天使光臨6
ようやく決着
「今のは、聞き間違いかな? 天使と執行官二人、元も含めれば四人。それ相手に宣戦布告したように聞こえるんだけど」
若干、冷静さを取り戻したリカコは、ユヅルに対して問いかける。
「やっぱりババアだな。耳が遠いらしい。聞こえなかったらしいから、今度は馬鹿にでもわかるように、遠まわしじゃなく、直接的に言ってやるよ。かかってこいよ、ザコ」
不敵に笑みを浮かべ、
「ああ、お前ら、ここからは俺一人でやるから。そこからでてくるなよ、つ~か、イジーとマリー、一人もそこから出すな」
一緒に現れていた二人の執行官に対して指示を飛ばして、結界を張らせる。この行為により、完全に彼は、一人での戦闘を行うことを宣言したことになる。
「そうかい、君はもうちょっと利口だと思っていたんだけどね。評価を改める必要があるみたいだ」
「年寄りって奴は、本当に長話が好きらしいな」
リカコに対し、完全に見下した態度でタバコの煙を吐き出すユヅル。それとほぼ同時、死兵と化した二人の執行官が、彼の完全な死角から襲撃。それに対して彼は防御も回避もしない。
「あんたら二人にはとんだ茶番だったよな。でも、あんたらはどこぞの馬鹿と違って、使命に従事して、命を落とした。その生き方は誇っていい。誰が馬鹿にしようと、俺が黙らせてやる。だから、安らかに眠れ」
彼に攻撃が当たる瞬間、二人の執行官は糸が切れたようにその場に倒れ、そして、その体がまるで天に昇るように、光となってその場から消えていく。
「なっ、何が起こった?」
それは、目の前で起きたことなのに、理解が追いつかない出来事。リカコ同様に、その場にいた執行官全員がその目を疑って、ただ一人、ユヅルだけが苛立ちからタバコのフィルターを噛み千切っていた。
「元異端殲滅執行官、徒草リカコ並びにクルーガー・ハイマン。これより二名の異端審問を、異端殲滅執行官、席次の十三であるユヅル・ハイドマンが行う。まぁ、誰が弁護にこようが、結論は、極刑以外ありえないけどな」
口に残ったフィルターを吐き捨て、その瞬間、初めて殺気を露に言葉を口にするユヅル。
「確かに、君は不可解な力を手に入れてきたみたいだけど。こちら側には、天使がいる。戦力差は覆らない」
しかし、リカコは自分の優位が普遍なものだと判断し、余裕を取り戻す。それをみて、彼はつまらなそうに、
「だったら、早く天使の従僕化でいいんだっけか? その術式を完成させてくれねぇかな。こっちは邪魔せずに終わるまで、待っててやるから。いい加減、タバコの煙でごまかすにしても、あんたらの加齢臭きついんだよ」
自身が不利になる言葉を平然と口にする。その言葉を聴いて、
「ちょっとユヅル、それはまずいんじゃ」
「黙っとけよ、ケイオス。お前はお前で、自分の部隊を守って、俺の登場まで生き残ったんだ。もうお前の出番は終わりだ。そこで傷直して、休んどけ」
警告するケイオスに対し、彼にしては珍しく優しげな言葉を口にする。
「後悔するなら今のうちだよ?」
「くどい。つか、無駄に口を開くな、臭う」
リカコの言葉に、さらに彼女の怒りに油を注ぐにような言葉を口にして、彼は新しいタバコに火をつける。
「なら、馬鹿は死んで直すといい」
術式が完成し、天使を支配下に置いたリカコは完全に勝ち誇り、言葉を口にする。その間、ずっとタバコを吸っていたユヅルの足元には、一箱分の吸殻が転がっていた。
「死んで直るなら、テメェが自分の馬鹿さを治して来い」
襲い来る天使。
それを欠伸交じりに待つユヅル。
天使の力を情報でしか知らない執行官は、その威力を視界に捉え、恐怖を感じる。なにせ、翼の一振りで、城の約半分が吹き飛んでしまったのだから。
「ふっ、フッハハハ、アーはっつはは。圧倒的じゃないか。まったく余裕を見せているから、何かしら対抗手段を講じていると思えば。ただの馬鹿でしかなかったようだね」
