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86 番外編40 カプレーゼプレミアム

コミカライズ2巻発売中です!



「――というわけで、カプレーゼプレミアムが本日より発売の運びとなりました」


 執事長からの唐突な事後報告に、シリウスはつかの間言葉を失ったが、すぐに我に返って訊き返した。


「待て。なにが、というわけで、なのかまったくわからない。カプレーゼプレミアム? なんだそれは」


「こちら、王妃陛下と王太子妃殿下よりご希望のございました化粧水です」


 執事長が執務机の上にことりと置いたのは、紅い瞳の白馬が刻印された、透明の液体の入った小瓶だった。瓶の意匠が凝っており、なにやらにんじん型の小さなチャームまでついている。瓶だけでいくらかけたのか。そして定価はいくらなのか。


「……わざわざ作ったのか」


「すでに作っている途中だった、というのか正確なところです」


 ひそかに準備中だった者たちは王族からの要求にさぞかし驚いたことだろう。どこで情報が漏れたのかと狼狽したのではないか。


「これは……中身は、もしかしてカプレーゼの背脂か?」


 シリウスが小瓶を傾けながら中の液体を光に透し見ながら問うと、めずらしく執事長がぱちりと目を瞬いた。


「ぬいぐるみには、背脂はなかったように記憶しておりますが……」


 そんなことは知っている。


 しかしそれを言ってしまえば、ジェノベーゼオリジナルはなんなのかという話だ。


「中身は普通の化粧水か?」


「こちらは完全オーガニック成分の化粧水です。水にもこだわり、肌の弱い方や子供にも使える品となっております」


 ますます定価が気になるところだ。高値をつけ過ぎると売れなくなるのではないだろうか。それとも富裕層向けの商品なのだろうか。在庫を抱える事態にさえならなければ、別にそれでもいいのだが。


「白馬のような透き通る美しい肌へ、というのがコンセプトなので、今回はジェノベーゼではなくカプレーゼをモデルにさせていただきました」


 カプレーゼの白さは肌ではなく生地なのだが、細かい指摘は控えておいた。白いことに違いはない。


「効果は出ているのか?」


「個人差はありますが、使用感は上々のようです」


「それならいいが……中途半端なものを王族に献上するわけにはいかないだろう。本当に大丈夫か?」


「もし肌に合わないようでしたらすぐに使用をやめていただけるよう、こちらの注意書きも一緒に手渡す予定です」


 そのカードには、ジェノベーゼとカプレーゼが、「肌に合わなかったら使用は中断してね! 返金するよ!」と、吹き出しでお願いしている絵が描かれていた。作画は完全にアナである。


