お返しが100%になる日は来ないのだから。
防音室の重い扉が、絶望的な音を立てて開かれた。
外の喧騒が雪崩れ込んでくる。スマホの画面に映し出された地獄絵図が学校中に拡散され、パニックが伝播していることが、教師たちの青ざめた表情から見て取れた。
先頭にいたのは、担任の竹本だった。僕がどんなに救いを求めても、「お前たち、仲良くふざけているんだな」と笑い飛ばし、見て見ぬふりを決め込んでいた男だ。
彼が目の前の惨状に絶句した瞬間、僕は迷わず隠し持っていたナイフをその横腹に深く突き立てた。
鈍い手応え。竹本が驚愕と恐怖に目を見開き、そのまま床に崩れ落ちる。
「……仲良くふざけていたんですよ、先生。先生も、その仲間に入りませんか?」
彼らの悲鳴、動揺、混乱。それは僕にとって、極上の鎮魂歌だった。
これで、僕が受けた理不尽の20%は回収できた。
僕はそのまま抵抗することなく、教師たちに押さえ込まれた。
その後の記憶は断片的だ。警官の怒号、ストレッチャーの振動、サイレンの音。すべてが遠い世界の出来事のように感じられた。
警察署の取調室。
冷たい蛍光灯の下、刑事は机を叩き、僕の目を見て問うた。
「お前は教師を刺し、同級生を監禁、殺害した。一体何を考えているんだ? 反省の言葉はないのか?」
僕はただ、無機質な視線を刑事のネクタイの結び目に向け、静かに口を開いた。
「僕はやられた事をお返ししただけです。まだ20%しかお返しできていません。」
刑事の顔から血の気が引く。彼は呆然とし、そして怒りに震えながら「精神鑑定が必要だ」と吐き捨てた。
病院の閉鎖病棟へ送られた後も、白衣を着た医師たちが代わる代わるやってきた。彼らは僕の心を解剖しようと、巧みな言葉を投げかけてくる。
「ゆうき君、君が受けた苦しみは理解できる。だが、暴力は何も生まない。君のしたことは間違っていたと、今なら言えるだろう?」
彼らは僕が改心し、自分の罪を認める言葉を待っている。だが、僕の思考は正常だ。彼らの薄っぺらな同情など、僕には一ミリも届かない。僕は医師の目を見つめ、再び同じ言葉を紡いだ。
「僕はやられた事をお返ししただけです。まだ20%しかお返しできていません。」
医師はカルテに「自我の固着」「現実認識の欠如」と書き込む。彼らは僕を壊れた機械だと判断し、薬漬けにして沈黙させようとしている。だが、それは大きな間違いだ。この閉鎖された空間こそ、僕が残りの80%を遂行するための「準備室」に過ぎないのだから。
夜、病棟の白い壁だけが僕の視界を埋め尽くす。
ここには自由はない。だが、僕の復讐心だけは、誰にも奪えない場所で静かに研ぎ澄まされている。
僕は布団の中で、誰にも聞こえない声で、しかし明確に、その言葉を反芻する。
「僕はやられた事をお返ししただけです。まだ20%しかお返しできていません。」
あと80%。
雄二の家族、えりかの友人、僕を無視し続けたクラスメイトたち。彼らの日常を、彼らの未来を、彼らが僕に与えた以上の絶望で塗りつぶす時が必ず来る。
僕は狂ったフリをして、この白い檻の中で獲物を待ち続ける。
たとえ何年かかろうとも。
お返しが100%になる、その日まで。
僕は自分に言い聞かせるように、暗闇の中で何度も呟いた。
「僕はやられた事をお返ししただけです。まだ20%しかお返しできていません。」