リカコの高笑いが響き、その場にいた執行官たちは、その存在に対して、どのように対策を採れば対等な戦闘に持ち込めるのか思案し始める。
「はぁ、耳も悪く、加齢臭もキツイ。加えて目も悪くバカときた。お前、やっぱり局長に殺されてたほうが良かったんじゃねぇか?」
だが、次の瞬間、彼らの不安は一蹴される。そう、城の約半分を消し飛ばす一撃を受け、防御もしていない、回避もしていない。その場を、一歩たりとも動いていない状態で、ユヅルが悪態をついていたから。
それに対して、言葉もないのか、リカコは瞳を零れんばかりに見開いている。
「天使が一柱で内包できる力の総量はおよそ数百万メルス。これを魂吸収者の人数に置き換えると、一個師団投入して五分の戦いができるかどうか。では、ここで問題です。天使と対になる悪魔という存在。こいつら一柱が内包できる力の総量はいかほどでしょうか?」
つまらなそうに、事実を確認するように、淡々と質問を投げかけるユヅル。対して、リカコは答えることができない。
「答えは簡単、天使一柱と同量。まぁ、対となる存在なんだ、対等じゃなければ同じ舞台に上がることは許されないよな。そんじゃ次、悪魔を従えた俺の力の総量はいくつでしょうか?」
天使の翼を何度も受けながら、一切反撃することなく、傷つきもしないユヅル。それは、子どもが大人にじゃれ付く光景に似ている。
「数秘術に詳しいくせに、計算もできないのか。ああ、馬鹿だからしょうがないよな。そんじゃ代わりに、執行官一のお利口さん、イジー。数百万だと計算が面倒なので、百万を基準として、六百六十六かける、百万はいくつだ?」
「六百六十六かける十の六乗」
「はい、よくできました」
茶化すように言葉を口にしながら、彼は乾いた拍手を送る。そして、
「殺し合いは数学の勉強じゃないけどな、戦争は数でやるもんだ。何も対策を講じていない? とことんお前の目は節穴だな。俺の後ろを見てみろ」
左のこぶしで一撃。天使を消し飛ばし、彼はつまらなそうに背後を右手の親指で示す。
するとその場所には、いつの間に現れたのか、彼に対し膝を着き、頭を垂れている五柱の悪魔皇と、六百六十一の悪魔。
「主だった奴だけ紹介しとく、右から順番に、イレイザー、ライプラース、スコール、グラトーン、ベクトラン。こいつらが、軍団を束ねる悪魔たちの皇だ。それ以降は、こいつらに付き従う悪魔。さて、問題です。なぜ、こんな場所に大量の悪魔がいるのでしょうか?」
それは、圧倒的な存在を前にして、自分の無力さを思い知らされる感覚。
「答えは、こいつら全員が、俺の力だから、だ。さぁ、死に損なった哀れなババアとジジイ。戦争は数でやるものだと俺は先ほど言った。そして、それに数が足りなければ、質で補えることも付け足しておこう」
彼は謳うように口にし、
「数でも、質でも敗北しているお前らは、どうやって勝利を勝ち取る?」
最も意地の悪い質問を投げかける。
「もう一度、きちんと自己紹介をしておこうか。俺の名は、ユヅル・ハイドマン。異端審問局所属の異端殲滅執行官、席次の十三にして称号は『死神』、階梯は、『第七階梯』。そして、六百六十六の悪魔を束ね、魔天数字を瞳に宿すもの。彼らから与えられた俺の名は黒帝。以上、黄泉へ旅立つ餞には十分すぎるだろ?」
彼は、そこで初めて背中に背負っていた大刀に手をかけ、左手で鞘を掴み、目の前へと移動させる。
「お前らは、局長を馬鹿にしただけでなく、俺の執行官を殺し、その生き様を汚した。加えて、俺の数少ない執行官を傷つけた。一片の慈悲をかけてやるつもりもねぇ」
右手を柄へと移動させた瞬間、大刀に絡み付いていた鎖が一瞬ではじけ飛ぶ。その瞬間、解き放たれるユヅルの全力。それは、結界越しでも、執行官全員の命を鷲掴みにする。
「骨も、塵も、生きた証すら残さず消えろ。それが、お前らが存在間にできる最後の、有意義なことだ」
抜き放たれた刃は、真紅に輝き、滅びを体現した。
次でまとめてようやく日本へ