「一般販売のときもこの注意書きを?」


「初回時のみ、お渡しするよう取り決めております」


 注意書きはないよりは、あった方がいい。人が口頭で説明しても聞き流す人もいるので、こうして馬のぬいぐるみがかわいらしく念押しすることで、記憶にも残りやすいだろう。


「……まあ、問題がないと言うのなら、いいが。カプレーゼに許可は得たのか?」


 シリウスの疑問に対して、執事長はわずかに目を見張り、しばし思案のための沈黙を挟んでから、にこりと微笑んだ。


「では、確認はお任せいたします」


「私がか?」


「私ではカプレーゼとの意思疎通は難しく、そこは適材適所でお願いできればと思います」


 シリウスとしても、カプレーゼはジェノベーゼよりも意思疎通しにくいので気持ちはわからなくもない。


 執事長にも難しいことがあるらしい。難しくはあるが、できなくはない気もするが。


 意思確認をするだけなので、さほど時間もかからないだろう。カプレーゼが難色を示したとしても、ジェノベーゼに間に入ってもらえばいいかと請け負った。


 二匹はいつものようにアナと一緒にいるだろう。早速アナを探しに出かけたシリウスだが、探すまでもなくすぐに見つかった。


 アナはソファに足を伸ばして座り、にんじんのぬいぐるみをジェノベーゼにがぶがぶさせていた。


「がぶがぶ! がぶがぶ!」


 アナもだが、ジェノベーゼも、もう少し上品に食事できないものか。


 いつもそうやってがっついているが、ジェノベーゼは常に腹ぺこ状態ということなのだろうか。


 だがしかし、今はアナとジェノベーゼの食事マナーについてとやかく言いに来たわけではない。目的はカプレーゼだ。


 そのカプレーゼはといえば、最近定位置となっているサフィニアの膝にちょこんと座っていた。


 そこはシリウスの定位置だったのだが、完全にカプレーゼに奪われてしまっている。


 じっと見ていると、カプレーゼはすいっと目を逸らした。譲る気はなさそうだ。


「カプレーゼはきみによく懐いているな」


「懐いている……のでしょうか?」


 サフィニアは不思議そうにしているが、どう見ても懐いている。しかしサフィニアはカプレーゼ自身が好んでそこにいると思っていないらしい。


 確かにはじめの頃はジェノベーゼと一緒にいることが多かったカプレーゼだが、いつの間にかサフィニアに懐くようになった。


 いつからだろうかと首を捻るも、定かではない。わりと最近なのは間違いないが。


 サフィニアとジェノベーゼが微妙な関係性なので、間にカプレーゼが入ってふたりの仲を取りなしてくれるのなら、それに越したことはない。


「なにかありましたか?」


「……ああ、そうだった。カプレーゼプレミアムとかいう化粧水が売り出されると聞いて、その確認に」


「カプレーゼプレミアムですね。わたしも試供品をいただきました」


 すでに知っていたらしいサフィニアが嬉しそうに微笑む。彼女の反応からするに、効果のほどは確かなようだ。


「かぷれーぜぷれみあむねー、あなが、きめたの」


 そうだと思った。


 言葉選びが完全にアナだった。


「カプレーゼに名前の使用許可は取ったのか?」


 アナはきょとんとしたので、「名前を使っていいのか訊いたか?」とわかりやすく伝えると、カプレーゼを振り返り、「いい?」と短く尋ねた。


 カプレーゼは、ちかっと瞳を煌めかせる。意思の伝え方はジェノベーゼと同じのようだ。


 それが伝わったのか伝わっていないのか、アナはカプレーゼを持ち上げると、こくんとうなずかせる仕草をさせる。


「かぷれーぜ、いいってー」


 カプレーゼ自身がいいと言っていたので、結果として同じだが、アナがアナの意思でうなずかせたようにしか見えなかった。


 しかしこれで許可取りは無事終了だ。


 せっかくなので休憩も兼ねて一旦ソファへと腰を下ろした。


「化粧水の入っているこの小瓶も、凝っていてかわいいですよね」


 サフィニアは試供品だという使いかけの化粧水の小瓶を、シリウスの前にことりと置いた。試供品らしいが、正規品と同じ小瓶だ。にんじんのチャームもついているが、こちらは黄色のにんじんだった。


「見るからに女性が好きそうなデザインではあるな」


「このにんじんのチャームは、アナが考えたのですよ」


「そうなのか? チャームの色がさっき見たものとは違うが……これは失敗作か?」


「あな、しっぱいしないの! これ、めじるしなの!」


「目印?」


「にんじんチャームの色で、どれが自分のものかすぐにわかるようになっているそうです」


 ひと目で自分のものとわかるようにとのことらしいが、他人の化粧水の瓶と混ざる機会がそうあるのだろうかと疑問にも思った。


 しかし、シールで塗り間違えた経験がこんなところで生きてくるとは。


 アナは失敗を次へと活かす能力が長けているようだ。


「ところで、なぜにんじんのチャームを?」


「化粧水に、にんじんの成分が含まれているらしいです」


 単なる飾りではなく、意味のあるチャームだったらしい。ただアナが気まぐれに選んだのだと思っていた。


 どの野菜も突き詰めればなにかしらには効果があるのだが、にんじんは肌にいい効果があるらしい。考えたこともなかった。


「おうましゃん、きれいでしょー? にんじん、たべるからなの」


「……そうか」


 いつも適当なことを言っているようにしか思えない娘なのに、これでなぜか商売的な勘は外さないのだ。アナのおもちゃ箱資金がまた潤う。


「少し使ってみますか?」


 シリウスの手を取ったサフィニアが、自前の小瓶を傾けて、一滴、二滴、甲へと落とす。シリウスは鼻先に近づけて匂いを嗅いでみたが、にんじんの匂いはせず、ほぼ無臭だった。試しに指で伸ばすと思ったよりもすっと皮膚に馴染んだ。


「ベタつかないな」


「さらっと使えますよね」


 一度使ったくらいでなにか変わると言うわけでもないが、痒みが出たり痛みが出たりすることもなく、使用感は悪くない。だからといってシリウスは特に必要としていないので今後も使う予定はないが。


「妃殿下に渡すと聞いたが」


「はい。王妃陛下の分も併せてお渡しして、お眼鏡に叶えば宣伝してくれるそうです」


 サフィニアは王太子妃と友人なのであまり気にしていないようだが、この国随一と言っても過言ではない影響力を持つ相手に宣伝してもらったら、それだけで売れるに決まっている。むしろ周囲の反感を買わないかが心配だ。


「めがみしゃま、おーよろこび?」


「喜ぶかはわからないが、気に入ってくれないと困る」


 万が一王妃や王太子妃の肌に異常が出たら、我が家が終わる。シリウスの首が繋がっていたらいい方だ。


「あな、おいのりする?」


 アナのなにげないひと言にサフィニアは嬉しそうに賛同して、ふたりで化粧水の小瓶にお祈りをはじめる。


 お祈りによって変な効果がついたりしないだろうかと懸念を抱いたが、気休めでもないよりはましか。


 幸いにも発売後に健康被害が報告されることもなく、王妃陛下と王太子妃の宣伝のおかげか、化粧水は爆発的な売り上げを誇ることとなった。


 最近のシリウスの肌艶のよさも化粧水のおかげだったのだと噂になったことだけは、唯一納得のいかない点ではあるが。




後日、イザークに詰め寄られ、カプレーゼが元は彼の愛馬だったことに遅まきながら思い出して焦ったシリウス

アナが発案者だと知り引いたイザーク

我関せずなカプレーゼ(ぬいぐるみ)とカプレーゼ(馬)

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― 新着の感想 ―
>王妃と王太子妃の連名で、『シリウス・バロウが使っているのはどこの化粧水かを聞いておくように』  と王太子くんを糠喜びさせたあのカードの化粧水? むむむ… あなちゃん、商魂逞しく笑〜 人参の効能を調べ…
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