第1話
眩い白光が、教室の床から噴き上がった。
六月。六限目終了直前。
眠気と蒸し暑さに支配された、ごく普通の高校の教室だった。
「え、なにこれ!?」
女子の悲鳴が響く。
床に浮かび上がった巨大な魔法陣は、青白く脈動していた。幾何学模様が高速で回転し、窓ガラスが震える。
教師が慌てて叫ぶ。
教師「全員落ち着け! 机の下に――」
だが、その声は途中で掻き消えた。
光。
ただ、圧倒的な光。
視界が真っ白に塗り潰され、耳鳴りが頭を貫く。
そして次の瞬間。
俺――神代 湊は、石畳の床に膝をついていた。
湊「……っ、は?」
冷たい空気。
鼻を突く香の匂い。
顔を上げると、そこは巨大な玉座の間だった。
高い天井。
赤い絨毯。
金色の柱。
左右に整列した騎士たち。
まるで中世ヨーロッパの城。
大臣「成功だ……!」
大臣「勇者召喚、成功いたしました!!」
歓声が広がる。
クラスメイトたちも周囲に倒れ込んでいた。
女子生徒「ここどこ!?」
男子生徒「え、なにこれ……」
男子生徒「撮影? ドッキリ?」
混乱する声。
だが、玉座の前に立つ老人――大臣らしき男が、一歩前に出た。
大臣「ようこそお越しくださいました、異世界の勇者様方」
異世界。
その単語だけで、空気が凍った。
俺は黙ったまま周囲を見る。
王冠を被った男。
豪奢なドレスの王女。
白銀の鎧を纏う騎士団長。
どこからどう見ても、本気だった。
王「この世界は今、魔族による侵略を受けています」
王「どうか皆様のお力を、お貸し願いたい」
……テンプレだ。
ラノベで何度も見た。
異世界召喚。
勇者。
魔王討伐。
だが、現実味がなさすぎて逆に頭が冷える。
クラスの中心人物である相沢 隼人が前に出た。
隼人「つまり俺たちが勇者ってことですか?」
王「左様でございます」
ざわつく教室組。
興奮する男子。
怯える女子。
その中で、俺は違和感を覚えていた。
王の目。
歓迎しているようで、どこか値踏みしている。
商品を見る目だ。
王「まずは皆様の能力を確認いたします」
執事服の男が水晶を持ってくる。
執事長「この水晶に触れてください」
一人ずつ触れていく。
執事長「おおっ! 勇者適性SS!」
騎士「聖騎士!?」
大臣「大魔導師だと!?」
歓声が上がる。
相沢は『勇者』。
橘 優奈は『聖女』。
桐谷は『剣聖』。
次々に強そうな職業が出ていく。
そして俺の番。
水晶に触れた瞬間。
――ピシッ。
ひびが入った。
大臣「……え?」
空気が止まる。
水晶には文字が浮かんでいた。
【職業:解析者】
【適性:測定不能】
ざわつく玉座の間。
騎士「測定不能……?」
大臣「なんだその職業は」
王が露骨に眉をひそめた。
大臣が慌てて別の水晶を持ってくる。
だが結果は同じ。
測定不能。
騎士たちがヒソヒソ話し始める。
騎士A「失敗作か?」
騎士B「ハズレでは?」
……ああ、なるほど。
理解した。
ここはそういう世界だ。
価値がある者は歓迎。
価値がない者は不要。
クラスメイトの何人かも、露骨に俺から視線を逸らしていた。
その時だった。
???「面白いですね」
鈴のような声が響く。
玉座の横にいた王女だった。
長い銀髪。
透き通るような青い瞳。
彼女は俺を見つめ、微笑む。
リリアナ「測定不能など、初めて見ました」
王が険しい顔をする。
王「リリアナ、近づくな」
リリアナ「ですがお父様――」
王「危険性が不明だ」
……危険性、ね。
俺は内心苦笑した。
ただの一般高校生に何を警戒してるんだ。
だが次の瞬間。
《個体認識完了》
《ユニークスキル『神域解析』を確認》
《世界言語を取得しました》
視界の端に半透明の文字が浮かぶ。
【神域解析 Lv1】
・対象の情報を取得可能
・魔力構造の可視化
・スキル解析可能
……は?
俺だけに見えているらしい。
試しに近くの騎士を見る。
【王国騎士】
Lv32
筋力:B
忠誠:78
状態:右膝損傷(慢性)
湊「……マジかよ」
思わず呟く。
その瞬間。
リリアナと目が合った。
彼女だけが、俺を興味深そうに見ていた。
◇
召喚されたその日の夜。
俺たちは城内の客室へ案内された。
完全にVIP待遇だった。
豪華なベッド。
広い風呂。
高級ホテルみたいな部屋。
だが、誰も落ち着いていない。
男子生徒「すげえよな! 本当に異世界だぞ!」
男子生徒「魔法とか使えんのかな!?」
男子生徒「ステータス見えるやついる?」
一方で女子は不安そうだった。
女子生徒「帰れないのかな……」
女子生徒「お母さん……」
当然だ。
いきなり知らない世界に拉致されたようなものなんだから。
俺は窓際で夜空を見ていた。
月が二つあった。
やっぱり異世界だ。
優奈「神代くん」
振り向くと、橘 優奈が立っていた。
クラスの中心的存在。
優しくて、誰にでも分け隔てなく接するタイプ。
優奈「大丈夫?」
湊「まあ、それなりに」
優奈「その……昼間のこと、気にしないでね」
測定不能。
周囲の反応を気遣ってくれたんだろう。
湊「別に気にしてないよ」
優奈「でも……」
彼女は言い淀む。
たぶん、クラスの空気を感じている。
勇者組。
当たり職業組。
そして、それ以外。
すでに見えない序列ができ始めていた。
湊「俺より、自分の心配した方がいい」
優奈「え?」
湊「聖女なんて、絶対面倒な役回りだろ」
彼女は少し驚いた後、小さく笑った。
優奈「……うん。そうかも」
その時。
コンコン。
部屋の扉がノックされる。
執事長「失礼いたします」
入ってきたのは、昼間の執事長だった。
執事長「神代 湊様。陛下がお呼びです」
湊「……はい」
嫌な予感しかしない。
◇
通されたのは、薄暗い会議室。
中には王、大臣、騎士団長がいた。
空気が重い。
王が俺を見る。
王「単刀直入に言おう」
王「貴様の力は危険だ」
……やっぱりか。
王「測定不能の能力など前例がない」
王「王国としては、監視対象としたい」
監視。
つまり半分拘束だ。
俺は静かに聞く。
湊「拒否したら?」
騎士団長が剣に手をかけた。
騎士団長「この場で拘束する」
なるほど。
歓迎ムードは終わりってわけだ。
だがその瞬間。
《解析完了》
《対象:王国結界》
《脆弱箇所を発見しました》
視界に城の構造図が浮かぶ。
逃走経路まで。
……このスキル、ヤバすぎる。
王が言う。
王「従うなら厚遇しよう」
俺は少し考え――笑った。
湊「わかりました」
今は逆らわない。
情報が少なすぎる。
まずはこの世界を知る必要がある。
それに。
この国、どうにも胡散臭い。
勇者召喚。
過剰な警戒。
隠している何か。
俺の『神域解析』は、まだ始まったばかりだった。
誤字脱字あれば、教えてくれると助かります。




