった。
「はあ」
耳元の溜息にゆっくりまぶたを開く。
「あ、ありがとう」
どうやらダグラスが止めてくれたらしく、力強い腕に恥ずかしさがこみ上げる。
落ち着いて周囲を見回すと林が目の前にあり自分の周りには木々がなく、あと一歩のところでアスファルトに激突していたらしい。
山の入り口付近であるため、落石予防のネットが設置されていないようだ。足の先に感じる堅さは山の周りを固めているコンクリートだろうか、それに気がついて幸子は再び青ざめる。
「降りてこい」
ふいに聞き慣れない男の声がして幸子は眉を寄せた。
そうだ、自分たちは追われていたんだと思いだし、あれだけ叫んだのだから見つかって当たり前だと心臓が高鳴った。
「大丈夫かい? 先に降りるから体勢を立て直して」
「うん」
強ばる間接をなんとか動かし、ぎこちなくぺたんとしゃがみ込む。すると、下に見えるスーツ姿の男たちにギョッとした。
ぱっと数えただけでも5人ほどがいて、みんな何か黒い塊をダグラスに向けている。テレビでしか見たことがない拳銃に幸子は身震いした。
テレビの拳銃だって本物じゃないのに、ここでオモチャの拳銃なんか突きつけるはずがない。
ダグラスは距離を確認して一気に飛び降り、幸子を見上げた。
「いける?」
尋ねられて下をのぞき込む。軽く二メートルはある高さにぎゅっと目を閉じた。
「む、むりよう~」
身をすくませて絞り出す。ダグラスは安心させるように笑顔を作ると両手を広げた。
「心配いらない、俺が受け止めるから」
「え、ホント? ホントに大丈夫?」
「思い切って飛び込んで」
どうしよう、彼が王子様に見えてきた。これで彼が受け止めるの失敗したら本当の天使に見えるかもしれない。
幸子は思いきって彼の胸に飛び込むつもりで飛び降りた──目の前の景色など確認出来るはずもなく、落ちる恐怖にギュッとまぶたを閉じる。
落下の感覚は一瞬で、すぐに強い衝撃と抱き留められた感触にホッとして体の震えを治めた。
「はい、大丈夫」
ダグラスは幸子の背中をぽんぽんと優しく叩いた。
そうして二人は、十メートルほど向こうにある道を渡った駐車場の入り口付近まで促される。
二人の前には三人の男が青年に拳銃を突きつけて睨みをきかせ、肩まで手を挙げているダグラスの衣服を一人がチェックしていた。
その背後には五人ほど同じように暗めのスーツを着た男たちがいる。もちろん、それぞれに拳銃を構えていた。
割と呑気な顔をして手を挙げているダグラスの隣で、幸子は身を縮こまらせ男たちを怯えた目で見つめていた。
ひと通り青年から武器を奪ったのか、調べていた男が離れて目の前にいる眼光鋭い男がジロリとダグラスを見据える。
「データはどこだ」
「知らないよ」
瞬時に男の平手が飛んで幸子はそれに短く叫びを上げた。ダグラスは痛みにやや眉を寄せたが、またすぐに笑みを浮かべる。
「その綺麗な顔に傷を付けられたいか」
「嫌だなぁ。みんな俺が顔を気にしてると思ってる」
そりゃ師匠には一応は気にしておけって言われたけど。と付け加え、
「こんな仕事をしてて覚悟が無いとでも思うのかね」
しれっと応えた青年に男は口の中で舌打ちして幸子に視線を移す。
「では女が怪我をしてもいいんだな」
「卑怯だね」
笑いつつも険しい眼差しを向けた。男は勝ち誇ったように口角を吊り上げたが、青年はそれを鼻で笑う。
「気をつけた方がいいよ。狙ってるから」
「な──っ!?」
負け惜しみの言葉に切り返そうとした直後、男が手にしていた拳銃が軽い破裂音と同時に大きく弾かれた。
「ど、どこから!?」
男たちは発射される弾丸の先を見つけようと見回すが、その間にも連続して撃ち込まれてもはや車の影に隠れる他はなかった。
男たちの車だろうか、黒いセダンが何台も路肩に駐められている。車のドアやガラス、タイヤに至るまで容赦なく銃弾が貫きスクラップと化していく。
「無茶苦茶だなぁもう」
言いながら幸子を連れて駐車場の中に向かう。
「黒いトラックなんかないじゃない」
「俺のは向こうにあるの」
登山道の入り口にある駐車場を指差した。
ガン! という金属にぶつかる音に若干、振り返ったが車のボディが凹んでいるのを見て肩をすくめて目指す車に駆けた。
「い、いいの!?」
「いいからいいから」
ダグラスは駐めてあったオレンジレッドのピックアップトラックに幸子を乗り込ませ、運転席に飛び乗った。





